『ポスト政治の政治理論』

法政大学の松尾隆佑先生から『ポスト政治の政治理論-ステークホルダー・デモクラシーを編む』を頂きました。どうもありがとうございます。松尾さんとはリアルでは2回くらいしかお会いしたことないと思いますが(間違ってたらごめんなさい),インターネット上の付き合い(?)はもう10年以上になるような気がします。松尾さんはたぶん学部生から院生になるくらいからブログを始めてて,よく話題になってたのを感心しながら眺めていたものでした。このブログであまり絡むことはなかったですが,たぶん唯一のこのエントリは懐かしいですね。ツイッターをやるようになってからも継続的にお仕事を拝見する機会があるわけですが,今回こうやって博士論文としてまとめられたものを見ると,僕なんかでも勝手に感慨を持ったりします*1

帯にもある「影響を受ける人びとこそ政策の決定にかかわるべきだ」というステークホルダー・デモクラシーが主題の本書ですが,その構想が興味深いのはもちろんのこと,経験的な研究とその含意に対する理論的な関心の持ち方,というのを非常に興味深く感じました。まあそれは昔から松尾さんのブログ見たりしてるから,という気もしますが,ステークホルダー・デモクラシーについての完結した理論をまとめようというよりも,経験的な研究の成果の上に立ってそちらからの批判にも開かれた形で構想を提示しよう,というようなある種非常に野心的な試みを考えているような。本書の最後では,「異なる分野や文脈における雑多な議論を寄せ集めたパッチワーク的な立論」のような批判がありうることを書いてましたが,不十分な理解であるにせよ,僕が読ませてもらった感想としては「良いパッチワーク」というよりは,クリアな見通しを与えてくれる質の高いマップだ,という印象です。

特に印象的だったのが第3章で,これは何ていうか,僕自身も別のいくつかのプロジェクトで考えてたこと/考えようとしてたことを,はるかに明晰なかたちで言語化されているものであったように思います。その中核的な問題は,必ずしも直接的に資源を所有しない人の自律性をどう考えるか,というところで,それを新しい社会的リスクや普遍主義的な福祉,そして福祉ガバナンスの制度体系と結び付けて描いているのは非常に興味深い議論でした。詳細は本書を,という感じではありますが,その中で義務と権利の関係をどのように考えるべきか,といった部分はとりわけ刺激的なところだったように思います。

本書で論じられているステークホルダー・デモクラシーの構想については,確かに(地図上の)「位置づけ」はわかる一方で,どう動くかについてはややイメージしにくいなあとは思いました。選挙だけが政治参加でないのは当然で,「評判」の機能などが極めて重要というのも同意するわけですが,たぶん実際そういう機構がないわけじゃなくて,だとするとどういうときにステークホルダー・デモクラシーが機能しうるのか,という作業仮説みたいなものはちょっと欲しかったなあ,とは思ったり。具体的なことをひとつ言うと,制度的なヴィジョンとして,政党の位置づけはもう少し別の議論もできるのではないかという感じもありました。本書でもあるように,他の団体と同じような団体と位置付けられないとすれば何が違うのか,ということを考えないといけないわけですが,そこはやはり様々な領域を架橋するところに求められるのではないかと。ステークホルダー・デモクラシーがさまざまな「ステークホルダー共同体」によって構成されるとすれば,そのマルチレベルの共同体を超えて調整する団体としての政党,みたいな構想もあり得るのかもしれません。国政政党と地方政党が「政党ラベル」を共有してお互いにその価値を毀損しないように行動する,なんていうのはまさにそういう話だと思うし*2

理論的な研究の理解について自分自身での蓄積がないのでよくわからないのですが,これまでのデモクラシーで,社会の多様性・複雑性が増すなかで「共通の利益」についてうまく合意できないことが問題視されてる裏返しとして,ステークホルダー・デモクラシーは「共通の利益」の方から括り出すような試みなのではないか,という直観も持ちました。仮に前者が難しい中で後者の方がやりやすいとしたらなんでだろう,という感想もありますが。僕が研究してる分野でいえば,たとえば自治体の境界を超えて公共交通を考えないといけない時に,公共交通だけを担当するガバナンス機構みたいなものを考える,というような例が当てはまるのかもしれません。そういう機構は選挙で選ぶのか,あるいは誰かが専門家を任命するのか…とか制度設計的にもいろいろ考える余地はありそうです。なんだか色々まとまりませんが,それは上にも書いたように,本書が理論的な完結性よりも読者が考えるためのマップを提供することを志向してるからかなあ,と思ったりしますが,それは単に僕が隣接分野の人間だからかもしれません。そういう意味では専門家がどういう風に本書を読むのかな,というのも興味深いところです。

ポスト政治の政治理論: ステークホルダー・デモクラシーを編む
 

*1:誰も読んでないような某論文も数回引用していただいてありがとうございます。

*2:たとえばHamilton's Paradoxに出てくるドイツでの"political externality"の例 

Hamilton's Paradox: The Promise and Peril of Fiscal Federalism (Cambridge Studies in Comparative Politics)

Hamilton's Paradox: The Promise and Peril of Fiscal Federalism (Cambridge Studies in Comparative Politics)