大阪市会における政党移動

やはりある種の政党移動が始まっているらしい。ある種の,というのは「大阪維新の会」が「政党」ということになっているかよくわからないうえに,最終的に1〜2年で自民党の元の鞘に収まるという可能性が全くないわけでもないから,ということなのだけど,まあ現時点の情勢だけを見ると政党移動と言えるのかな,と。

大阪維新の会:“福島ショック”収まらず 合流続く、自民市議団から5人
地域政党大阪維新の会」(代表・橋下徹大阪府知事)の候補が既存政党に圧勝した5月23日の大阪市議補選(福島区選挙区)は、議会内部で“福島ショック”と呼ばれている。補選以降、同市議会(定数89)の最大会派・自民党市議団(28人)から2人は既に同会に合流。さらに3人が合流予定で、同会が近く正式発表する。【小林慎、平川哲也】
5人は主に1〜2期目の若手で、定数が少ない激戦区の選出。改革を唱える知事への共感をアピールする一方、維新の会相手の戦いを回避したいという思惑も見え隠れする。
「知事が訴える市営地下鉄民営化に賛成だった。だが今の議会はぬるま湯体質で、市政改革は進まない」。合流を決めたある市議は取材に対し、激しい口調で理由を語った。
補選後に合流する5人の期別は▽1期1人▽2期3人▽3期1人。年齢も30〜40代が3人。「発信力のある知事の存在を改革のチャンスととらえた」とする市議が少なくない。
一方、それぞれの選出選挙区でも特徴がある。市議会の選挙区は24で、定数はそれぞれ2〜6。定数2〜3の区選出市議は全体の4割だが、今回合流する市議では5人のうち4人がそれに該当する。他会派の市議は「来春の市議選で既存政党に加え、維新の会という新たな相手と議席を争う。特に定数が少ない選挙区では脅威だ」と解説する。
維新の会への参加を決めたある市議は「決断したのは、補選の衝撃が大きかった」と打ち明ける。補選前は1人だった維新の会参加者は、補選当選者を含め7人になる。自民市議の中には他にも合流の動きがあり、福島ショックの余波はしばらく収まりそうにない。

