トリプル選挙の論点

2月6日に愛知県知事選挙・名古屋市長選挙・名古屋市議会の解散投票の,いわゆるトリプル選挙が実施され,既に周知のとおりに,それぞれ大村秀章候補・河村たかし候補・賛成,が圧倒的な票を獲得することになった。選挙結果の影響等についてはもういろいろと解説もあるから,とりあえずは選挙結果それ自体を眺めながら,論点について考えてみたいところ。
こういうとき,ざっくりと言って二つの見方が考えられる。ひとつは,人々がそれぞれ帰属している政党を重視し,その政党をベースとして投票行動を決めているという考え方で,もうひとつはイシューに沿って投票が分布するという考え方。ただまあこの手の議論は,いつも国政のことばっかりを前提に置いているので,今回のような選挙についてはもう少し別の軸も必要になると思われる。
まず,政党について。もちろん,河村氏自身が立ち上げた,「減税日本」という新党はあるにはあるが,ウェブサイトを見れば分かるとおり,今のところ「減税します,議員報酬減らします」と言ってるだけで河村氏以外の候補者などの情報もない。「地方政党」の反乱だとか言われているが(僕自身もそれに近いことは書くが),まあそれはちょっと性急で,要するに河村氏の個人商店みたいなもんと考えるのが妥当だろう。大村氏の「日本一愛知の会」という謎の組織があるが,グーグル先生に聞いたところ,現在は事務所開きの話が出るだけで,要するにこれも大村氏の個人商店に過ぎない。だからまあなんだかんだ言って,とりあえず政党という括りで見られそうなのは,自民党民主党みんなの党共産党といったところだろう。有権者は,このような政党に対する帰属意識があって,それをベースに投票していくという話になる。もちろん,それらの政党全部足したよりも帰属者が多い無党派層っていうのがあるわけですが。
一方,イシューについて。これはやはり一緒に投票されている議会の解散投票がでかい。まさにシングルイシューだし。加えて,減税だの議員報酬削減だのというのは,基本的にこのイシューの系と考えられるだろう。大村氏が出馬するときに色々言ってた「中京都」は,結局ほとんどイシューとして出てこなかったように思われる。少なくとも,はじめに出てきた後は僕のアンテナにほとんど引っかかってこなかった(一応それなりには張ってるつもりだったのですが…)。面白いのは,それでもこの選挙戦のイシューが基本的にローカルネタで戦われていたということ。まあたまに,地方選挙で「護憲・平和」とかいうイシューで戦おうとうする人たちもいますが,日本の地方選挙は,国政に対する批判を集める選挙として,国政ネタで争われることは少なくない。1990年ころの消費税反対運動は典型的だし,最近でも地方で(中央の)民主党批判をして選挙をやるところは,特に知事選ではたまに見られる。しかし,今回は徹底的にローカルネタでの選挙,しかも名古屋市内ネタの選挙だったと言えるのではないか。愛知県まで込みのものはそれこそ「中京都」くらいで,愛知県のみのイシューってほとんどなかったような気がするが。
要するに,政党は基本的に国政ベースで,イシューは基本的に地方ベースという選挙。で,いや,実は今回の選挙は政党ベースの選挙だったんだ,なんていうデータが出てきたらちょっと意外性もあるだろうけど,ご多分にもれず,僕も今回の選挙はやはりイシューベースの選挙だったと思います。しかし,国政−地方政治,政党−イシューという二つの軸が,基本的に重なる中で,データを見る限り,今回のようにある意味で徹頭徹尾イシューベース=地方ベースで選挙が行われているのは実に珍しいし,まさに最近の日本の選挙の状況が良く出ている感じがします。
次のグラフがまさに典型かな,と。これは,名古屋市内の各区ごとに,いくつかの候補の獲得投票数を比較したもの。ここから見てわかるように,河村候補は,全ての区において,議会解散賛成投票(これが一番多い)の95%を満遍なく獲得していることがよくわかる。さらに,大村候補は,基本的に河村候補の80%程度となっていて,みんなの党公認の薬師寺候補の獲得票数と合わせると,全ての区において,やはり河村候補の95%程度の票を獲得している。これが非常に興味深いのは,共産党系の候補=知事候補・土井氏と市長候補・八田氏の得票比較と比べると明らかになる。同じ選挙会場で投票するにもかかわらず,同じ共産党系の候補を書いている人は,区によって80%から110%までと結構開きが大きい。この辺りから解釈すると,もちろんこれは集計データという限界はあるけれども,「議会解散賛成」の投票をした人と市長選挙で「河村」と書いた人が非常に重なっていて,その人達が知事選挙では「大村」あるいは「薬師寺」と書いていることが推測される。

さらに,重徳氏・御園氏という自民党民主党の県知事候補と,石田芳弘氏という名古屋市長候補の関係にも興味がわく。伝えられているところでは,石田氏については自民党民主党が「相乗り」していたという話なわけだが,このグラフを見る限り,石田候補の得票は,自民と民主の合計に届いておらず,だいたい10-20%ほど落としている。議会から「反河村」で出馬した杉山氏の得票を,石田氏に合わせたものを分母にしてみると,その違いはだいたい10%程度にまで縮まってくる。特に,港区や南区といった辺りでは,大村+薬師寺/河村と重徳+御園/石田+杉山がともにほぼ100%で,それぞれが「それなりに」票を固めていたことがよくわかる。ただまあ真っ二つなんてもんではなくて,3対1くらいになってくるわけではありますが。
今回の愛知県知事選挙が,名古屋の選挙,もっといえば名古屋市議会の解散を問う選挙,というかんじだったのは,次のグラフを見ると結構明瞭に出てくる気がする。グラフは大村氏と薬師寺氏の得票を足したものの全体に占める割合と,重徳氏と御園氏の得票を足したものが全体に占める割合を比べたもの。
これを一見して分かることは,

  • 名古屋市内(グラフの左側)の得票状況がまさに平板になっている。これは結局のところ,議会解散賛成=河村候補支持と議会解散反対=石田候補or杉山候補支持と基本的に重なってる。
  • 名古屋市外に出ても,基本的に大村氏+薬師寺氏が強く,特に大村氏の地盤(愛知13区)である碧南市刈谷市安城市知立市高浜市(グラフで赤丸)では大村氏が強い。なお,その他のところで薬師寺氏はだいたい大村氏の2割程度の得票になっている。
  • 豊田市(重徳氏の出身地)など,いくつかの市では,特に重徳氏が健闘している。その他郡部で自民党が強い。それに対して,御園氏は郡部での得票が低く,(期待していた)都市部の票を持って行かれたような感じになっている。

まあ大票田である名古屋市の方が,議会解散の賛成反対でここまでキレイに割れてしまううえに,愛知県の非名古屋市地域を地盤とする大村氏が出てくることで,はっきりとした結果になった,というのが一次的な解釈ではないだろうか。それを考えると,名古屋vs.非名古屋にハマる可能性があった中京都構想をあまり打ち出さなかった理由は理解できる。しかし,この結果を見ると,イシューとしての「反議会」があまりに根強いことが感じられるということに改めて驚かされる。もちろん市ほどではないにせよ,愛知県の他の地域にも「反議会」に喝采を送るところがあったのかもしれない。首長選挙のところの対立軸が地方政治で軸になる,というのは予想できるところではあったが,ここまで「反議会」風が強いと,その意味と影響をもう少し考える必要があるように思われる。