デモクラシーと民族問題
立教大学の中井先生のご著書。博士論文をもとにしたものということですが、これはすごいですね。先行研究を整理したうえでの理論的展開、数理的分析、計量分析を行って、さらにラトヴィア・エストニアという非英語圏(ロシア語+現地語?)を対象とした事例分析を行うというプロジェクト。全て非常に興味深いものを書かれていて、メジャーリーグで野球に重要な5つの能力を持つオールラウンドプレイヤーのことを5ツールプレイヤーと呼ぶそうですが、本書も政治学の分析に必要な「ツール」を高いレベルで使いこなした研究成果だと思います。
議論の内容は、旧共産圏から移行した中東欧諸国において、民族対立が激しい地域とそうでない地域の違いは何かを分析したものです。少数民族比率が高くても民族対立が激しくない国があれば、逆にそれほど少数民族比率が高くないのに民族対立が激しい国もある、ということで、その要因を分析するわけです。で、本書の主張は、民族対立をもたらすものは、多数民族内での政党間競争の激しさである、というもの。つまり、多数民族内での政党間競争が激しいと、少数民族に宥和的な政策を取ろうとする政党(非ナショナリスティックで実務的な政党がそういう政策を取ろうとすると考えられます)が他の政党から激しく責められて選挙で勝てなくなってしまうので、国として少数民族に対して抑圧的な政策が取られるということが予想されています。
本書では、色々な民族政治(エスノポリティクス)についての先行研究を検討した上で、理論的な可能性として上記の主張を提示し、数理的な分析によって補強し*1、まずは中東欧10ヶ国の計量分析を行います。計量分析は非常に丁寧なもので説得的だと思いますが、まずは単純な散布図で示された多数民族内の政党間競争の激しさと民族間政治対立の傾向が興味深かったですね。スロヴァキアだけがやや仮説と違うという感じで、人によってはこの散布図でも十分だと考える人もいるかもしれません。そのうえで、複数のモデルを用いて頑健性を検討しながら主張の確からしさを確認するのは非常に好感を持ちました。計量分析を踏まえて非常に条件が似ているラトヴィア・エストニアの両国を比べる事例分析が行われ、多数民族内の政党間競争が激しいラトヴィアでは民族対立が激しく、少数民族(ロシア人)に対して抑圧的な政策がとられ、そうではないエストニアでは宥和的(というか民族問題があまり激しい対立イシューにならない)な傾向があると示されています。どちらもあまり馴染みのない国々の話ですが、ストーリーがわかりやすいので納得して読むことができたと思います。
計量分析も優れたものだと思いますが、本書のメインは事例分析かな、という印象を持ちました。重要なのは政党の戦略、ということで、ちょうど昨年大学院のゼミでよんだMeguidとかStollの話とも近いように思います*2。これらの文献は、極右政党や環境政党に対する主流政党の戦略という話であり、相手にしないか相手にするか(する場合対立するか容認するか)というような判断が少数政党を「育てる」ことに繋がるという話だったわけですが、中井先生の議論では多数民族内の政党間の相互戦略みたいなところがメインの議論であって、なかなか計量的な分析に載らないような話なわけですが、ここのところを事例分析で丁寧に論証しているのが非常に面白かったです。この辺は、精緻な計量分析が求められる近年においても、事例分析によって豊かな分析が可能になるとアピールすることができる部分のような感じがします。
ひとつ思ったのは、こういった戦略を生み出している背景には、選挙制度もあるのではないかということです。本書では基本的にラトヴィア・エストニア両国で選挙制度が変わらないということを書いていて、それはそのとおりだと思うのですが、どうも選挙区定数の大きさ(district magnitude)がある程度違うらしい、と。つまりラトヴィアではひとつの選挙区が20人くらいであるのに対して、エストニアでは10人弱になっているようです。いずれも比例制で、阻止条項もあるようですが、それでもラトヴィアの方は新党の参入が容易で、しかも民族主義的な主張を繰り広げやすいような印象を受けます。実際、政党システムは不安定で、政党が生まれたり消えたりしているようですし。定数が大きくて参入しやすいことがあるからこそ、多数派民族の中での競争性も強くなるのではないかな、と。まあそうはいってもこれは必ずしも十分な議論ではないようで、エストニアでも民族主義的な主張を行う新党*3が現れたときに既存政党の戦略が変わって少数民族に対して抑圧的になったことがあったようですが。
そう思ったのは、ラトヴィアでの推移が、ちょっと日本の地方議会選挙に似てるところがあるんじゃないかなあ、と思ったからです。日本の地方議会は比例制ではなくSNTVですが、極端な主張をする人たちが新人候補として入ってくる中で、既存政党もどうしても強い主張をすることが求められるようになります。結果として、色々な調査を見る限りでは、国会議員よりも地方議員で(民族問題でも)先鋭的な主張をする人たちが出てきているようです。中東欧と日本では様々な制度も違うし、直接比較することはできませんが、政党の戦略を生み出す選挙制度というところはある程度似ているような話があるのかもしれないな、と。そんなことを考えると、僕自身、地方議会は今の制度を基本的に維持しつつ非拘束名簿式比例代表制でいいじゃないかとか言ったりしますが、定数が40とか50とかになってくると(ラトヴィアの経験を踏まえると)、「政党間競争」が強まって今は各個撃破されるような民族主義的主張が力を持ってしまう可能性も考えなくてはいけないのかもしれません。
まあもちろん無理やり日本に結びつける必要はありませんし、日本とは直接関係ないこのような研究を日本語で読める、というのは非常にハッピーなことだとは思います。ただまあ最近の大学を巡る状況の中では、いつまでこういう研究が日本語で生み出されるのだろうか、と思うところもありますが…。
- 作者: 中井遼
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*1:ひとつだけ残念だったのは、数理的な分析のところ、ちょっと表記が雑だったということです。大文字と小文字がきちんと区別されていないのではないか、あとωがφになっちゃってるところがあると思います。
*2:Meguid, B. M. [2008] Party Competition between Unequals: Strategies and Electoral Fortunes in Western Europe. Cambridge Univ. Press. Changing Societies, Changing Party Systems
*3:なんと政治学者であるRein Taageperaが率いた政党! Predicting Party Sizes: The Logic of Simple Electoral Systems