アジア・民主主義

アジア経済研究所の川中豪先生から,『競争と秩序』を頂いておりました。どうもありがとうございます。民主主義における多様な政治制度とその効果について,非常にわかりやすく書かれていて,東南アジアを研究する人だけではなく,比較政治学に関心を持つ院生・学生にとっては教科書としても利用できると思いました。他方で,そのわかりやすさとは反対に,書く側としてはこれは本当に大変だと思ったところです。政治制度についての知識はもちろんのこと,ご専門とされているフィリピン以外の4か国についての深い知識がないと書くことはできず,しかもそれを制度に即してわかりやすく書くというのは本当に難事業であったかと拝察します。川中先生の英語でのご著書に基づいているのかなと思ったのですが,個人的には,とりわけ第5章が勉強になりました。シンガポールという優秀な権威主義国と,フィリピンという伝統的ながら必ずしもうまくいっていない民主主義国が入る東南アジア5か国で比較をされている中で,コロナ後にありがちな権威主義の評価に流れずに民主主義の機能を評価される内容は広く読まれるべきだと思います。

個人的には,最後に課題として挙げられている政党をどう扱うか,政党が現状にどう対応していくか,という点が,東南アジアを超えて広く重要になる問題だと感じます。第5章でも「社会運動型の政治動員に政党が対抗できる見込みは立たず,政党システムをふたたび制度化するのはもう難しい」と書かれています。おそらくその通りだと思うのですが,他方で,従来とは異なる形で,より流動的になりながらも政党が何らかの役割を果たさないと民主政治を安定させることは難しいだろうとも思います。おそらく単に組織だけの政党というのは成り立たず,リーダー個人と組織のバランスを変えながら,民意を吸収し表出するという機能がより強く求められるようになると感じました。その点でも示唆的だったのがインドネシアの事例のように思います。自分自身も,『民主主義の条件』を書くときに調べてから,インドネシアの政治制度のあり方については学ぶべきところが多いと感じていましたが,本書を読んでその意を強くしました。インドネシアでも近年では個人の部分が強まっているとはいえ,基盤的な制度を不断に見直しつつ,リーダー間で一定の競争を促すというのは,いずれも日本にはない重要な特徴のように思います。

慶應大学の粕谷先生他執筆者の先生方からは『アジアの脱植民地化と体制変動』を頂きました。ありがとうございます。「民主制と独裁の歴史的起源」というサブタイトルからもうかがえるようにバーリントン・ムーアを意識しつつ,しかし階級(とその連合)ではなくて,歴史上の制度と運動――植民地期の自治制度,王室制度,そして植民地解放運動の激しさによってアジアにおける脱植民地化後の政治体制について説明しよう,というものです。脱植民地化と体制変動というテーマについては,一国・あるいは東・東南・南アジアという特定の地域での研究蓄積が多い一方で,それらを包含したアジア全域について,歴史的制度論の共通した枠組みで分析を行うというチャレンジがなされています。それぞれの章で興味深いですが,本書の場合はやはり同じ枠組みで分析する,というのが強みなわけですが,16人という人数で,それぞれの章で独自に分析をする論文集というより,共通の枠組みで分析を行うかたちで一冊の本としてまとめるのは大変で,素晴らしい労作だと思います。

北海道大学の前田亮介先生からは,『戦後日本の学知と想像力』を頂きました。ありがとうございます。優秀な若手研究者,というのはよくある謂いですが,本書に参加されている人たちはまさにそんな感じで,戦後の知識人やさまざまな日本政治論,そして政治の概念について切れのある論説が展開されています。頂いた前田さんのとこだけ読もうと思ったら,そのままほとんど読んでしまった,という感じで。個人的には,対象に一定の敬意をもって残された資料などから接近しつつ,しかしわりと突き放して書いている感じの知識人論が特に面白かったです。本書の取り組みがもともと知識社会学的なものですが,本書それ自体についても知識社会学的な言及が行われており――特にジェンダーについては深刻な問題ですが――,その点についても読みどころのように思います。