地方公務員給与削減

2013年度の予算が閣議決定されて、来年度の地方公務員の給与が削減されることになったようです。ツイッターでぼそぼそと呟いていたのですが、話が面倒で混乱しやすいので、こちらにまとめておこうと。私自身の生活にも影響はある可能性は高いですし(←変な表現)、まとめてるヒマな人もあんまりいないようなので。

何が起きた?

まず、1月29日の閣議決定ですが、事実として決まったことは、日本経済新聞などによれば、国家公務員の給与削減に合わせ地方公務員給与を7月から減らすことを前提に、地方交付税交付金等が1.2%減(2013億)の16兆3927億円となったことです。この内容について、総務省が出している平成25年度地方財政収支見通しの概要を確認していくと、確かに給与関係経費が大きく減らされています。平成24年度が20兆9760億程度で25年度見積もりが19兆7500億ですから、金額で言えば1兆2260億程度の減少が見込まれています。これは約5.9%減ですが、これはおそらく国家公務員の給与削減が7.8%であって、この7.8%に7月までの3ヶ月分を減らした9ヶ月分(3/4)を掛けたということでしょう。
まず誰しもが気づくこととして、給与総額の方が地方交付税よりもずいぶん大きいこと、そして地方交付税の減少と給与削減の額を見ると給与削減のほうがかなり大きくなっていることがあります*1。給与削減をしてるのに、国から地方への財政移転である地方交付税はほとんど減ってないということです。これは政府の側も意識していて、閣議決定には備考としてちゃんと「地方税地方交付税等の地方一般財源総額につき24年度と同水準を確保」と書いてあります。要するに、給与削減を前提とするものの、その分を財政移転から減らすっていう話ではないということです。
財政移転が減らなかった単純な、しかし重要な理由は、地方への影響が大きすぎるから、ということでしょう。もし地方交付税として1兆2000億円(交付税の7.5%程度)を急に減らすとなると、特に財政力の弱い自治体を中心に、自治体の財政運営が成り立たないという事態が起こる懸念が出たからではないかと思います。自民党としては、小泉政権の間に地方財政をかなり絞って「格差」の元凶となったと批判された経験があり、政権交代直後にその轍を踏みたくなかったということかな、と。
さらに、地方自治からしてみれば、公務員給与の多くは地方の一般財源によって賄われるものだから、本来地方自治体として決定すべきものだという批判が非常に強くなります。一般財源なのだから、公務員給与に使ってもいいし他の事業の財源に使ってもいい、と。雑に言えば、交付税を削減しても地方自治体が公務員給与を削減せずに、その他の事業を削減する可能性があるわけです。当然一般の住民からすれば、自分たちが割を食うのはおかしい、といって政府を批判するわけですが、そのときに批判の矛先が中央政府に行くのか、地方自治体に行くのか分かりません。自治体としては、公務員というか従業員に払うべきものを払わないとちゃんと働いてくれないと言って、中央政府に批判の矛先を向けるように誘導するのは自然でしょう。もちろん、ふざけるなといって地方自治体に批判が向かう可能性もあるわけですが。

