都市政治・自治体行政
最後は都市政治や自治体行政に関する研究書。まず,都市政治と言っていいのかわかりませんが,筑波大学の五十嵐泰正先生から『上野新論』を頂きました。どうもありがとうございます。五十嵐さんは大学院の先輩でもありますが,本書につながった研究として,ずっと博論ゼミなんかで上野を中心に都市における多様性やコミュニティの報告をされていたことを思い出します。細かい内容は忘れてて(すみません!)どのくらい本書につながっているのか正確にはわからないのですが。
それはともかく,本書は,五十嵐さんが研究されてきた,都市における重要な要素である多様性と,時に凝集化して多様性を排除してしまうコミュニティのせめぎ合いの中でいかに「上野」という都市が成り立っているかを論じたものとなっています。上野は,様々な性格を持った商店(街)が存在する商業的に多様な街で観光客も非常に多いというだけではなく,日本でも有数の民族的に多様な地域で,もちろん地元の商業に関係ない人たちもたくさん住んでいます。そういうところでは,どうしても地域の規範のようなものが成立しにくく,できたとしてもそこからの逸脱行動が頻繁に生じてしまう可能性がありますが,その中で地域の「旦那衆」を中心に自生的なコミュニティが作られ,葛藤を抱えながら前進する様子が描かれています。ジェイン・ジェイコブスを引くまでもなく都市における多様性はしばしば称揚されますが,多様性を尊重しつつときにその多様性を制限するように見えてしまうコミュニティの論理にも寄り添いながら都市のあり方を描くのは,まさに五十嵐さんらしい姿勢だと思いました。
個人的には,たまたま来年度の授業の準備のために読んでいたCreating Public Valueの議論と大いに重なるところを感じて触発されました。これは基本的には政府,とりわけ政府におけるマネージャー/マネジメントの話をしているのですが,経済的なものに還元しやすいプライベートセクターの価値とは違う公的な価値を(特にマネージャーが)どのように考えるのか,ということが論じられています。重要なのはあるプロジェクトに複数の側面があって,それをどのように強調するかという戦略だというわけなのですが,本書で言えば,まさに「下町」や「アメ横」についてのPublic Valueをどのように形成するかということが大きな問題になります。それは経済的利益を生み出す観光地としての側面であったり,東京のほかの部分と比べて格差の存在する地域であったり,日本の中では民族的な多様性が多い地域であったりするわけですが,それらのイメージやアイデンティティをどのように活用しながら価値が形成されていくか,と。Public managemenというと政府や行政官の視点で語られることが多いわけですが,それを上野の商店街/旦那衆から見ている事例研究としても興味深いもののように思いました(その分「格差」のような視点は弱くなるのかもしれませんが)。
Creating Public Value: Strategic Management in Government
- 作者:Mark H. Moore
- 出版社/メーカー: Harvard University Press
- 発売日: 1997/03/25
- メディア: ペーパーバック
福岡工業大学の木下健先生から,『地方議会改革の進め方』を頂きました。ありがとうございます。データの制約などの問題から,日本の市町村議会の研究はまだまだ限られていますが,本書では自治体議会の実態調査を用いているために,データが2013年に限られるものの,その新しい分野に飛び込む挑戦的なものかと思います。
議会改革を実施する際に,改革を議論する組織の違い――議会運営委員会か特別委員会か常設の議会改革推進組織かなど――が住民参加や透明性、討議機能・立法機能に違いをもたらすというのは興味深い発想だと思います(もう一つ重要な変数として扱われてるのは党派性)。ご本人による紹介はこちら。基本的に関心を持っている説明変数は同じで,各章で様々な結果変数について検討するというスタイルで,最後に結果を並べて解釈する,という感じ。ダミー変数を使って効果を見る感じなので,もう少しレファレンスグループが何かというものがはっきりわかるとよかったのですが,やや解釈しにくいような気もしました。しかし議会改革というものの評価がしばしば定性的な形で行われる中で,計量分析によって評価をしようとした貴重な研究だと思います。
福島大学の林嶺那先生から,『学歴・試験・平等』を頂きました。どうもありがとうございます。これは博論をベースとしたものですが,大阪市・東京都・神奈川県という3つの自治体で,それぞれの人事管理がどのように行われているかを細部にわたって描き出すという,3つ分の歴史研究ともいうべき力作です。おそらくひとつの自治体だけでもこれだけの史資料を処理することは本当に大変だと思いますが,それを3つもやられているのは単純にすごいことだと思いました。
日本の公務員制度というと,稲継裕昭先生が描かれた「二重の駒形モデル」がおそらく支配的な理解でしょう。官僚がキャリア・ノンキャリアというかたちで分けられて,前者は幹部候補生として課長級まで同様に昇進するものの,そこからup or outが始まり競争に敗れると退職勧奨でどんどん外に出されていく。後者については基本的に定年まで働くものの,キャリアとは別の選抜がある。いずれにしても,選抜の結果を遅くまで明らかにせずにモチベーションを保つ「遅い昇進」と,長期にわたって業績を評価する「積み上げ型褒賞システム」に特徴づけられるのだという理解です。確かにこのモデルは中央省庁の人事管理をよく説明するものだと思われますが,本書で初めの方に示されるように,地方自治体の方を見るとバリエーションはかなり大きくなってます。例えば昇任・給与の面でどの程度大卒者を優先してるかなどは自治体によって相当違う。
本書は,同じように公務員の働くモチベーションについて重視しながら地方自治体の人事管理について研究するものですが,そのような人事管理のモデルが複数存在することを明らかにするものです。それぞれのモデルで重視されているものが,タイトルにもなっている学歴・試験・平等ということになります。すなわち,学歴という入口を重視してエリートを選抜しそれに合わせて研修や配置を変えるというモデル,入口は問わなくても試験による選抜で研修や配置を変えるモデル,そしてエリート・ノンエリートの区分をせずに皆に同じような研修・配置を行うモデル,というかたち。歴史研究として非常に優れている点は,その極端とされる事例において,それぞれのモデルで説明される人事管理のあり方がどのように制度化されてきたかについて膨大な史資料をもとに重層的に描き出しているところです(だから長いわけですが)。
それぞれの比較や,なぜそういうモデルが採用されているかといったような因果的な議論について著者は禁欲的ですが,非常にいろいろな解釈を生み出す興味深い研究だと思います。地方自治体には稲継先生が示したモデルとは違うモデルがあるということを極めて説得的に実証しながら,稲継先生が提示した議論をより精緻なものにしているところもあると思いますし,これから読まれていく本になるのではないか,と思います。中央省庁も含めて,外部環境が大きく変わってこれまでのように自律的な性格の強い人事管理が難しくなり,新しい管理のあり方を考えるためにも,これまでの人事管理について教えてくれる本書は重要な貢献になるでしょう。