民主主義/権威主義

2020年内は感染症の影響で色んなプロジェクトがストップしてしまったことの反動からか,年末あたりからいろいろと興味深いご著書が出ていて何冊か頂いております。できるだけ紹介させていただきたいのですが,とりあえずその一部を。

10月には宇野重規先生から『民主主義とは何か』を頂いておりました。古代ギリシャ以来2500年の民主主義の歴史を眺めながら民主主義とは何かという問題について説明する,というのはなかなかできる作業ではないと思います。宇野先生のご著書では,元々評判の悪かった民主主義というものがいかにして正統性を獲得し,その基礎付けを得てきたのかということが議論されていきます。多数決か少数派の尊重か,選挙か選挙以外か,制度か理念か,という3つの問いについてもまさに民主主義を考えるときに避けて通れないものですし,ぜひ広く読まれるべきではないかと。ただこういう本て,授業でじっくりやるのも難しいし(教員的に全部カバーしてるわけじゃないので…),とはいえ一人で独学で読むのもいいのかっていう問題があるし,という難しさはあるような気がします。

民主主義とは何か (講談社現代新書)

民主主義とは何か (講談社現代新書)

 

12月には空井護先生から『デモクラシーの整理法』をいただきました。主題としては宇野先生のものと同じだと思いますが,議論の展開はかなり違います。宇野先生は歴史的に議論されていますが,空井先生は理論的にという感じで,かなり独自の用語を用いながらその中で一貫した説明をしようと苦心されているように思います。全体としては,様々な理論を参照しながら,レファレンダムをモデルにする古典デモクラシーと選挙による間接民主制をモデルにする現代デモクラシーを並べつつ,現状において基本的には現代デモクラシーを,重要な問題について古典デモクラシー/レファレンダムを活用する,といった見立てをなされている,という感じでしょうか。個人的にもこの10年くらい大阪での住民投票のようなものと付き合うことになり,レファレンダムについて考え・研究するようになっていて,なんというか直接民主主義と間接民主主義に序列をつけるような発想には違和感を覚えるところがあったので,序列のような問題ではなくてある種向き不向きの問題として考えたうえで,総体としてデモクラシーをどう捉えるかについてのヒントになるのではないかと思います。 

(ちょっと追記3/28)実際,レファレンダムの研究を見ていると,直接民主主義だけでやるべきみたいな研究は(少なくとも最近は)ほとんどなくて,代表民主主義の中でどういうときに直接民主主義の制度を織り込むか,という話になっているように思います。最近の研究だと,かなり直接民主主義をサポートする感じのもので,Matsusaka, John, Let the People Rule: How Direct Democracy Can Meet the Populist Challenge, Princeton Univ. Pressがありますが,この17章はまさにどういうものに直接民主主義の制度を使うか,という話(referendumというよりinitiativeよりの制度を想定していることには注意)。

具体的には,(1)代表が有権者の選好を理解できる(有権者の選好はある程度同質的),(2)代表が利益相反してない,(3)強い利益集団がいない,という条件があればある程度代表民主制で物事を有効に決めることができるけど,そうでない場合は直接民主主義の制度がある程度使えると。ただ何でもいいわけじゃなくて,(1)テーマが技術的でないものNontechnical issue,(2)情報のショートカットが使えること,という条件があれば直接民主主義がよいのではないか,と。その条件を満たさない場合はNo good optionというなかなか辛いもんですが。で,そういう観点から,アメリカの連邦レベルでの任期制限・政府債務・禁煙法・薬価・死刑・移民と貿易・戦争・税・金融政策・銀行規制なんかについて検討してました。難しいけどまあその辺なんだろうなあ,と思ったり。

デモクラシーの整理法 (岩波新書 新赤版 1859)

デモクラシーの整理法 (岩波新書 新赤版 1859)