まあとりあえず、地方全体の総額があんまり変わらない(500億円積み増し)中で給与削減で給与の見積もりが1兆2000億円も落ちるという結果になったわけです。地方交付税がちょっと減ったってのはあんまり本質的な問題ではありません。非常に雑駁に理解しようとすれば、図のようになると思いますが、平成25年度は平成24年度と比べて、図の色が着いた部分が宙ぶらりんになってしまった、という感じでしょうか。24年度から25年度で仮にその他の歳出を一定としておくと(もちろんちょっと凸凹あるはずですが)、色の着いた部分は、いわば公務員給与に使ってもいいし、それ以外に使ってもいいという中途半端な浮いた部分になるわけです。
国の方は、この公務員給与を削減してほしい、といってる一方で、お金は出すわけです。変な話ですが。そうすると変な話続きで、そのお金をなんかしら使わないといけない。地方自治体に完全に任せてしまうというのはひとつの見識でしょうけど、それをやるとまあ常識的には公務員給与に使おう、ってことになるのでそれも苦しい*2。公務員給与、と雑に書いてますが、この中にも通常の給与の他に退職手当など入ってます*3。ひとまず退職手当以外で通常の公務員給与の部分は約8500億円くらいあるそうですが、この使い道として議論されているのが東日本大震災を受けた防災対策なわけです。地方公務員給与費の臨時特例と緊急課題への対応についてによれば、給与削減で「浮く」8504億円(一般財源部分は7854億円)に対して、1全国防災事業費(地方負担分)973億円、2緊急防災・減災事業費4550億円、3地域の元気づくり事業費3000億円の合計8523億円がだいたい充てられると。内容に関心ある方はそれぞれぐぐってみてください。「元気づくり」ってあったとしても一般財源でやるものじゃないかという気はしますが…。

どうしてこうなった?

出発点は昨年度から始まった国家公務員の給与削減にあります。この給与削減は、国家公務員の給与の改定及び臨時特例に関する法律によって、「我が国の厳しい財政状況及び東日本大震災に対処する必要性に鑑み、一層の歳出削減が不可欠であることから、国家公務員の人件費を削減するため」行われたものです。現在の政権与党である自民党公明党が提出した「一般職の国家公務員の給与の改定及び臨時特例に関する法律案」を基本とした三党合意があり、2012〜2013年の時限付きで7.8%の国家公務員の給与削減が実施されました。可決されたこの法律では、12条において「地方公務員の給与については、地方公務員法及びこの法律の趣旨を踏まえ、地方公共団体において自主的かつ適切に対応されるものとする。(強調引用者)」となってました。で、総務副大臣から地方自治体への通知の中で「自主的かつ適切に対応するよう期待」されていました。
まあただ大学なんかでも言えることですが、「趣旨を踏まえ」たら何をしていいのかよくわかんないんですよね。給与を削減して余ったお金が出てくるわけで、これを国庫に寄付する、って話ならまあまだギリギリわからんわけではないところです。しかしそういう制度があるわけでもないので、削った分は自分たちで何とか使わないといけない。だったら常識的に考えて、別に給与削減しないわけです。国家公務員の給与を下げてんだから空気読んで地方公務員の給与を下げて欲しいなあ、っていうくらい。国家公務員の給与を削減して復興財源に充てる(明示的に書かれているわけではないでしょうが)というのは、一応歳出の選択をしていることになっているわけですが、地方(あるいは国立大学法人など)についてはそういった明示的な選択があるわけでもなく、単純に国家に合わせて地方公務員を下げる、という別のロジックになってます。
で、政権交代があって自民党が政権についたのですが、自民党によってこの「期待」が「要請」に変わります。「地方公務員の給与改定に関する取扱い等について」では、「各地方公共団体において速やかに国に準じて必要な措置を講ずるよう要請いたします。」という表現が出てきまして、国に準じた必要な措置、つまり地方公務員の給与削減をしてください、という話になったわけです。この通知は閣議決定前日に出されていますが、日本経済新聞によれば、閣議決定について麻生財務大臣が次のように述べたということで、この削減が自民党政権のひとつの成果として認識されていることがわかります。

麻生太郎副総理・財務・金融相は29日午後、臨時閣議後の記者会見で、政府が閣議決定した2013年度予算案を「間違いなく数字として引き締まったものができた」と評価した。地方公務員の給与削減を要請していたことを挙げ「(要請内容を13年度予算案に)反映できたのも民主党との違い」との認識を示した。
 野田佳彦前首相が党首討論で解散を明言した12年11月以降、外国為替市場で円安・ドル高が進んだことや、株式相場の上昇にも触れ、「民間も『気』の部分が先行している」と指摘。デフレ不況から脱却するには大胆な金融政策、機動的な財政出動、投資を促す成長戦略を同時に進める必要性にも改めて言及しながら「(13年度予算を)1日も早く実行に移すのが大事」と強調した。

