分権再考

しばらくほったらかしにしてたTreisman[2007]をようやく読み終わる。最後の方はかなりさっと読めるものの,途中展開されているモデルを丁寧に見ようとするとエライ時間が…。とはいえ,モデルの詳細を全て覚えているわけではないし,同じモデルを使うわけではないでしょうから,時間をかけた分のメリットがあるのか…と思ったりもしますが,まあお勉強ということで。
さて本の内容を一言で言うと,理論的には地方分権を進めることで各地域ごとに公共財が効率的に供給されるような均衡状態が達成されるかもしれないが,理論が想定している前提は現実には極めて厳しいものであり,むしろ実際に地方分権を進めたときにはその弊害のほうが大きくなることが想定される,というお話。理論的にも実証的にも分権を進めることで政府の質や経済パフォーマンスが向上・改善するかどうかわからない,ということで,地方分権がそれ自体望ましい価値を持つのかもしれないという点は措いたうえで,分権によって達成されるのと同様な均衡は中央集権的な政府が出先機関を設置して地域をコントロールすることで達成されるのではないか(以下で言うadministrative decentralization),という感じでしょうか。トクヴィル・ルソー・ミルなど偉大な思想家の議論を引きつつ,最近の経済理論を加えてしばしば規範的に望ましいものであると主張されやすい分権の効果について,相対化を試みるという意味で優れた議論ではないかと思います。まあ最近はRoddenなども含めて,market-preserving federalismの議論などがもてはやされていたころに比べて,分権に対して慎重な論者が増えてるような感じはしますが。
ただまあ実はこの辺の話は4章までで尽きていて,5章以降はしばしば地方分権賛成論者が地方分権を促進するときの根拠とする議論を引きつつ,それが必ずしも成り立たないことを主張することに重点が置かれています。例えば分権が経済活動を促進するとはいえないとか,分権することで市民の政治参加が促されたり地方政治のアカウンタビリティーが向上したりするとはいえないとか。まあ理論的な話なので,実証は別,ということは繰り返し指摘されていて,11章でこれまでの実証研究のサーベイをしているわけですが,サーベイを見る限りでは,必ずしも分権のメリットを主張する議論が予想するとおりになっているわけではなく,一般化は難しい,という話になってます。
なお本書では,以下のような形で地方分権の類型化をしていて,この中でもPolitical decentralizationについて中心的に扱うということになってます。雑駁に言うとAdministrative decentralizationの場合は基本的に地方には出先機関があることになっているのに対して,Political decentralizationの場合には,出先機関に意思決定権を移譲していることや地方の代表が選挙によって選ばれているかどうかなどをベンチマークにしてます。このような類型化自体は議論の際に参考になるのではないかと。なお,ここで挙げている4つの類型は別に相互に排反するわけでもないし,全てが必要条件というわけでもないらしいですが。

  • Administrative decentralization
  • Political decentralization
    • Decisionmaking decentralization
    • Appointment decentralization
    • Federal state
    • Constitutional decentralization
  • Fiscal decentralization

しかし,この類型はよくわかるのだけど,特にモデルで説明するときには基本的に中央集権というときには出先機関との関係を考えていて,地方分権というときには何と言うか「分離」型の地方政府を考えているところがあるのではないか,という印象は残る。日本のように選挙によって選ばれた首長に率いられた地方政府が,中央政府の制定した法律(憲法ではない)に基づいて事務を執行する部分と地方のイニシアティブによって事業を執行する部分を持つような場合についての議論はやや難しくなってくるのではないかと(こういう国は少なくないと思いますが)。このようにモデルではいわゆる集権−融合と分権−分離の二つの軸で考えているような感じがある一方で,近年では財政責任を明確に分担する「分離」型の地方政府が難しく,中央政府と地方政府の責任が「融合」しがちな現状を議論して中央政府の役割を強調するところがあるので(7章),モデルとのつながりがやや微妙なのではないかと思ったり。確かにこの手のモデルを組むときには各レベルの政府の財政責任を明確にした「分離」型を前提として分析しているものが多いと思うのですが,Triesmanが言うようにむしろ「融合」の相対的な重要性が増しているのであれば,中央と地方が独立した意思決定主体として事業を実施する中でその両者の関係がどうなっているか,ということを分析する以上に,両者の間に紛争が発生した場合にどう処理するか,というような議論を契約的に考えた方がよいのではないかと思ったり。
ちょっと残念なのは,地方分権が良い効果をもたらすという議論とそれに対する反論のある程度の部分についてはフォーマルモデルで説明しているものの,中央集権が好ましいという部分については「地方分権のときと同じような発想で制度設計をすればできるよね」みたいな感じでかなりあっさり流されていたり,中央政府が地域ごとに異なる税率を適用したりするなど,「それができたら苦労しないよ」みたいな話が少なくなかったところでしょうか(まさにこの辺については両者の関係を契約のようにして考えられるところではないかと思うのですが…)。まあそういうところもありますが,各章ではある命題についてモデルが展開されたり,直感に対する反論が展開されているのは本のひとつのメリット。著者自身言うように,実証的にはまだわからないところが多いわけで,この本をベースに各章の議論を実証的に検証していくということ自体がありうるのじゃないか,と思うわけですが。

The Architecture of Government: Rethinking Political Decentralization (Cambridge Studies in Comparative Politics)

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Hamilton's Paradox: The Promise and Peril of Fiscal Federalism (Cambridge Studies in Comparative Politics)

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