名古屋市議会議員選挙

震災のさなか実施された名古屋市議会議員選挙は,事前に予想されたように,河村たかし市長率いる「減税日本」の圧勝に終わり,いわゆる既成政党は大敗を喫することになった。毎日新聞の記事によれば,減税日本は全体の34.5%の得票を獲得し,民主党が18%(前回37.4%),自民党が21%(前回28%)ということ。なお公明党は後述するように候補者を減らしている効果で前回の17%から14%に減っている。なお共産党は計算すると8%(前回は13%)。議席を見ると,減税日本は28議席(37.3%)を獲得したものの,目標としていた過半数(38)には届かず。投票前第一党であった民主党は27から激減して11(14.7%)へ,自民党は23から19(25.3%),公明党が14から12(16%),共産党が8から5(6.7%)ということで,特に民主党についてはただでさえ得票が減っているのに,議席レベルではさらに大打撃と言える。
ここを比較するとわかるように,実は減税日本得票率以上の議席を獲得している。もう選挙のたびにいちいち関心させられる効率的な選挙戦術を取る公明党が得票率と比べて議席率が高いことはまあ織り込み済みとして,自民党についても得票率と比べて議席率が高い。自民党公明党については,もともと地元との関係が強い候補者など,当選しやすい候補者に絞って出していると考えられるため,得票を議席に変換するときの無駄が少ないことは,ある程度予想される。しかし減税日本が同様に得票率以上の議席率を獲得しているのは驚き。
一般的に言って,純粋な比例代表制の選挙は,得票率から議席率に変換するときのズレが小さくなりやすく(もちろん変換の仕方による),日本の地方選挙で取られている中選挙区制も広義には比例代表制に分類されるので,衆議院小選挙区制なんかと比べてはるかにズレが小さくなるのは当然。ただ,日本の地方選挙の中選挙区制は,政党よりも個人が選ばれて投票される傾向がある。特に,定数の大きな選挙区などでは,候補者の数が得票に比べて少なければ,せっかく取った票が無駄になってしまうし,逆に候補者を擁立し過ぎると,いわゆる「同士討ち」によってせっかく取った得票が議席に変換されない。そのため,定数がある程度大きい選挙区になってくると,合計どの程度得票できるか(=票読み)と,それを複数の候補者で分けあって当選者を増やすことができるか(=票割り)が大きな問題になる。
減税日本のように,新しく作られて,旧来の社会関係ではなくいわゆる「風」で戦う政党にとっては,この票読みと票割りは難しいものになると思われる。確実に獲得できる票というのがどの程度か分からないために,候補者の出しすぎや出さなすぎによって,せっかく得票しても有効に議席を獲得することができないかもしれない,という問題が考えられるからである。しかし上述のように,今回減税日本は得票率以上の議席を獲得している。なぜこのような結果を得ることができたのかはすぐには分からないが,いくつかの説明を考えることができるかもしれない。
ひとつは,直前に市長選挙があったので,そのときの河村票が参考になり,少なくとも票読みの方はしやすかった,というのがあるかもしれない。市長選挙市議会選挙は投票率が10%程度違うので(市長54.14/議会43.96)単純な比較はできないところだが,市長選・市議選における河村市長と減税日本の得票率を見ると次のグラフのような感じ。中区は,減税日本唯一の現職が立候補していることもあり,ちょっと得票率が高いが,あとはだいたい3-4割の範囲に収まっている。そして,その次のグラフは,選挙区あたりの当選者数が違うことを考えて,両者の得票をそれぞれ選挙区ごとに定数で割ったものを並べている。こちらを見ると,その3-4割の範囲という数字が,だいたい一議席あたりで3000-4000票を意味していることがわかる。例外的なのは中区だが,ここは減税日本唯一の現職候補が出ていて,もともと地盤があったところである。その他4000票を越えている選挙区のうち,東区・中区・熱田区は定数2という一番小さい選挙区で(ちなみに定数1と定数3はない),同じように公明党の候補者が出ていない定数4の選挙区(瑞穂区昭和区)より票が取れている。このような違いは,ほぼ全ての選挙区でちょうど7割とっているのに一議席あたりの得票数が揺れてる河村市長の得票と見比べると,これは定数不均衡的な問題があるかもしれない。


