後期高齢者医療制度

いや,このおかげで市町村が大変なことになっている,特にシステム投資が大変だ,ということは地方分権改革推進委員会の露木委員の発言を聞いていてもわかっていたのですが,肝心の内容自体はあんまりよくわかっておりませんで。先日,某元勤務先でお世話になったYさんの送別会で,N先生とお話したときに少しこの制度の話になって,一応軽く調べてみましたのでそれをメモ。
制度の概要自体は,ここを。要するに,75歳以上のいわゆる後期高齢者については,現役世代や前期高齢者(65歳〜75歳未満)の医療保険制度と切り離した新しい保険制度を作る,ということです。いままでは,この後期高齢者については老人保健制度によって費用の50%が公費によってカバーされた上で,残りは各医療保険者が納付する拠出金によって賄われることになっていました。しかし,後期高齢者についてはほとんどが市町村を保険者とする国民健康保険によってカバーされることになっていたわけで,もちろん一部政管健保や組合健保からお金が入ることになってはいたものの,基本的にはなぜか自営業者や比較的所得の低い層で構成される国民健康保険の被保険者がこの世代のリスクをカバーするという,結構いびつな制度になっていたと考えられます。厚労省の推計(この資料の資料5)によると,後期高齢者の中で被用者保険の被保険者になっている人は2.1%,被用者保険の被扶養者は20%,国保の被保険者は76.7%となっており,国民健康保険は必要な分の拠出をするわけですが,この拠出の原資はもちろん後期高齢者の納付金のみからではなく,若年層も含めた国保の被保険者から集めたものによって賄われることになります。重要な問題は,現役時代には基本的に被用者保険で過ごしてきた人たちが引退することで,(退職者保険制度はあるにせよ)国保に流れ込むことによって国保財政が圧迫されるのに対して,被用者保険のほうは健康リスクの高い高齢者が抜けるという現象が発生し,結果として国保の現役世代の負担が被用者保険の現役世代と比べて相対的に重くなりやすい,というところにあります。まあもちろん,被用者保険から国保に繰入金があるわけで,厳密にはその効果も計算する必要があるかとは思いますが。
僕は普段厚生労働省がこの手の新しい施策を打つときには結構どないやねん的なまとめ方をすることが多いのですが,今のところこの制度の趣旨自体は悪くないのではないか,という印象です。75歳以上であれば老人保健制度で5割が公費負担であることから退職者医療制度の調整もないわけで,いくら5割といってもそこは高齢者の健康リスクが高いことを考えるとやはり国民健康保険の現役世代にとってはちょっと容認できない不公平ではないかと思われます。新しい制度の概要を見ると,後期高齢者について独自の保険を作って必要な費用の1割を賄うとともに,公費を除いて残りの4割を現役世代が加入している保険の種類に関わらず負担する,ということなので,これならば制度の違いに起因する不公平は軽くなるのではないかと考えられます。また前期高齢者の医療費負担についても,75歳未満の加入者数に応じて負担するかたちで財政調整が行われるということなので,まあなぜ「75歳未満」なのか?という疑問はあるにせよ,過重だった市町村国保(特に被用者現役世代)の負担を緩和するという点で評価できるのではないかと思われます。*1
また,ひとつのメリットは高齢者医療費をそれ自体でコントロールできるところにもあるんだろう。厚労省の概要には書いていないものの,この辺では保険者になる都道府県の国保連合会が高齢者医療費を抑制するようなインセンティブが埋め込まれることを危惧している。そういう危惧があるのはわかるけども,こういう制度変更に対する批判としては若干筋違いだろう。制度的には,もし国民的なコンセンサスとして高齢者医療費が増えてもいい,という話であれば別に問題がないようにできているわけで。某たしかな野党なんかは高齢者の負担が増える!というわけですが,その負担を増やさないようにすると(社会保険なので)自動的に現役世代にしわ寄せが行くことになる。例えば現在被用者保険の被扶養者になっている人が新たに保険料を取られることになる,という話があるわけですが,それも現役のときは自営業者でサラリーマンの息子の被保険者になっている人が被用者保険の被扶養者になる一方で,現役のときはサラリーマンだった人の子どもが自営業になったら両方とも国保の保険料を払わないといけない,というのはやっぱりいかがなものか,というところは拭えない。しかしもう少し本質的な論点としては,そもそもこういう高齢者の医療を現在のような社会保険形式でやるのか,それとも税で賄うことにするのか,というところにあるのではないかと思う。公費100%にしてえらく医療費が積みあがったとされる老人保健法の事例があるのでなかなか税方式にするのは難しいと思われるわけで,それを考えれば今回の制度変更は現行の社会保険制度の中で結構望ましい制度の変更だと考えられるのではないだろうか。蛇足ながら付け加えると,将来的にどこかで高齢者間の所得移転を行わなければどうしようもない場面がやってくるかもしれないことを考えると,そのひとつのモデルケースになるのかもしれない。
ただまあその事務費は別だろうなぁ…。かなり大きな制度変更なわけで,立法を通じてやるときに,市町村はどうしようもなくただシステム開発費を膨らますしかない。(一律の制度が求められる)社会保障分野における国の制度変更で市町村が非-選択的に多額の負担をするというのはやはり見直されるべきではないかと。

*1:まあただどうせなら前期・後期高齢者を同じ保険にすればいいやん,というところですが…まあ前期高齢者は保険に入ってある程度お金を払っている人が比較的多い,という判断なのでしょうが…。なんかここで制度を細分化するのは無駄な気がする。