現代日本の代表制民主政治
東京大学の谷口将紀先生に頂きました。この20年にわたる東大朝日調査の成果を披露した,言わずもがなの必読書です。ポリティカル・サイエンスで重視されるような理論構築-検証よりは,どちらかと言えばデータから現実を探索的に明らかにしていくことに重点が置かれていると思います。しかし,そこで示される含意は本当に豊かなもので,これを読まずに現代の日本政治は語れないというべきではないでしょうか。
探索的だとは書きましたが,本書で行われているのは,現代の日本政治が代表制論の観点から見てどのように理解できるか,ということの検証です。取り上げられている代表制論は,約束的代表(代表は人々との約束を行いそれを実現する)・予測的代表(代表は人々が求めるものを先に察知して実現する)・独楽的代表(場合によっては人々の求めと独立して代表は特定の信念を実現する)・代用的代表(様々な人々の選好が代表に反映されて熟議のもとで利益が実現する),という4つで,調査から得られた有権者の選好と政治家の選好を比較しながら,それぞれの代表観について検討していくことになります。そこで明らかにされていることは,まず,自民党(右傾化)にしても民主党(左傾化)にしても人々の選好とはやや離れているし,必ずしも人々の近い未来の選好を反映しているものでもなく,(政党にもよりますが)ぶれないわけでもないと。代用的代表観については相当の限定(政治的に洗練された有権者/比例代表選出議員)をかければ言えなくもないけども必ずしも議員の選好分布が人々のそれと重なるわけではない,ということです。まあ残念な感じはしますが,それが現状ということなのでしょう。こういった現状にもかかわらず,自民党政権が続いていることについては,その政策信用度・政権担当能力への評価がカギとなっていると論じられています。
学ぶところは非常に多いわけですが,ポイントとして挙げられることは,まず日本の政治的な対立軸(左右軸)は基本的に安全保障や憲法を中心とした形で構成されていること。これはしばしばいわれてきたことでもありますが,さらにこの左右軸に重なる大きな政府-小さな政府という論点は,あまり対立軸を構成するものとなっていないことも確認されています。ちょうど今日発表された東大朝日調査についての記事が示唆的ですが,経済状況に応じて大きな政府が望まれたり小さな政府が望まれたりすることはあっても,一貫した立場/イデオロギーとしてそれを主張することは少ない,ということでしょう。そして,この左右軸で言うと有権者の多くはだいたい真ん中くらいがボリュームゾーンとなっているわけですが,自民党の方はとりわけ第二次安倍政権以降どんどん「右」により,民主党は「左」に向かっていることが示されています。特に民主党の左傾化については,民主党が支持を失う中で共産党への対抗意識がそうさせているのではないか(10章)という理解は,個人的にはよく納得できる示唆的な議論だと思います。
さらに,候補者・議員や党首・政党・派閥,といった単位で有権者の選好との異同を確認していくのも非常に興味深いものだと思われます。候補者については,選挙区単位で有権者の選好に対応する(たとえば都市の候補者であれば右翼的・新自由主義的に)傾向が認められていること,党首は政党の中での選好の中央値あたりから選出されているわけではなく,大臣も必ずしも首相とイデオロギーが近いというわけではないこと,派閥を基礎とした党首選挙は政党内のイデオロギー選択と必ずしもなっておらず,特に自民党では派閥間のイデオロギーの違いが収斂しつつあること(民主党の方は対立-選択が観察される),といった非常に興味深い主張が示されています。
本書を踏まえて,改めて議論になっていくのは,なぜ自民党が政権を取り続けているかっていうことのように思います。本書では政策信用度という概念が使われていて,山田真裕先生が「政権担当能力」について議論されているように,政権に何ができると考えるか,というのは確かに重要な論点だとは思うものの,ややアドホックな気もします。個人的には,左右軸以外の政策対立軸を含めたうえで,自民党への近接投票というところがあるのではないかという印象を持っています(狭義の専門と違うところでやや恥ずかしいですが,下のはそれについてお話している動画です)。つぶし合いをしている野党と比べてライバルのほとんどいない自民党,と言いますか。本書でもあくまで「左右イデオロギーの主な構成要素ではない争点に関する政策信用度(強調筆者)」(203頁)というかなり慎重な書き方をされているところで,このあたりを明らかにしていくのが次の大きな課題かな,という印象を持ちました。おそらくほかにもそういうところはあると思うのですが,そのように「次の課題 」を示唆する意味でも,本当に広く読まれるべき本だと思います。