国際秩序

拙著と同じタイミングで商業的なライバルとして刊行された中公新書。まあ気が小さいもので自分の本の売れ行きをたまにチェックしてしまうわけですが、著者の知名度からすれば当然のことですが本書の方がよく売れていて、やや専門が違うのですがどういう感じなんだろうというスケベ根性を持ちながら読ませて頂いたところ、非常に完成度が高く勉強になる本でした。いや率直に言って、売れるのは全く不思議じゃない。細谷先生のブログによれば、2ヶ月くらいですごい勢いで書いたということで、それも凄まじい話。しかし、短期間で書いたからこその内容の一貫性や整合性もあるような気がします。
内容は、「均衡」「協調」「共同体」という三つの秩序原理から、これまでとこれからの国際秩序を読み解いていく、という極めてシンプルでありつつも野心的なもの。全般的な印象としては「均衡」の原理が強調されつつも、それだけでは十分な国際秩序とはならず、「協調」「共同体」という原理がいかに加わっていったか、ということが平易に説明されています。それだけだとまあちょっと教科書的っていう感じがするのだけども、この本の興味深いところは、単純にどうやって国際秩序が形成・維持されてきたのかというだけではなく、歴史家の視点というか、政治家たちがどうやって国際秩序を形成・維持しようとしてきたのかというのを読ませるところにあるのではないかと思う。とりわけ、ドイツ・日本という新興国が国際秩序に組み込まれていくところあたりからは、事実的・静態的な記述だけではなくて、秩序形成者の意図を組み込んだ動態的な記述となっていて、それが教科書的なものではない、モノグラフとして素晴らしいものになってる要因ではないかと思ったり。
読みどころはたくさんあると思うけど、個人的にはやはり3章の後半から4章にかけて、国際秩序がダイナミックに動き出すところ。特に4章では、冷戦から1990年代を経て、アメリカの国際秩序に対する姿勢が変わっていくところが極めて興味深かった。行論上当然のことながら、最後には膨張する中国をどのように国際秩序に組み込むか、という視点が示されていて、「均衡」「協調」「共同体」という秩序原理の観点からの日本の役割が議論されている。個人的にはやや「均衡」の強調の仕方が性急のような気もしたけども、それでも現状を考える貴重な議論であることは間違いない。読み継がれていくべき本だと思うが、それより、今回の選挙の前に読まれるべき本であるということも間違いない。僕自身の本もタイミングは良かったと思うけど、それ以上にこの本のタイミングも良かったのではないかと。
実は中公新書では、これ以外にも井上寿一先生の『政友会と民政党』という、これまた現状で読まれるべき良い本が出ていて*1、狙ったわけではないと思うけど(また僕自身の商業的インセンティブを考えるとややアレだが)このタイミングに並べてもらったことは非常に光栄なことだと思ったところ。

追記:これを引用しようと思っていたのを忘れてた。これにかぎらず、引用される内容が非常に興味深いことも、この本の特徴のひとつ。

ビルマルクはかつて、次のように述べていた。「政治は、科学(サイエンス)というよりも技術(アート)である。それは、教えることができるような対象ではない。人はそれについて才能を持っていなければならない。それについての最良の助言も、適切に実行されなければ意味を持たない。政治はそれ自体として、論理的な緻密な科学ではなく、流動的な情勢のなかで、最も害の少ない選択肢、あるいは時宜を得た選択肢を選ぶ能力を意味するのだ。」(156)

全くそのとおりで、最近改めて議論されるようなことでもないよなー、と思うところ。ただ、こういう「政治」と「政治分析」が同じものである必然性があるわけでもないし、「政治分析」は次の「政治」に向けて重要な教訓を残すことが少なくない。この本で議論されている政治家たちも、彼らの優れた「政治分析」のうえに「政治」を行っていたわけで。

*1:この本は、特に挙国一致内閣以降の二大政党制が崩壊していく過程が非常に読ませる。