問題は,仮に投票率の減少も含めて一議席あたりで3000−4000票くらい,という正確な見込みができたとして(だから例えば定数5の千種区では15000-20000票くらい行くと見積もったとして)それをうまいこと振り分けないといけないというところにある。定数によって競争のあり方はバラバラだが,選挙結果を見てると,だいたい5000票くらいとったら当選可能性はかなり高く,6000票とって落ちてる候補はいない*1。そういうことを考えていくと15000票から20000票位が見込める千種区では,3人の候補に均等に分配できればひょっとしたらみんなが通るかもしれない,という計算ができる。そうやってざっくり計算していくと,定数2では1人,定数4では2人,定数5では2-3人,定数6では3人,定数7では3-4人くらいとなって,実際に減税日本はほぼこのとおりの候補者を用意している(またもや例外は定数2で2人だした中区)。
とはいえ,くどいようだが,それらの候補がみんな通るのは,安全圏の6000票以上である程度均等な票の配分,票割りに成功したときのみである。ひとりの候補が突出して票を取り過ぎて,他の候補が相対的に少ない票を分け合う,というようなことになると,うまく票を取れなかったほうが落ちる。「風」で戦う政党にとってはその票の割り振りが難しいというのはそういう話。しかし,今回の減税日本はかなりキレイに票割りに成功し,結果として多くの候補者の当選に繋がっている。その理由は,もちろんいろいろ分析する必要があると思われるが,選挙公報を見ている限り,仮説として考えられるのは候補者を敢えて差別化しなかったということがある。はっきり言って選挙公報レベルでは,減税日本の各候補はほぼ全てフォーマット通りの作りになっていて,大きく「市議会改革 総仕上げ」を掲げる他,河村市長の三つの公約(市議報酬半減,市民税減税10%恒久化,地域委員会全市拡大)を書いた上で,4つ目以降に自らの差別化された主張を入れ,真ん中に河村市長の顔のイラストと直筆コメントらしきものを入れるというものである。だから有権者から見て減税日本の候補者を差別化する情報っていうのは,名前以外では基本的に年齢と顔,それから4つ目以降の公約と略歴になる*2
結局,単純な話だが,有権者の側もあんまり減税日本の候補者を差別化しなかったことでうまく票がバラけたって話が考えられるということ。下手に差別化すると票が集中してしまうという話で,若干微妙だが,定数5で3人出すとか定数7で4人出すといった難しい選挙区で,2人が高学歴の若い女性が10000票近く集めて,その分他の候補の票割りがうまくいかなかった,というところに見られているように思われる*3。僕の知る限り,今の大阪維新の会の選挙ポスターで似たような感じはあるが,日本の地方選挙でこのやり方はかなり新しい。例えば国政レベルで「アジェンダ」を強調し,候補者個人よりも政策を重視するというみんなの党は,今回の選挙で複数の候補者を立てているが,その選挙公報はバラバラな上に,残念ながら本当にこなれていないものが多く,明らかに政党が組織的に選挙しているのではなく個人がみんなの党に名前借りて出てるという感じがしている。
その他の政党を見ると,得票率より議席率の方が大きい自民党公明党は,そもそも落ちた候補者が少ない。自民党は4名で,公明党にいたってはゼロ(これは全国的にそうだけど)。自民党の落選者を見ると,前回最下位当選の現職が2人と新人2人。新人で当選したのは2人だが,実は両方二世議員というちょっとなんだかなぁ,という感じの選挙になっている。要するに自民党の場合,ある程度候補者を絞った結果として,通る人は通るし難しい人は減税日本に食われて落ちてる,という感じ。公明党は保守的に,前回は出していた定数4での候補者を引っ込めて,定数5の選挙区に絞ったために,得票は落ちたが議席はキープしたかたち。加えて興味深いのは,自民党の一部と公明党の候補は,実際に現職・元職であるにもかかわらず,少なくとも僕にとってすぐに分かるようなかたちで議員経験を書いていないという人が少なくない。これはなかなか皮肉な話で,候補者も含めて議会批判が大きな争点であると認識しているにもかかわらず,少なくとも自民党については実際に通ったのは基本的に現職関係者,ということになっている。
最も大きな直撃を受けた民主党は,一人負けと言われるとおりで,議席数で惨敗している上に,得票の議席への変換もうまくいってない。先程の図でもわかるように,一議席あたりの得票はだいたい2000票程度ということで,減税日本の6割程度になっている。前回の市議選で民主勝利に導いた「風」が減税日本の方に行ってしまったためにこういう結果になったということは,(投票率が落ちてるにもかかわらず)前回市長選挙の石田候補の得票からの目減りが少ないことからもうかがえる。民主党は定数4以下で1人,定数5以上で2人の候補を立てるということにしていて*4,特に定数4の選挙区では確実に1議席を抑えている。一方で,定数5の選挙区(7つ)のうち3つで共倒れして議席ゼロに終わったのが痛い。実はこの3つの選挙区ではまさにキレイに票割りが行われていて,その結果当選に届いてない=つまりもとから出しすぎだった,という何か残念な結果になっている。これは完全に後知恵だが,市長選における石田候補の得票から考えると,やっぱり出しすぎだった感は否めない。
こういうかたちでまとめると,今回の選挙が既成政党というか議会の現職に対する批判が大きな争点で,その影響をもろに被ったのが前回同様の争点を出して勝利した民主党であり,伝統的な自民党公明党議席が守られていることがよくわかる。そして,勝利した減税日本については,現時点で少なくとも外からみると候補者(→議員)が差別化されておらず,基本的に河村市長のエージェントという性格が強いように思われる。それを考えると,「かえって馴れ合いになる」というWall Street Journalの指摘はそのとおりだと言えるだろう。
もうひとつ,この選挙をめぐっては,例によって橋下知事へのコメント依頼が行って,知事は「非常に厳しい結果」と述べたという報道がある。

