沖縄住民投票雑感

2月末に予定されている沖縄県の県民投票が非常に難しい状況になっている。地方制度と住民投票のそれぞれについて研究をしてきた身からするとややこしいけど非常に興味深いところでもある。

事実関係でいうと,2019年沖縄県民投票 - Wikipediaが端的にまとまっている

市民グループ「『辺野古』県民投票の会」が2018年5月、県民投票に向けた署名集めを開始。9月、必要数の約2万3千を大幅に上回る92,848人分を集めて直接請求を受けて、沖縄県沖縄県議会に提出し、10月26日に可決、10月31日に公布された住民投票条例に基づくものである。条例では公布の日から起算して6ヶ月以内に実施することが定められており、告示日を2019年2月14日に、投開票日を2月24日に設定した。

この住民投票に関する補正予算案が、沖縄県市町村の12月議会において提案されたが、一部市町村議会で予算案が否決。全市町村で実施できるかどうかは不透明である[2]

なお、投票約2か月前の2018年12月14日から辺野古基地予定地への土砂搬入が開始され、すでに原状回復が不可能となっている。 

前に書いた住民投票の論文で考えたことを踏まえると,こういうタイプの住民投票は非常に政治的なもので結果が出ても必ずしもその通りにならない。つまり,収まるような住民投票の場合は,(1)基本的にその政府/自治体が決めることができる事業を対象として,(2)少数意見に配慮する形で住民投票を行い,(3)住民投票の可決は事業の承認,否決は拒否権の発動,といったものになると思われる。なので,自治体の施設建設とかそういう話についてはまあフィットすることになるわけだけど,基地や原発のように国が入ってくるものについては(1)の条件が微妙になるのでどうしても揉めることになる*1。ちなみに,日本で住民投票の黎明期にしばしば用いられていたのは基地・原発産廃処理場なのだが,産廃処理場の方では比較的機能しやすかったという印象がある。

実際,これまで沖縄で過去に二回(沖縄県と名護市)で米軍基地に関して住民投票が行われているけど*2,名護市の方は賛成・反対のほかに「環境対策や経済効果が期待できるので賛成」「環境対策や経済効果が期待できるので反対」という選択肢が設定され,この条件付き賛成がある程度票を集めたことを背景に,市長の辞任と引き換えにヘリポート条例が通るということになっている。沖縄県の方は,唯一の都道府県レベルの住民投票ということもありなかなか評価は難しいが,その後日米地位協定の見直しは実現していない。特定の自治体のみで決めることができない中で,より広域の政府/自治体が事業にコミットしてると,特定の自治体の反対のみで中止することが難しいのは否めない。

辺野古米軍基地建設のための埋立ての賛否」という沖縄県だけで決めるのが難しそうな今回の住民投票は,まあおそらく住民投票だけで話が決まるような事業ではないことが予想される。なので,基本的には沖縄県の「民意」を示して広域の政府/自治体(要するに国)の意思決定にプレッシャーをかけようとする,つまり政治的な意思を表明するための道具という性格を持つようになると考えられる。国際的な安全保障環境にも依存するけど別に未来永劫米軍基地を置かなければならないわけではないし,それ自体は非常に政治的な決定なわけで,その手のプレッシャーをかけようとする「政治」は十分にありうるように思われる。

しかし今回難しいのは,その住民投票の実施という局面で,沖縄県からの事務委任を受けるいくつかの市町村が拒否することになっている点。県民投票反対を可決 「政治的主張に公費」 | 八重山毎日新聞社によれば,予算額の多寡ではなくて,政治的な主張に関する住民投票だからそもそも反対,という理屈とのこと。まあやろうと思えば市長の専決処分でできないことはないとも思われるわけですが,議会が反対したところでは,どうも市長も「議会の意思を尊重する」とか言って専決処分はしない模様。

このように委任を受けたところが「やだよ」と言ってしまうと話が動かなくなるのは,以前に『地方分権改革』の中で西尾勝先生が述懐されていたように,第一次分権改革で国の関与を法定化し,国地方係争処理委員会を作ったときから意識されていたこと。国の法定受託事務であれば「是正の勧告」とその後の代執行ができるわけですが,実際勧告に従わなくても代執行は事務的に難しいし,都道府県の自治事務であれば「是正の要求」しかできず,おそらく代執行は当然にはできない。まあそれ以前に都道府県が普段やってない選挙事務を代執行できるのかというと相当に疑問で,仮に協力的な市町村の力を借りるとしても難しいような…。そして何より難しいのは,この状況を調停する国地方係争処理委員会(都道府県-市町村なら自治紛争処理委員)に持ち込まれるためには「関与を受けた」側の行動が必要なわけで,「やだよ」という人たちはもちろんそんな行動をすることはなく,何もできないままとなる。この辺りは住基ネットをめぐる一連のやり取りが典型というか。