この記事は6月10日のもので,今日(13日)のこの記事によれば既に8人目までもが大阪維新の会に移動したということらしい。この記事にもあるように,福島区の選挙結果を受けて自民党のうち「若手で地盤が弱い議員/定数が少ない選挙区選出の議員」が移動している傾向にあると考えられる。記事の分析のうち特に選挙区との関係については基本的に同意できるところで(というかちょうどTwitterで書いてた内容と一致してたのだが),福島区の補選で見られるように,維新の会が爆発的に無党派の票を集める可能性があるために,定数が少ない選挙区では組織票を凌駕する票が集中して他の候補が無党派の票を集めることができなくなるかもしれない。大阪市会の選挙区は1人区がないので問題になるのは2人区以上だが,そういう環境において従来は組織票+一定の無党派票で公明党共産党の強固な組織票に対抗してきた自民党の議員としては,維新の会がダントツ一位で勝利するのはいいとしても,自分が組織票を持つ候補に負ける危険性が大きくなるのは困る,ということ*1
記事は現役の市議会議員の再選インセンティブから議論しているが,同様の議論は維新の会の側からもできる。維新の会としては,知事の人気を梃子とした空中戦指向にならざるを得ないために,問題になるのは大きな選挙区での票割りである。議会で過半数をとることを志向するならば,5人区や6人区でも2−3議席が必要になるわけだが,空中戦だけだとより良いと判断された候補者の方に票が流れてしまう可能性がある。それを回避しようとすれば,一定の組織票をすでに持つ現職の候補者(できれば複数)+新味のある候補者というセットが好ましい。一方で,統一地方選挙以前に定数が少ない選挙区で現職が集まってしまうと,もともとそれなりに高い勝利確率が見込める選挙区であり,「統一地方選挙で(抵抗する)自民党を抑えて大勝利」という世間的なアピールが薄くなってしまうというデメリットも考えられる。ただまあこのデメリットの方は言っても「とらぬ狸の皮算用」みたいなところがあるので,現実的には少しずつ移動する議員を増やして市会にプレッシャーをかける方を重視しているのが現状,ということなのだろう。ある程度議員を集めておけば,本番の統一地方選挙のときにも様々な選挙協力をすることができるかもしれないし。
そうすると,次の生野区の補選は,生野区が定数5(2007年選挙で自民党3人当選)であることを考えるとやはり重要になるはずだったと思われる。「はずだった」というのは,これはまさに日本の選挙,という感じなのだが,この生野区の選挙は2007年統一地方選挙で当選した3人の自民党議員のうちひとりが参議院選挙に出ることによる補選であり,この候補は参議院大阪地方区で勝利するために維新の会の応援を必要としていて,そのために生野区補選で自民党は自主投票になるということ。さらにこの選挙では,生野区でかなりの基礎票を持っていると思われる公明党対立候補を出さない。参議院選挙と同日であれば,普通の補選よりも投票率が高くなることが予想される中,大阪維新の会民主党での無党派票の取り合いになり,民主党政権交代で支持率が回復したものの分が悪そうな状況にあると思われる*2。ここで維新の会が勝つと,これは重要な定数の大きい選挙区での現職なので,統一地方選挙に向けて非常に大きなポイントとなる。
一連の動きは,「政党」というものが一体何かを考えるうえで非常に興味深い。現状では「大阪都構想」をめぐるシングル・イシューで(実はシングルじゃないけど)橋下知事率いる大阪維新の会が旗をあげているのに対して,市会における他の会は対抗する旗を持っていないように見える。現状が停滞していると捉えられる中で,現状維持では結集しにくいところがあり,だからこそ大阪維新の会の政策の旗に結集するという名目で複数の議員が政党移動を行うことができている*3。一方で,政策の旗が明示的ではない場合に政党を支えるものは何か。従来の自民党優位のもとでの議論であれば,それは中央に直結することで「利益」に繋がることであり,それが自己強化的にフィードバックして行く「地盤」だったと考えられる。しかし,2009年の政権交代によってそのフィードバックは切れてしまう。大都市・大阪で具体的に中央と繋がることに「利益」があったのかはよく分からないが,中央政府における政権政党としてやるべきことをやる責任がある,という重石は重要だったのではないかと思われる。
身も蓋もないことを言えば,現状では自民党は旗も重石もないわけで,「地盤」がある程度残る状況にあると言えるかもしれない。必然的に戦略としては,「重石」を取り返す(=再度の政権交代)あるいは政策の「旗」を上げるということになる。本当に現在の話であれば,市長与党としての責任に基づいて地域の中で上述のフィードバックを回すということはあり得るかもしれない。しかし移動者が続出する状況を見ると,将来的にはこちらの方も難しくなるという判断が強いことも推測できる。これは単なる推論なわけだが,こういったことを考えると堺市長選挙の結果は福島区補選の結果よりもある意味で大きな衝撃だったのかもしれない。
結局のところ,政党というか議員の集団の求心力っていうのは何なのか,裏返して言えば「地盤」を持った議員たちの集まりだけで政党ができるのだろうか,という問題だろうと思われる。今回の場合,極端には「定数が小さい選挙区選出の議員に偏ったグループ」と「定数が大きい選挙区選出の議員に偏ったグループ」ができるかもしれない。このうち一応前者は橋下知事=政策の「旗」を中心として求心力が維持されるかもしれないが,後者は何が求心力になるのか。「二元代表制」をとる日本の地方政治では,首長(この場合平松市長)がその求心力の中心になる可能性はある。しかし市長についてもいずれ選挙の時期を迎えるわけで,そのとき(少なくとも表面的には)政策の「旗」が問題になるのではないか。
自民党一党優位という「重石」が存在するときには,地方政治レベルでこのような状況が大きな問題になることはなかったと考えられる。やはり国政と地方政治は有機的に繋がっていて,自民党政権時代にはその繋がりが明示的に現れてこなかったということなのだと思われる。非常に複雑な方程式なので,簡単に予想することはできないが,仮に民主党政権が暫く続くということを所与とすれば,同種の問題はこれからの地方政治においてしばしば起きてくる問題だろうと考えられるのではないか。

*1:それこそ先月補選が行われた福島区では,2007年統一地方選挙において自民・自民・民主・共産の候補者が出て,そのうち自民党共産党の候補者が勝っていることを想起。

*2:おそらくもうひとつの論点としては,参議院選挙で自民−民主の対立軸で自民側に票を投じた有権者が,市会選挙で民主側に投票するもんなのか?という問題はある。これはサーベイできれば非常に興味深い気がする。

*3:現状の「野党」に移動しているわけだから政策志向の移動と言えるかもしれない。しかし今度の選挙で政権をとる期待があるわけだから,たぶんここで正確には政権志向と政策志向は区別できないと思うんですがどうなんでしょう。この辺りは,山本健太郎, 2010(近刊),『政党間移動と政党システム』,木鐸社の議論とも繋がってくるかと。