決め方が決まってないことをどう決めるか

橋下徹大阪市長の突然に辞任が話題になっており、これはまさに地方政治としてものを決める制度の様々な不備を明らかにしているところだと思われる。地方の選挙制度や「二元代表制」といったものの問題は別稿に譲るとして、とりあえず大阪都構想を検討する法定協議会の問題が非常に面白い。面白いというと不謹慎だと怒られそうだけど、日本の自治というか決定システムの色々な問題を示していると思う。
まず今回の法定協の位置づけについてだが、根拠となっている法律(いわゆる大都市地域特別区設置法)ではこのように規定されている。

特別区設置協議会の設置)
第四条  特別区の設置を申請しようとする関係市町村及び関係道府県は、地方自治法第二百五十二条の二第一項 の規定により、特別区の設置に関する協定書(以下「特別区設置協定書」という。)の作成その他特別区の設置に関する協議を行う協議会(以下「特別区設置協議会」という。)を置くものとする。
2  特別区設置協議会の会長及び委員は、地方自治法第二百五十二条の三第二項 の規定にかかわらず、規約の定めるところにより、関係市町村若しくは関係道府県の議会の議員若しくは長その他の職員又は学識経験を有する者の中から、これを選任する。

ここで挙げられている地方自治法の規定というのが重要で、法定協のメンバーについての規定が示されている。同じ条項の法文をまとめて2つとも挙げてみよう。

(協議会の設置)
第二百五十二条の二  普通地方公共団体は、普通地方公共団体の事務の一部を共同して管理し及び執行し、若しくは普通地方公共団体の事務の管理及び執行について連絡調整を図り、又は広域にわたる総合的な計画を共同して作成するため、協議により規約を定め、普通地方公共団体の協議会を設けることができる。(←これが第二百五十二条の二第一項)
2  (略:協議会の告示と届出)
3  第一項の協議については、関係普通地方公共団体の議会の議決を経なければならない。ただし、普通地方公共団体の事務の管理及び執行について連絡調整を図るため普通地方公共団体の協議会を設ける場合は、この限りでない。
4  (略:総務大臣・知事による設置についての勧告)
5  普通地方公共団体の協議会が広域にわたる総合的な計画を作成したときは、関係普通地方公共団体は、当該計画に基づいて、その事務を処理するようにしなければならない。
6  (略:関係機関に対する協力の要請)
(協議会の組織)
第二百五十二条の三  普通地方公共団体の協議会は、会長及び委員をもつてこれを組織する。
2  普通地方公共団体の協議会の会長及び委員は、規約の定めるところにより常勤又は非常勤とし、関係普通地方公共団体の職員のうちから、これを選任する。(←これが第二百五十二条の三第二項 )
3  普通地方公共団体の協議会の会長は、普通地方公共団体の協議会の事務を掌理し、協議会を代表する。

さらに大都市地域特別区設置法では、法定協で作成する「協定書」の内容について示し(5条)、協定書についての議会承認を求めている。協定書の実質的な内容と関係団体との関係(変な日本語)を定めた5条については省略し、6条を引用してみよう。

特別区設置協定書についての議会の承認)
第六条  関係市町村の長及び関係道府県の知事は、前条第六項の規定により特別区設置協定書の送付を受けたときは、同条第五項の意見を添えて、当該特別区設置協定書を速やかにそれぞれの議会に付議して、その承認を求めなければならない。
2  (略:審議結果の通知)
3  (略:協定書承認の通知の日と内容の公表)

