全国政治の始動

北海道大学の前田亮介先生から『全国政治の始動』をいただきました。どうもありがとうございます。北大は,先日紹介した村上さんに続いて若い准教授が立派な著書を出すという感じですね。最近だとそういうことって珍しいんじゃないでしょうか。全体としては,地方自治体内の利害,そして地方間利害の対立をどのように調停していくか,ということを軸に近代日本において議会で全国政治が確立していく過程が議論されているということなのだと思います。(おそらく部分的には府県内での対立を抱えつつ)府県内の議論では調停できないような広域的な課題に対して,全国レベルで設置された帝国議会がどのように対応していくようになったか,という論点を,北海道という特殊な地域の問題,初期議会で最も激しい対立点のひとつだった地租軽減関係の問題,一府県で対応が困難な治水問題,そして国立銀行処分から日本銀行という中央銀行の設置に至る金融問題という問題を通じて分析していこうというものです。本書のすごいところは,初期議会の時期という資料的制約が厳しい時期を扱っていて,資料収集と解析というだけでも大変なのに,治水や日本銀行のことを扱っているので中央地方関係や金融についての理解も必要になるし,それに加えて最近の選挙研究での理論的な貢献についても視野に入れているというところでしょう。非常に野心的な研究だと思います。
個人的には治水について扱っている3章を特に面白く読みました。高次の国家問題を担うことを求められつつ地域の民意を重視せざるを得ない政党(自由党)と,内務省による全国統治の一機関でありながら地方利益を代弁するようにもなる地方官の関係をみながら治水問題が全国的な問題として統合されていく過程を説明されるのはなるほどなあと思いました。個人的に関心があったのは,本書で紹介されている自由党の「新消極主義」ですね。地租増徴を避けて地方(府県会)の受益と負担に委ねるという議論だと思いますが,これは要するに国は国として仕事をして,地方の課題は地方に委ねるという地方分権的な解決策ということになるのではないかなあと。当時はまあ地方分権なんて議論はなくて,もともと分権的な政体をいかに集権的に統合するかという話だったかと思いますが,もしこの辺りで,特に治水みたいなテーマで,仕事を地方議会での受益と負担に委ねきってしまうことができれば,この問題(あるいは内政一般?)が「全国化」することはなく, のちの国庫補助の在り方も変わってくる可能性もあったのではないか,と感じました。そういう観点からいえば,全国化していくことの背景では,(おそらく地方内での対立によって)受益と負担の議論をきちんとすることができなくて,地方レベルではうまく決定できないからこそ自由党も国庫補助みたいな話を求めていく,ということになるのではないかと(まあ仮説ですが)。地方官を派遣しつつも地方官が地方利益を糾合して全国に対してしまうようなところもある内務省地方分権というかもともとの「封建」をどう考えてるのかということも,個人的には関心を持つところであります。
個人的な感想としては,政党をはじめとしたアクターが(地方利益とは違う)国益みたいなものを軸に,地方の組織とか封建制力なんかから自律化していく過程として非常に面白い叙述だったんじゃないかなあということです。…とそんなこと書いてますが,登場するアクターが「何か」から自律化していく様子が分かるような気はするんですが,何から自律しようとしているのか,というのが正確に理解できなかったという感じもまたあります。それは単に私が初期議会についての先行研究をきちんと読んでいるわけではなく,文脈が理解できていないだけということなのかもしれませんが。ただ他方で,同時期に出版されて同じような時期を扱っている松澤裕作先生の『自由民権運動』を読むと,ボンヤリとですがその自律化の過程の意味がイメージできたような気がします。『自由民権運動』の中では「袋」という表現がされていましたが,それまでの身分制社会の中で人々の行動を縛っていた何かが破れていって,新しい社会を作り出していくという文脈で理解するべきというか。僕なんかは基本的に現代の勉強しかしてないので,アクターはある程度かたまった組織のエイジェントとして働くような感じで見るのがやや習い性になっているわけですが(だからこそエイジェントが「何から自律化するか」と考えてしまう),必ずしもそうではなくて,いろんな「袋」が破れていって行動を制約する組織や集団そのものも再編成されていく過程として考えていくところに面白みも出てくるような気がします。
なお,『自由民権運動』についても非常に面白い本なんでぜひ。いつもながらですが山下ゆさんの優れた書評があるのでまずはそちらを。「袋」の話とかはこちらを読んで頂ければイメージしやすいように思います。

全国政治の始動: 帝国議会開設後の明治国家

全国政治の始動: 帝国議会開設後の明治国家