地方自治研究3冊

東洋大学の箕輪允智先生から『経時と堆積の自治』を頂きました。どうもありがとうございます。博士論文をもとにした出版で,旧新潟三区の三条市柏崎市栃尾市加茂市を対象に,詳細な自治体の歴史を描くことで,それぞれの地域での「自治」のあり方がいかに形成されてきたか,ということを分析しようとするものです。私なんかもそうですが,近年の地方自治研究では,一般的に妥当する理論を検証することを念頭に置きつつ,自治体そのものの個性を重視するというよりは,何らかの変数で特徴づけられた存在として認識することが多くなっています。それに対して,本書は都市ガバナンスの先行研究をふまえた上で,個々の自治体がそれぞれに歴史と文脈をもって「自治」を作り出してきたことを論じようとしています。それぞれの自治体がもつ地理的環境や人的資源,組織・伝統的資源などの影響を受けながら自治体の来し方行く末が決まっていくと。

本書を通じてわかることのひとつは,全ての自治体を一般的に捉えるということはまあある種のフィクションであって,それぞれの自治体が固有の歴史を持ち,経路依存を前提に意思決定をしているんだ,ということでもあります。まあ私なんかはそういう研究してるわけですが,一定の仮定を前提に自治体の一般的な行動や決定について分析していることを忘れてはいけないということでしょう。本書でも,一般的な理論・仮説の妥当性を検証するような研究を否定しているわけではなく,自治体の個性が重視される時代にはその個性の源泉である歴史や文脈について確認する視点が必要になることを強調しているわけです。もちろん,原発立地自治体で様々な研究の対象になっている柏崎市をはじめそれぞれの自治体の多様性の「特異的な因果関係」について教えてくれる著作ではありますが,バランスを保ちつつ他の視点に学ぶ姿勢が大事,ということを改めて示すものとしても読めるように思います。

経時と堆積の自治――新潟県中越地方の自治体ガバナンス分析

経時と堆積の自治――新潟県中越地方の自治体ガバナンス分析

 

大阪市立大学の阿部昌樹先生から『自治基本条例』を頂きました。どうもありがとうございます。元同僚ですが私は前からのファンの一人で,『ローカルな法秩序』『争訟化する地方自治』ともに本当に好きな著作です。その阿部先生が自治基本条例について研究をされているのは知っていて,本書の出版をとても楽しみに待っておりました。本書はおそらく初めて自治基本条例を体系的・実証的に分析したもので,この「自治体の憲法」と呼ばれる(呼ばれたがる?)条例が自治体において住民が相互に結びついているような感覚,「集合的アイデンティティ」の構築に関わるという議論は非常に説得的だと思います。自治基本条例の歴史的な経緯を説明するだけではなく,調査時点での全条例を用いた計量テキスト分析,米原市で行われた住民アンケート調査を利用した二次分析,阿部先生ご自身による自治体担当部局を対象としたアンケート分析を用いて実態への接近が図られていて,政治学行政学への貢献も非常に大きいと思いました*1

実は私も大学院生のときにある市で制定された自治基本条例の初期段階に関わっており(まあ引っ越しでそこからは離れてしまいましたが),また就職してからもいくつかの自治体でこの条例の評価・チェックに携わる審議会等のお手伝いをさせていただいたので懐かしく読んだところもあります。本書では,社会運動論のレビューなども踏まえた議論がなされていますが,まさに「運動」のようなところもあり,また一度「制度」として出来上がったものをどうやって運用するかというのが重要な論点にもなります。本書でも,自治基本条例を根拠として住民が行政に提案・要求を行うというような可能性,そしてそれが「集合的アイデンティティ」を作り出していくのではないか,という可能性についても論じられていますが,以前「運動」の中で自分もそんなことを漠然と思ったことがあるなあ,と懐かしい気分になりました。 

なかでも,阿部先生が独自に集められたアンケートデータを利用した「インパクト」の分析をされた5章を興味深く読みました。主要な論点のひとつとして,自治基本条例が制定されてからの時間がたつことが住民や職員の行動を変えた可能性について論じられています。ただ,それで満足するのではなく,探索的に色々な分析を行うことで,単に時間が経過しているだけでなく,何かの試みをしていること時間との交差項が効果を持つ可能性があることを論じられているのは個人的には説得的でした。結構独立変数間の相関があるのである程度整理してもよいのかなあとは思いましたが,そういう相関を踏まえつつ推定結果を「読む」というのは,技術的にとても優れている研究者でも簡単ではないことで(なんていう僕は全然だめですが),そういう点も大変参考になると思いました。 

 最後に,京都大学の曽我謙悟先生から『日本の地方政府』を頂きました。ありがとうございます。何というか,この構成や展開はすごいですね。読んでいる文献も相当程度重なっていて,議論のもとになる理論を共有しているわけですから,ほとんど違和感なくすぐに読んでしまったのですが,そもそもこういうかたちで議論を組み立てる俯瞰的な目線が本当にすごいと思います。20年くらい前から曽我先生がリードしてきた研究が,20年後に回収されるとこんな感じになるんだ,という感慨を持ちつつ読んだところもあります。まあ教科書とは違うわけですが,地方の研究する多くの若い人が初めの方で読む一冊になるでしょうし,かなり長く地方政治研究を規定するものになるような気がします。その意味でも上の箕輪さんのような観点も改めて重要になると思いますが。

統一的な視点から極めて見通しよく「日本の地方政府」について整理し,問題を析出されているわけですから,本書は改めて自分の研究を見直すときにも非常に有益になります。私の場合,本書の5章(中央政府との関係)のところから研究を始めて,1章(首長と議会)と3章(地域社会と経済)に大きく関連するところで著作を書き,次の本は2章(行政と住民)と4章(地方政府間の関係)に絡むところかな,と感じつつ,関連文献を見直そうか,などと思いました。また,最近他の仕事との関係で,2章の行政改革の部分の実証的な研究が実は少ないんだろうな,という印象も受けていて,このあたりについて掘り下げることもできるかな,という感じもします。もちろん,新しい研究の助けになるだけでなく,析出された問題についての議論を呼ぶものにもなるでしょうから,そのためにも広く読まれることを願いたいと思います。

日本の地方政府-1700自治体の実態と課題 (中公新書)

日本の地方政府-1700自治体の実態と課題 (中公新書)

 

*1:阿部先生のご専門は法社会学なので/政治学者・行政学者と一緒に仕事されることも多いですが。