やや長くなったが、大都市地域特別区設置法で定める法定協議会(特別区設置協議会)についての規定はこの程度である。一般法である地方自治法で議会の議決を定めている(252条の3第3項)のと同様に、特別法である大都市地域特別区設置法でも協定書について関係議会の承認を求めている(6条第1項)が、法定協での議論の仕方は特に決められていない。また、メンバーについても一般法である地方自治法は252条の3第2項で「関係普通地方公共団体の職員のうちから」というざっくりした枠付をしているが、大都市地域特別区設置法ではそれにかかわらず「関係市町村若しくは関係道府県の議会の議員若しくは長その他の職員又は学識経験を有する者」という幅広な規定を置いている。学識を入れてもいいわけだがこれは各協議会の規約に委ねられているという。
ここで注意すべきは、協議会でどのようにして協定書を作成するか、また、協議会のメンバーをどのようにして決めるかは法律では決められていないということである。協定書の議会承認は必要だが、規約やメンバーの議会承認が必要だとは少なくとも書いていない。一般に「二元代表」なのだから関係機関(長・議会)が合意しないとダメだろうと予想されるわけではあるが、それはあくまでも読み手の問題なのである。なお、念のため施行令を確認したが、協議会のメンバーや協定書決定方法についての規定はないようであった。
というわけで、大阪府市の法定協議会がどのようにして作られているかの規約を見てみよう。関係するのは組織について規定した第5条と、議事運営を規定した第6条であると考えられる。

(組織)
第5条 協議会は、会長及び委員19人をもって組織する。
2 会長は、次に掲げる者のうちから、これらの者の協議を経て、大阪府知事及び大阪市長が選任する。
 (1) 大阪府知事
 (2) 大阪市長
 (3) 大阪府の議会の議長及び大阪府の議会が推薦した大阪府の議会の議員 9人
 (4) 大阪市の議会の議長及び大阪市の議会が推薦した大阪市の議会の議員 9人
3 会長は、協議会を代表し、会務を総理する。
4 委員は、第2項各号に掲げる者(同項の規定により会長に選任された者を除く。)をもって充てる。
5 会長及び委員は、非常勤とする。
6 会長に事故があるとき、又は会長が欠けたときは、会長があらかじめ指定する委員が会長の職務を代理する。
(会議)
第6条 協議会の会議は、会長が招集し、会議の議事の運営を行う。
2 第3条第2号に掲げる事務及び第4条第8号に掲げる事項は、会長が協議会の会議に諮って定める。
3 協議会の会議は、委員の2分の1以上が出席しなければ開くことができない。
4 協議会の会議の議事は、出席委員の過半数で決し、可否同数のときは、会長の決するところによる。
5 協議会は、必要があると認めるときは、学識経験を有する者その他関係者(以下「学識経験者等」という。)の出席を求め、その意見を聴くことができる。
6 会長及び委員は、協議会の目的に従い、誠実にその職務を行わなければならない。
7 協議会の会議は、原則として公開とする。