  • 作者:空井 護
  • 発売日: 2020/12/21
  • メディア: 新書
  

新書ではほかにも民主主義理論に関係する興味深いものが出ています。『リベラルとは何か』は,本当にマジックワードになってる 「リベラル」という概念について歴史的に追いながら検討しています。こういうと思想史を追うイメージですが,どっちかというと本書では実証研究の成果に依拠しながらこの概念について検討するところがあるのが特徴でしょうか。印象としてはもともと経済的左右軸の右側(自由主義)にいたものが,GAL-TAN軸のGAL側のもの(文化的リベラル)として位置付けられるようになった,という理解なんですかね(112ページの図)。ただそうすると経営者的ワークフェアは市場+リベラルではないかという気もするのでもうちょい丁寧に読まないといけない気もしますが。しかしこの辺も「リベラル」のややこしさを端的に示すもののような気がします…。それから『現代民主主義』ですね。こちらは様々な思想家の「民主主義」についての見解を追いながら現代の民主主義について考えていくものです。全体の軸としては,シュンペーター的な選挙民主主義がひとつの参照点になってて,それを説明しながらそれだけではない民主主義のあり方を模索する,という感じでしょうか。僕なんかもたぶんシュンペーター的な民主主義観が染みついているんだと思うのですが,それでも最近はDemocratic innovationに興味を持っているところもあって*1,その源流になるような考え方を勉強できると思いました。 

権威主義』を訳者・解説者の皆さんから頂きました。どうもありがとうございます。『政治学の第一歩』の宣伝でも書いたのですが,新版で一番変えたところのひとつは権威主義の研究でして,この10年~20年の政治学で最も蓄積が増えた分野のひとつだと思います。『政治学の第一歩』のほうには権威主義の専門家がいないのですが(すみません),本書は権威主義の専門家が一般向けに書いた興味深い本を,日本の権威主義の専門家が訳すという非常に素晴らしい企画です。内容は記述統計を使いながら権威主義の特徴や分類を示し,理論的な説明と接合させていくというオーソドックスなものですが,日本ではなんか私たちと違う恐ろしげな独裁国家,みたいな扱いを受けている権威主義体制についてまさに「みんなが知るべきことwhat everyone needs to know」を提供していると思います。とりわけ重要なのは,権威主義における統治の技術というものが向上しているということで,単に強圧的な軍事支配の国というのではなく,人々を抱き込みながらその存続を図るようになっているという事実です。権威主義が崩壊して民主化するというexitが必ずしも実現しない一方で,統治の技術を持った権威主義国が存続するということは,要するに国際社会の中で権威主義国という独自の特徴を持った国が当然に存続するということですから,それは民主主義国にとっても無視できる話ではないということだと思います。 

権威主義:独裁政治の歴史と変貌

権威主義:独裁政治の歴史と変貌

 

 (追記)もう一冊,関係して『政治経済学』を著者の先生方から頂いてました。ありがとうございます。上記『リベラルとは何か』の田中先生はこちらも書いていて,短期間に連続して出版されているわけですが,本書のほうは福祉国家を軸にその多様性や内部での政治的競争や政治制度について扱っています。思想や理論に疎い僕なんかがイメージする現代民主主義といえばむしろこちらを考えてしまうところがあるのですが,まさに戦後の福祉国家を中心とした政治を比較の観点から説明した優れた教科書っていう感じです。前半は福祉国家とその多様性について書かれている近藤先生が別に共著で執筆した『比較福祉国家』の理論部分をより深めた感じでしょうか。後半,矢内先生の分配・不平等・経済成長というテーマと福祉国家の政治についての最新の研究を色々抑えたサーベイはたぶん日本語で類書がほとんどなくて非常に有用。財政政策・金融政策・コーポレートガバナンスの政治経済学のところは,まさにこの分野を開拓してきた上川先生が書かれていて,これもとても勉強になります。特に大学院に入ったくらいでこのあたりの分野の実証研究を色々読んでみたいという人には本当に勉強になるガイドだろうと思いました。 

比較福祉国家: 理論・計量・各国事例

比較福祉国家: 理論・計量・各国事例

 

 

 

*1:まあ結局制度に回収しがちではあるのだと思いますが…。