ここまで書いたのを読んでいただくと、ちょっとわからないところもあるわけです。つまり、地方公務員給与削減は要請したものの、地方への財政移転はそれほど変わっているわけではない。にもかかわらず「間違いなく数字として引き締まったものができた」という評価が出てくると。まあこれを好意的に解釈するとすれば、地方への財政移転は変わらないものの、給与削減を要請して実際に削減が行われ、かつ、本来は国が金を出していくべき防災関係の事業(+「元気づくり」みたいなもの)にお金が回ることになったので引き締まった、というように読むべきなのかな、と思います。

地方自治体の反応と混乱

言うまでもありませんが、大反対です。反対の理由はいくらでもありますが、まあ既に行革を進めているとか、優秀な人が来なくなるとかそういう話ですね。正論だと思います。それに対して、国のほうとしては、「国家公務員に準じて」を給与に絞って主張します。つまり、国家公務員の給与水準より地方自治体の給与水準が高いのであればそれが問題だ、という議論です。給与水準をラスパイレス指数で見て、それを根拠に給与削減を求めるわけです。
これは容易に予想された展開ですが、議論は混乱します。つまり「国家公務員に準じて」の中身が、「準じて復興財源を負担する」のではなく、「準じた給与をもらう」になっちゃうわけです。そうすると、ラスパイレスで見て(特例で給与削減中の)国家公務員よりも水準の低い自治体は、「ウチはやらなくてもいいのね」という話になります。国・総務省もこの議論には弱いわけで、「地方公務員の給与削減、国より低ければ対象外」と。もちろんこの辺の自治体では削減の悪影響が大きく、しかし全体から見てそれほど金額は多くない、ということなんでしょうけど、ラスパイレスを基準に減らすという話になると、当初の5.9%ってのが実現できるのかどうかはよく分かりません。このときはマクロの財源論で金額を組み立てているはずなので。
またもうひとつややこしい話が出ているのは、東京都のような不交付団体です。「都知事、公務員給与削減を拒否の意向」ということですが、東京都はそもそも地方交付税を受けないので、給与を削減することが盛り込まれた財政移転の影響を受けにくいわけです*4。こういった不交付団体では、給与削減に見合った防災支出なんかも関係ないわけで、国が「強制的に」給与を削減させる手立てはありません。だから、東京都のラスパイレスが国よりずっと高くても、東京都が一年間「世間の非難」(そんなものがあるとすれば)を受ける覚悟があれば、国は「ぐぬぬ」という他ありません。また、東京都に対する世間の非難が少なければ、他の地方自治体だって給与削減はしないよ、って追随する可能性もあります。一般財源で「防災」とか「元気づくり」でもらってるとしても、一般財源である以上、別に給与で使ってもいいわけで。

どう評価すべきか?