現行の規約では、知事市長の他に府議市議が9名ずつとなっている。くどいようだがこの人数や9名の中身(「議長及び議会の推薦」)がどのように行われるかは分からない。この規約自体は議会の議決があるから、少なくとも先例としては規約をいじるに当たっては議会の議決が必要とされているということだと思うが、法的拘束力はよくわからない。「推薦」は「議会」の推薦とあるからたぶんそれぞれの議会での議決がいると思うのだが、それはあくまでも各組織に委ねられていると考えられる。だから「法定協の府議枠、すべて維新も」 橋下氏、反対メンバーの一掃を示唆という記事も府議会が議決すればできるのかもしれない*1。ただ他方で、市議会についても同じような議決ができるはずなので、府議でやられたら市議の方も全員反維新で揃えることは不可能ではないだろう。興味深いことには「議長」の推薦がいるので、仮に維新の会が議長ポストを持っていれば市議の側がこれをできなかったわけだが、維新の会からでていた市議会議長は不祥事で辞任し、いまは自民系の議長なので維新が阻止することはたぶんできない。ただ、無理をすれば府議会代表9名+知事市長−会長=10名 vs. 市議会代表9名、ということで維新系が過半数を得ることはできなくもない。まあ市長選の勝利で府議を入れ替え、市長選の敗北した方が市議を有利に入れ替えるという意味不明な話になるが。
次に、会議の運営である。ここがよくわからないところだが、6条2号で「第3条第2号に掲げる事務及び第4条第8号に掲げる事項は、会長が協議会の会議に諮って定める」とあり、「〜事務及び〜事項」はまあ基本的には協定書の作成を含めて関係する内容だと思われる(関心がある方は規約本文を御覧ください)。さらに4号に「協議会の会議の議事は、出席委員の過半数で決し、可否同数のときは、会長の決するところによる。」とある。ここがよくわからないのだが、ここでいう「議事」が定義されていないので何が議事なのかわからないというのがおそらく問題なのではないか。いや、常識的に言えば、協定書の内容をどのようなものにするかというのを作成することは議事であって、最終的な協定書は過半数の賛成で決まるという風に読むべきだろうと思うわけだが、この「議事」を手続きと落としこんで、協定書の内容(3条1号:この内容も2号の事務に含まれる)は会長が「会議に諮って定める」、つまり議論を踏まえた上で最終的に会長に一任されているという読み方もできなくはない、というのがポイントなのではないか。言うまでもないが、これは本来は相当に無理がある読み方だと思いますよ、念のため。
ぐだぐだと書いてきたが、この法定協議会というシステムが、いかにわれわれの「常識」によって支えられているということが分かる話ではないだろうか。市に関わるものなのだからなんとなく長と議会の各会派が納得するかたちで進められるべきだ、ということになっているわけだが、最終的に誰が決めるかということがちゃんと規定されていないわけだ。国の法律で規約やメンバーの位置づけについて書いていないことが不備とも言えるし、地方分権を強調してそんなのは要らないと言うとしても、規約で法定協のメンバー選出や協定書の作成手続きが定められているわけではない。あくまでもぼんやりと納得できることが浮上して決まる−いわば自ら治まる−ということが望まれて、治まらない時はなにも決まらない、ということになる。
しかし自ら治まっていないところで決めようとすると、どうやって決めることができるのかが問題になってくる。その手続自体がちゃんと決まっていない中で、「決める」ことになっている人、端的には長ということになりがちだが、そういう人たちが、場合によっては強引な読み方で手続きを解釈し、決めに行くことができないわけではない。今回のケースで言えば、委員を入れ替えたり、会長の決定に委ねたり、場合によっては府市の長の権限で規約の内容を変えるということもやるのかもしれない(まあ最後の方法はさすがに先例があるのでダメだと思うが)。近代の民主制では、このように「決まっていないことを決める権力」=残余的権力を極力縮小する方向で様々な手続きを決めてきた。要するに、はじめにみんなが合意した(ことになってる)手続きのもとで自由に実質を議論して、最終的に実質の合意に至ろうということである。しかし、しばしば指摘されているように、日本の意思決定の特徴は、その辺りの手続きルールを曖昧にして各人の「常識」のようなもので規制しつつ、全員(というか実質的に残余的権力を持っている人たち、というべきか)が納得するかたちでないと決まらない、ということで進められてきた。そんな中で今回のように、決定に携わる人が手続きの不備を突きつつ「ルールに則って」決定を行おうとすると、どうしていいのかわからずにパニックになるような感じがある。まあ最終的には「常識」というか「民意」の転がる方で決まるということになるのだろうが、それは実質的な議論ではなくマスメディアが大きな影響力をもつ世論空間の中でものが決まるということに他ならない。良くも悪くも、もはやそういう議論や決定を「個人」がすることには限界があるのだから、なんとか政治の中で「組織」を作り出さないといけないのではないか、と思うわけだがどうだろうか。最後はちょっと大きな話になりすぎたかもしれないが。

*1:できるのかもしれない、と書いたが、個人的には府知事選挙ならともかく、市長選挙の結果を持って府議会の決定に影響を与えるのは無理があるとは思う。