『母の壁』

立教大学の安藤道人先生から、『母の壁』をいただきました。どうもありがとうございます。本書は、ある地方自治体で認可保育所の入所申し込みをした世帯(できなかった世帯を含む)を対象としたアンケート調査をもとに母親たちが抱える困難を描き出すものです*1。その困難は、保育の壁・家庭の壁・職場の壁、というかたちで示されていて、これらの三つの壁が重なりながら母親を追い詰める様子が描かれます。もちろん、ここで「母親」というかたちで、女性のみの声が取り出されていくこと自体に大きな問題があることは言うまでもありません。自分自身も2人の子どもの親をやっているわけですが、研究者・父親という自分自身の立場と照らし合わせて、共感できるところ・共感できないところを感じつつ、興味深く読ませていただきました。

子育て支援関係は、一応論文も書いたことあるし、ある程度は理解している分野のようには思いますが、本書を読んで改めて難しいところが多いと考えこんでしまいます。本書では、「壁」を分析するときに参照される自由回答の記述が非常にリアルで、アンケートに回答する母親がさまざまな困難に直面するだけではなく、やや立場の違ういろいろな人たちが異なる価値を追求していることがよくわかります。個人的には、保育に欠ける→必要性みたいな形での割り当てはやはりもう無理で、ある程度年齢に応じて定額給付をしながら、サービスにちゃんと価格をつけて自分で選んでもらう方向しかないだろうと思うんですが、おそらく他国と比べるとかなり気前のいい価格である現状でも強い不満が出ているのを見ると、この手の解決も本当に厳しいだろうなと感じます。

実は、今学期1年生向けのゼミでメアリー・ブリントン『縛られる日本人』を読んでいて、この本の中でも男性の仕事中心という社会規範の問題が議論されていました。『縛られる日本人』のほうは、アメリカ・スウェーデンとの比較に力点があって、社会規範とその変化というかなり大きなテーマを論じているので、具体的に日本における保育や家庭・職場のどの辺に問題があるのかは詳細には書かれていないところですが、『母の壁』は自由回答を使いながら、より解像度が高いかたちで議論を進めているように思います。両方読むと非常に良いのかな、と思って1年生向けのゼミでも『母の壁』の一部をアサインすることにしたわけですが。

しかし二つの本で、ともに男性の家庭における存在感が希薄だということがこれでもかと論じられているのは男性として忸怩たる思いを感じるところはあります。自分自身も手探りで家事育児をやりつつ、また、最近の周りの話を聞いていると(時間に融通が利く研究者、というところはあるでしょうが)男性の家事担当は大きくなっているような印象も受けます。てか、そういう男性同士の家事についての話が大事だ、って記事を読んでなるほどなあ、とも思ったところでした。また、たまたま読んでた漫画でも、もともと社内恋愛のラブコメ的な話からスタートしてたのに、まさに「母の壁」を夫婦でどう克服するかで終わっていく、みたいな感じで、社会の雰囲気も少しずつ変わっているような気もします(希望的観測かもしれませんが)。ただ、父親が家事育児で主体的な役割を果たすとして、ほんとに父・母二人だけで頑張らないといけないのか、というところはもう少し考えていかないといけないのかもしれませんが。

*1:父親も少しアンケートに答えているものの、大部分は母親とのことでした。