(行政)組織の実証研究

主観的には仕事をしてるつもりでも,何かやってもやっても終わらない感じになっていて,そのために頂いた本の紹介も滞ってるんですが久しぶりに。

もうずいぶん前になってしまいましたが,首都大学の伊藤正次先生はじめ著者の先生方から『多機関連携の行政学』を頂いておりました。どうもありがとうございます。本書では,しばしば伝統的な行政学で強調されがちな行政機関の一元系統化,つまり組織の担当と責任を明確にして二重行政が発生しないような状況を作り出すことではなく,行政における「冗長性」redundancyの意義を強調する研究となっています。日本的な感覚だと複数の担当者の「調整」が大事だよねー,というのはあるわけですが,いわゆるNPMの世界でも機関間の競争が積極的に評価されることにもなります(責任を持つ機関が1つだけだと競争が起きずモラルハザードが起こりうる)。その割に,日本では「二重行政」に対しては批判や嫌いという声一辺倒という感じで,その状況に一石を投じる研究ということにもなるのではないでしょうか。

具体的に対象としているのは児童虐待防止,児童発達支援,少年非行防止,公共図書館,労働基準監督,消費者保護,就労支援,地域包括ケアシステム,といった分野です。とりあえず見えてきた傾向としては,海外の先行研究では行政機関で働く「人」の要素が注目されるようですが,本書の分析結果によれば日本では関係機関間の連携を規律する「制度」や会議体という「場」の果たす役割が大きい可能性があると論じられています。もちろん今後の研究が必要,ということになるわけですが,発展がとても期待できる分野なのではないかと思います。 

多機関連携の行政学 -- 事例研究によるアプローチ

多機関連携の行政学 -- 事例研究によるアプローチ

 

 東北大学の青木栄一先生はじめ著者のみなさまから『文部科学省の解剖』を頂きました。どうもありがとうございます。本書では,幹部に対するサーベイ調査の結果を軸としながら,省内に地方自治体も含めた他の機関との人事的な関係,そして庁舎の配席図などもデータとして使いながら文部科学省について検証がされています。もちろん,文部科学省だけのサーベイではわからないことも多いわけですが,分析から明らかになった傾向としては,「国益に基づく判断が可能であると考え,効率性や政策評価に対して消極的であることや,関係団体やいわゆる族議員との関係は良好だが,官邸との距離は遠く,財務省との対立が深いといった姿」(2章要旨)が浮かび上がります。官邸との距離の遠さは5章でも描かれていますし,全体として普及しているイメージに近いような気がしますが,回答に技官が多いことや局長級の回答が少ないことなどでこのような姿がもたらされている可能性もあるという留保がされています。

その他,地方自治体をパートナーというより規制対象と捉えがち(3章),政策面では他府省との関係で消極的・内向的であるものの人事的には一定の自律性を持つ(4章),文部系と科技系の分立的な状況が続いている(6章・8章),旧科技庁の機能が総合調整から「司令塔」へと性格を変えつつ予算を増やしている(7章),といったところでしょうか。近年,政策過程の研究はともかく,個々の行政組織の研究が少なくなっているところがあり,それは一般的・理論的な意義を見出すのが難しいということと関係しているとは思います。他方で2000年初頭の省庁再編の成果を検証して次に生かすという時期でもあるはずで,難しいとしてもこういう研究が積み重ねられていくことは重要であるように思います。 

文部科学省の解剖

文部科学省の解剖

 

 もうひとつ,関西大学の坂本治也先生から共編された『現代日本市民社会』を頂いておりました。どうもありがとうございます。このタイトルの書籍が「組織の実証研究」として紹介されることに違和感を持つという方もいるかもしれません。しかし,坂本先生が以前編者として出版された『市民社会論』でもそういう傾向があり,この本ではさらに強調される形になっていると思いますが,政府や企業と異なる社会における組織-具体的にはNPO法人であり公益法人・一般法人,協同組合,学校法人など-を検証・分析することで,日本の市民社会について論じられています。データとして,経済産業研究所が4回にわたって行ってきた「サードセクター調査」の結果が利用されていて,様々な研究者による興味深い知見が提出されています。

日本のこの手の組織というと,従来の公益法人が,主務官庁の規制のもとに官庁の延長として仕事を行う,といったことがイメージされやすいと思います。本書では一方でそのような「主務官庁制下の非営利法人」を分析しつつ,近年存在感を増している「脱主務官庁制の非営利法人」,そしてもうひとつ伝統的な「各種協同組合」に類型化して,属性や人的資源,財政状況,政治・行政との関係,持続と変容などを分析しています(第1部)。そのうえで,歴史的な観点から非営利法人を分析する2つの章を挟んで,それぞれの関心からデータ分析を行う章が続く構成になっています。

市民社会」と言えばどちらかというと「市民参加」,ひいてはボランティアや無償の奉仕みたいなこととすぐに結び付けられやすいように思いますが,前著と同様に「組織」に注目して議論するのは「市民参加」の方にやや偏りがちな印象もある日本の市民社会論でとても重要な貢献のように思います。個人的にも,一般法人や公益法人というちょっと捉えどころのない組織のガバナンスに興味を持っているところがあり,興味深く拝読しました。ちょうど最近この分野の古典的な著作であるThe Ownership of Enterpriseが翻訳されたこともありますし,改めて市民社会セクターにおける組織についての関心が高まるとよいのですが。 

現代日本の市民社会: サードセクター調査による実証分析

現代日本の市民社会: サードセクター調査による実証分析

 
企業所有論:組織の所有アプローチ

企業所有論:組織の所有アプローチ