民主主義の本質と価値

日本政治学会で報告と討論。どちらもなんというかきっちりとした専門のところではなく,「門前の小僧習わぬ経を読む」感が強かったように思うが,なんとか最低限のお役目は果たせたということで。で,討論者としてのお仕事のために読んだのが,ケルゼン『民主主義の本質と価値』。研究室に『デモクラシーの本質と価値』(旧訳)があったにもかかわらず,新訳をふつうに買ってしまった(自腹)が,非常に興味深いものだった。前のものは読んでないか読めてないかのどちらかだったわけだ(たぶん後者/というかおそらく以前は挫折したんだろう)。
分科会の議論の中で,その議論を現代的に考えることの問題も学ぶことができたが,「自由」を政治的自律と重ねて見る見方,政党とりわけその公的役割,議会への失望ではなく永続的な改革,多数決が成立する条件と選挙制度,権力分立の意味など,なんというか非常に現代的な議論がされていたし,今の日本で読まれる意味がある本だと思う(講義のブックリストに入れておくべきだった)。
選択的だが,最近考えていることの意を強くしたというようなところをいくつか。もう少し関連する文献も読んでみようかな。

孤立した個人は国家意志形成に対して現実的な影響力をもちえず,現実的な政治的存在ではあり得ないこと,それゆえ民主主義を本気で実現しようとするならば,多様な政治的目的をもつ諸個人が,団体意志への影響力をもつためには,団体に結集しなければならないことは明白である。こうして,共通の方向を目指す諸個人の意志を政党として結集する団体が個人と国家の間に介在することになる。立憲君主制の政治論や国法論は政党をしきりに誹謗したが,それが民主主義実現に対する攻撃のイデオロギー的仮面であったことは,疑いを容れないことである。「政党なしに民主主義が可能である」などと唱えるのは自己欺瞞か偽善に過ぎない。民主政治は必然的・不可避的に多党国家である(36)

政党に憲法上の位置づけを与えることによって,政党内の団体意志形成を民主化する可能性が作り出される。政党内意志形成という段階は,恐らく極めて無定形なものであり,そこでの団体意志形成過程は公然と寡頭支配的・専制的性格をもつ傾向があるから,その民主化はいっそう重要である。過激な民主的綱領をもつ政党内部においても,その傾向が見られるから,民主化は同様に重要である。民主的国制の枠内においては,政党有力者の発言にも限界があり,議会での意志形成における政党間の関係においては,政党規律い類比さるべき国家規律などないも同然であるのに対し,政党の現実においては,それよりずっと有力者の発言権が大きく,いわゆる政党規律によって党員を拘束することができるから,政党内の個人の有する民主的自立は甚だ小さいのが通例である。(39-40)

議会制は,自由という民主制の要請と,あらゆる社会技術の進歩の条件をなす分業原理との妥協である(46)

社会的現実を直視する考察にとって,多数決原理の意義は,数字上の多数者の意志が勝利することではなくて,多数決原理という思想が受け容れられ,このイデオロギーの実効的支配の下で,社会的共同体を形成する諸個人が,基本的に二集団に分類されることである。重要なことは,多数を形成し,獲得しようとして,社会内に存在する相違・対立への無数の衝動を,唯一の基本的な対立点に従属させ,結局は支配権を争う二集団の対立に集約することである。(76)

こう論じたうえで,次のように比例制を擁護するのはなかなか興味深い。

比例代表制は…政党間の協力を不可避とし,小異を抑えて最重要の共通関心事において結合する必要性を,選挙民の領域から議会の領域に移すという意味を持つ。こうして多数決原理によって否応なしにもたらされる,政党間協力を基礎とする政治的統合は,社会技術的にみて決してマイナスではなくかえって進歩である。…(中略)…国家意志が一つの党派利害の表現であるべきでないとすれば,可能な限りあらゆる党派利害が自己主張し,相互に競争することの保障が必要である。その結果,最終的には諸利害の妥協に至る。(84)

複数の統治者を創造することが,現実の民主主義の中心問題となる。民主主義のイデオロギーは統治者なき共同体であるが,民主主義の現実を専制支配の現実と区別するものは,統治者の不在ではなく,統治者の多数である。こうして被治者の団体から複数の統治者を選び出す独自の方法という現実的民主主義の本質的要素が判明する。
この方法とはすなわち選挙である。(107−108)

やや繰り返しになるが,こういう議論が戦間期に提出されていたのは非常に興味深い。そのまま真に受けるべきではないにしても,現代でも十分参照されていいような話のように思える。あともうひとつ書かないが,注14,純粋法学に対する批判への反論のところなどはなんというかなかなか趣深いので,お持ちのかたは改めて読んでみると面白いのではないか。

民主主義の本質と価値 他一篇 (岩波文庫)

民主主義の本質と価値 他一篇 (岩波文庫)