この問題の評価はなかなか難しいところが多いです。まずはじめの国家公務員給与削減の話について考えれば、まあ常識的には給与というのは生産性に応じて決まるものであって、懲戒でもないのに多額の削減が行われるのはけしからん、という議論は出るでしょう。ただ公務員の生産性ってのをどう測るかで泥沼化しそうな気はしますし、そもそも恒久削減ではないという話もあるので、生産性と結びつけた批判はやや難しいかもしれません。いささか強引で説明不足ですが、国家的な大災害に対して国家公務員が身銭を切って復興に貢献するんだ、という理念はそれなりに美しいと思いますし、そういうことに合意したい人が一部はいるのかもしれない、とは思います。ただまあ皮肉な見方をすれば、国家公務員の多くが住んでる東京都は他の自治体と比べてかなり財政的に余裕があるのは事実なのだから、国家公務員について積極的に東京都の地方税を東北地方に回すふるさと納税的なしくみを拡充する方がベターだったような気はしますけどw 誰かが復興のために負担しないといけない、というときに、国家公務員という集団が負担するか、東京都という自治体が負担するか、みたいな話になりますが。別に東京都が負担する、っていうのが筋の良い話ではありません。
地方公務員の給与削減についてはさらに難しいところが多いでしょう。「国家公務員に準ずる」わけですから、筋を考えれば復興財源のために「公務員」という集団の負担を仰ぐというのは全くわからないわけではないところです(文句は出るとして)。一般財源で給与を払ってるところが多いので、実質的には自治体(正確には所属する公務員)からの奉加帳的な強制寄附、という感じなのかな、と。ただ今回は、このようにそれぞれの地方自治体が実質的な負担をして国が財源を集約し、その財源を復興のために使う、という方法は用いられませんでした。既に書いたように、交付税の中で給与の見積もりを削減し、防災関係などの見積もりを積み増したわけです。国が集めてもう一回配分するんじゃなくて、いわば地方自治体間で清算するような感じ、というべきでしょうか。「国の代わり」に地方が使うことにする、というと同じことのような気もしますが、実際はもうちょっと(かなり?)複雑です。
考えないといけないのは、8500億円とかっていうのはあくまで地方財政全体での数字であって、個々の自治体を見た時に、必ずしも給与削減の幅と新たに積み増された支出が一致していないということです。すべての自治体でこの両者が一致していると良いことのような気はしますが、これは実のところ全く意味不明で、それぞれが給与削減した分を防災などの特定の支出に充てることが求められていることを意味するわけで、単なる義務付けは「一般財源」の使い方としてはまあ破綻しています。さらに言えば、本来の国の仕事という意味では、全ての自治体で給与削減と見合っただけの防災支出をするというのは妥当ではありません。そんなにたくさんする必要がないところもあれば、もっとしなくてはいけないところもあるはずなので。
結果として、一定の水準を実現するための防災支出とすれば、当然に給与削減の幅が大きすぎる自治体、逆に小さすぎる自治体が出てきます(もちろん一致するところもあるでしょう)。これ自体の効果は、国が一度自治体からの奉加帳−強制寄附−を集めて再分配する、というのと同じように見えますが、実は深刻な違いがあります。それは、地方財政の制度上、このような再分配が(地方交付税の)交付団体の間のみで行われるということです。先ほど書いたように、東京都はそもそも交付税をもらっていないので、今回の決定で歳入がそこまで大きく変わるわけではなく(もちろん特定財源分は変わりますが)、このような再分配に組み込まれていないということです。言うまでもなく、交付税をもらっている/もらっていないことが再分配の境目になるはずはないので、この点についてはかなりの筋悪、ということになるのではないでしょうか。
ツイッターをまとめた軽いエントリにするつもりだったのにずいぶん長くなってしまいました…。まあ「負担を求める」ことが困難な中で、みんなが非難回避で動くとこうなるよっていう事例ではあります。個人的には、一年なり給与削減があるならば、地元自治体での短期の散発的な事業や変に借金を抱える事業に出すよりも、長期的に復興に使って欲しいと思うところですが…。

*1:ちなみに、閣議決定の方は財務省が準備する予算でのお話で、「地方交付税交付金等」の額が16兆3927億円となってますが、総務省資料では平成24年度174,545億から平成25年度で170,624億となっています。交付税の出し手(財務省)と受け手(総務省−地方)で金額の理解が違っていて、総務省の資料では、削減額が大きくなっています。

*2:ちなみに、「完全に任せる、ただし給与以外で」とやってもうアレな結果になってるのが国立大学法人という話(爆)。

*3:退職手当については例の埼玉県で起きた公務員集団辞任の話なんかで問題になっていて、これを書き出すともう一つ別のエントリが要りそうなのでおいておきます。

*4:ただ、一般財源ではなく教員給与(義務教育費国庫負担金)のように特定財源として受ける部分で影響はありますが。だから記事の中で都知事が教員給与について触れています。