橋下知事名古屋市議会の解散の賛否を問う住民投票で、解散賛成が7割を超えたことを挙げ、「それでもなお減税日本過半数を取れないのは、(現行の制度が)本当に市民の意見を反映する選挙制度になっているのかどうか、非常に悩ましい」と、選挙制度そのものに対する疑問も示した。

まあ選挙制度の問題というのはその通りだが,今回の減税日本は上述のようにそれなりにうまくいっていると考えられる。減税日本過半数を取れなかったのは,単純に過半数を取るためには得票が少なかった(34.5%)からであり,解散賛成と直接には関係ない。もちろん,このような結果になったということは,おそらく解散に賛成し,市長選で河村候補に投票したにもかかわらず,減税日本ではなく自民党公明党の現職候補に投票したという有権者が多いのは事実だろう。説明しようと思えば,彼らが「民主党の議員だけ落としたかったんだ」とか小理屈をこねることもできるかもしれないが,あんまり直観に合わないと思う。なので,暫定的には,反議会とか議会の機能不全,という争点が強くある一方で,実際に代表として誰に投票しようかというと,ある投票先が程度決まっている人が,依然として少なくはない,という常識的なラインなのではないだろうか。

*1:一番票をとって落ちたのは,最後まで決まらなかった緑区民主党候補で5720票というのがある。なお,平成19年の選挙はより候補者が少ない分激戦の傾向が強く,落選者のうち一番票をとっているのは千種区の6234票の共産党候補。他にも次点者は結構5000票くらいとってる人がいる。

*2:どうでもいい話かもしれないが,ある選挙区の無所属候補がほとんど同じつくりの選挙公報を作っていて,河村市長のイラストだけ微妙に違ってたのは苦笑した。特に推薦とは書いてなかったがあれは良いのだろうか…。

*3:あともうひとつ,港区でも似たような感じで票割りがに失敗しているのだが,これは選挙公報見る限り,そもそも定数5で3人出すにはちょっとタマが…というところがある。

*4:なので,全員当選したとしても27議席ということ。