京都府知事選挙

11日に行われた京都府知事選挙は,まあ大方の予想通り,現職知事が共産党候補を大差で破るという結果に。まあ90年代後半によくある相乗りvs.共産という枠組みなわけですが,この選挙は興味深い。まず,政権交代後このようなタイプの知事選挙が行われたのは実は初めてということ。10月の宮城県知事選挙は県議を経験した自民系の現職が民主系の候補に圧勝,11月の広島県知事選挙は自民党が分裂してそのうちの一方が相乗り気味に勝利,年が明けて長崎県知事選挙はキレイに自民対民主で自民系の勝利,石川県知事選挙は相乗りに近いけど民主は「支持」で民主党系の候補者も様立される,と。自民対決とか自民党分裂っていうのは政権交代後に予想できることなわけですが,逆に相乗りvs.共産という構図になるのは不思議といえば不思議。ただまあ京都というのが重要なのだと思われます。今回の選挙で529,927票−307,826票という結果だったように,京都では共産党系が非常に強い。逆説的ではありますが,自民・民主が個別に候補を出してくると,共産党系に足を救われかねないということが考えられるわけです。それを考えると,従来は国政での自民党直結という利益に与るために「相乗り」が志向されていたのに対して,地方政治の論理で「相乗り」が志向されるというケースなのかもしれません。
もうひとつ,非常に興味深いのは,相乗りvs.共産という枠組みにもかかわらず今回投票率が上昇しているということ。京都は2006年の知事選でも今回と基本的に同じ枠組で選挙が行われ,そのときの投票率は過去最低の38.44%でありました。そのときの得票は現職514,893票に対して,対立候補は269,740票と。今回は投票率が41.09%ということで上昇しているのに現職は前回ほどの票をとれていないわけです*1。こういう形式の選挙といえば,2009年の兵庫県知事選挙がほぼ同じ構図です。このときも相乗りの現職が票をほとんど上積みせず,それほど多くはありませんが投票率の上昇はほとんど共産党系に回収されています。兵庫県知事選挙のときは,しばらく国政選挙がなくて「閉塞的な状況」におかれている有権者が,結果がほとんど見えてるものであっても「選挙に行きたくてたまらない」のではないか,ということを書いていたわけですが,2009年の歴史的な総選挙のあとも同じような現象が見られるというのは非常に興味深い。もちろん民主党政権運営に対する批判が強まっているということもあるのだと思いますが,今回のようなかたちでの現職知事に対しても批判票が投じられているのを見ると,戦後のある時期からずっと言われてきた投票率の漸進的な低下傾向に歯止めがかかって反転しているようにも考えられます。「構造変化」と呼べるようなものなのかは丁寧な検証が必要だと思いますが,長く「閉塞的な状況」が続く中で,政権政党にかかわらず有権者が投票という政治的な意思表示をするコストを(以前よりも)厭わなくなってきたのだとしたら,それはこれからの選挙政治の分析における「見立て」を変えていく必要があるということなのかもしれません。

*1:ていうか,現職が初当選した2002年の選挙でも,保守陣営が割れて投票率が49.18%となったのですが,そのときも現職482,158票−次点(共産系)391,638票−三位(保守系)99,144票ということで,そこからほとんど上積みもないと。