『応用政治哲学−方法論の探求』

関西大学の松元先生のご著書。これは非常に勉強になった,というか,ふだん実証分析に携わる研究者としては,ぜひこういう本を読みたいと思っていた。はじめのほう,「科学」との対比で「哲学」の論証の方法について考えているところとか非常に参考になるし,何より政治哲学/政治理論が何をやっているのかということが非常にイメージしやすいと感じた。
本書では,まずその哲学の方法について説明したうえで,分析哲学の系譜を概観し(2章),主にロールズの業績によりながら政治哲学の方法を議論する(3章)。第二部では政治哲学者が社会に対するときの論点として,政治哲学は理想状態を前提として考えるのか(理想理論),実行可能性をどう考えるか,そして政治との関係についてどう考えるかということが整理されている。最後の第三部がとりわけ面白かったのだけども,現実の課題について政治哲学からはどのような議論ができるかということが教育の平等,平和主義について議論されて,功利主義がなぜ問題をはらみつつ残っているのかという点を論じている。まさに政治哲学を「応用」に使っているところで,そういう議論はもっとなされてよいのではないかと思った(ただ9章の功利主義の議論については,素人である僕には位置づけがちょっとよくわからないところもあった)。
政治哲学は何のために研究されるのか,本書の第二部の議論を僕なりに整理すると,哲学的な「正しさ」と政治的な「正統性」を分けながら,哲学者としての理想状態を見据えつつ,実行可能性のある議論を考えるということが求められているという感じか。まあ手前みそですが,それって(「理想状態」の定義によりますが)『政治学の第一歩』でも考えていたことに近いところがあるわけで,実証分析をベースとした議論と政治哲学の規範的な議論の共役可能性というのは決して低くないという印象を受けた。そういう意味でちょっと気になったのは,政治的な決定を行うときの「交渉」についてどう考えるんだろうかというところ。たとえば本書では「費用便益分析」の哲学的な正しさについて議論されるわけだけども,実際に意思決定を行うときには社会的な合理性ですべてが決まるわけではなくて,現状維持を前提としたWinsetの中で決まるのではないだろうか。哲学者がその政治過程の中でひとつの「意見」を出して,それが他の決定参加者との交渉を経由したうえである点に決まっていくようなプロセスをどう評価するのか,というのを知りたいなあと思った(まあ哲学的にはぜんぜん考慮されない論点かもしれませんが)。
それからやはり第三部。アクチュアルなテーマに政治哲学者として一定の主張をすることには勇気がいると思うけれども,本書ではかなり踏み込んだ議論がなされている。個人的に本書の主張に全く同意するわけではないけど(特に7章),自分とは異なる立場を持つ他者に対して論証を行うということがまさに行われていると言える。欲を言うならば,そこでの論証に使われるような「方法」(7章でいえば平等主義と優先主義という概念を対置して,それらの観点から教育の自由化を論じる)が第一部や第二部のような議論とどうつながってくるのかがあると,「素人」的にも応用のイメージがしやすいと思ったところ。ただ何というか,政治哲学の研究をしている人が第三部のような「応用」の議論をしていくのはとても望まれることだと思うけど,そういう論文を書いたことがない人が同じように書こうとしたときに何を「方法」として扱うんだろうというのは少し思った。「理想状態や実行可能性を考えたうえで書く」というようなものを方法としてとらえるのか,それとも「平等主義」や「優先主義」みたいな概念を対置させること(あるいはそういうように使える概念について理解すること)を方法と呼ぶんだろうか,といったあたり。
もうひとつ,全体としての話で,これは実証分析の人と規範研究の人が一緒に議論するべきなんだろうと思うけども,第1章では科学的アプローチが「事実」に注目して原因と結果を関係づける一般命題(法則)を議論するのに対して,哲学的アプローチでは「価値」に注目して理由と判断を関係づける一般命題(原理)を議論するとされていたわけだけども,そういう「事実」と「価値」ってどのくらい峻別できるんだろう,という疑問は最後まで残った。「価値」が形成されるときには様々な経験が先行することもありうるわけで(経験を超越した価値もあるだろうけど),よくもわるくも「法則」が「原理」のように扱われるようなことがあるんではないかと。それって例えば僕らのような実証やってる人間が,いろんな国の経験を踏まえて統合的に説明しようとしているときにやろうとしていることに近いように思う*1。あるいは最近でいえば実験室実験とかで「規範」を探るというのもあるだろう。その辺の成果を政治哲学のほうにどう取り込んでいくのか,というのは議論になるのではないかという感想を持った。
というわけでいろいろ書きましたがおそらくこれはとてもチャレンジングな研究ということだと思いますし,本当に勉強になりました。松元先生は同年代なんですが,博士論文をもとにしたご著書に続く「二冊目の研究書」ということで非常に刺激になります。僕も今年の目標は「二冊目の研究書」をまとめることにしたいと思います。

応用政治哲学―方法論の探究

応用政治哲学―方法論の探究

*1:最近の業績でそれをおそらくより意識的にやっているのが『代議制民主主義』ではないか。