八重山毎日新聞社の報道にいみじくも出ているように,このように行政的に事務委任を受けないということは,政治的主張をしないということを明らかにするというタイプの「政治」なわけで,まあ場外乱闘みたいなところはあるものの,委任されたことを敢えてやらないということ自体を封じるのは難しい。沖縄県だって,まさに基地関係で国から委任されたことをやらないことで「政治」をすることもあるわけで,同じような抵抗の手段だろうと言われれば弱いところもあるように思う。たださらに難しいのは,これが「アリ」とされてしまうと,今度は仮に国が国民投票をやるときに自治体に事務委任をすることになるわけで,同じように拒否する自治体が出てきたらどうするんだろうと。数が少なければ強行するかもしれないし(国の場合は是正の勧告を行って従わなければ代執行もできる),今回の住民投票だって拒否する自治体がいながら強行してもまあおかしくない。しかし,おそらくそういうやり方は政治的決定の正統性を毀損してしまうことが予想される。

…とまあ難しい問題で,誰がどうすべき,みたいな話について,個人的な感想を超えた結論は出ないわけだが,ここまでマルチレベルでこじれてくると,お互いにできる手を打つしかなくなってくるんじゃないか。本来は,より強くて余裕があるであろうと考えられる国が政治的決定の正統性に配慮して妥協するのが望ましいように思うけど,これまでの過程で可能な妥協ができないとするのか,強行しても正統性が毀損されないと考えているのか,妥協の気配はあまり見られない。市町村が事務委任を拒否するのに当たって,自民党衆院議員が「否決に全力を」と働きかけていたという報道もあるくらいだし*3

以前の論文で,住民投票,特に近年では公共施設の建設の是非をめぐる住民投票が増えていることについては,地方自治体レベルでの政党間競争が十分でないことに起因しているのではないかと書いたことがある。これまでの地方議会の多数派がどっかに何らか施設を作るということを(まあ順番で)やってきたのに対して,反対するような政党が十分な勢力を持つことはほとんどなかった。それが,どっかの施設の建設というシングルイシューが盛り上がり,反対勢力がそこだけで結集して,場合によっては市長選も勝つことを通じて住民投票が行われてきた,という見立てである。ただこれだと結果としてシングルイシューのアドホックな競争をする分にはいいけど,安定的な競争にならないままに何となく流れていく(住民投票で反対側が負けるとまた分裂したりする)。それはまあ地方自治体レベルの話であって,その意味からも選挙制度を見直すべきではないかということを考えてきた。

しかしこの沖縄のような話は,マルチレベルの政治制度が絡むと話がさらにややこしくなることを示唆している。つまり,地方自治体の中の施設建設がシングルイシューで盛り上がるのではなく,他のレベルの政府への反発みたいなものを材料に盛り上がってくると,自治体内での政党間競争だけじゃなく*4,マルチレベルでの政党間競争も問題になってくる。そして問題は,国側の政党に近い立場のグループが地方レベルにはいたとしても,逆はそうではないことがしばしば起こる,ということではないか。地方でシングルイシューを強調すると,国の政党を通じた抑えみたいなものは全く効かずに極端な立場も取りやすくなるし。個人的には,国-地方を通じた政党のリンクを作る,つまり政党内で一定の調整を行うことで問題を全国化して決着させる,というのがある程度妥当かなあとも思うけど,これは地方議会レベルの選挙制度の見直しよりもさらに難しそう…。 

公共選択 第68号 特集:まちづくりの公共選択

公共選択 第68号 特集:まちづくりの公共選択

 
地方分権改革 (行政学叢書)

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*1:そういう意味では,イギリスのBrexitとかスコットランドの独立とか,より広域の自治体/意思決定主体からの離脱が問題になるのも同じ。

*2:基地がらみというと,他には2006年3月の岩国市で米空母艦載機移駐受け入れについて,与那国町陸上自衛隊の部隊配備について住民投票が行われている。

*3:なおこの議員は2018年11月に繰り上げ当選した元弁護士とのこと…。

*4:たぶん自治体の中に国の側につく勢力もあるから政党間競争は問題になる。