政権交代

事前に行われた世論調査による予想通りとはいえ、民主党が圧勝してとうとう政権交代が実現することになる。戦後直後や1993年は選挙後に連立交渉が行われていたことを考えると、事前に政権の枠組みが見えるかたちで「政権交代」と呼べる選択が行われたのは日本政治としては初めてといえるかもしれない。国会が「国権の最高機関」ではなかった戦前まで含めると1924年以来ということになるのかもしれないが。そういう時期にめぐり合わせることになったのは、一応政治学研究者の端くれとしては僥倖というべきだろうし、これからいろいろ検証するべきことも増えるであろうことを考えると引き締まるところ。
選挙結果については、本格的な分析は関連するデータが出てから選挙研究の専門家を中心にどんどん出てくるのだろうけど、気がついたことをいくつか。まずしばしば言われていることとしては、

  • 自民党より公明党の惨敗、おそらく結党以来の敗北ではないか
  • 自民党の「大物」は比例復活によって意外と落ちてない
  • 中国・四国・九州では自民党が依然として強い

ことが挙げられる。自公の「連立野党」というのはよくわからない話になるので、これだけ自公で負けると早晩その関係の見直しが起こると考えられるが、特に公明党の方はどうなるだろうか。参議院とあわせて比例に特化する政党になるということも考えられなくもない。ただ一方で、玉野[2008]で指摘されているような「地域における自公協力」のようなものを考えると、単に「連立野党」が無理だから関係を解消しようという話でもないかもしれない*1。むしろ地方議会における自公協力というのは厳然と存在しているわけで、(別にすぐに地殻変動が起きたわけではない)地方の側からするといきなり自公で関係を切るわけにも行かない、というところもあるのではないか。それは自民党で生き残ったのが「大物」が多くて、どちらかというと若手の「改革派」というように目されていた人が落ちていることが多いということとも関連する。「大物」はこの10年で公明党と相当付き合いを深めているわけで、公明党小選挙区からの撤退と半ば永続的な協力関係というのを望むかもしれない。まあそうすると公明党をつなぎとめるためにも、下野後の自民党は1994年ころのように、政権のスキャンダルを徹底的に追及して、とにかくすぐに政権に復帰しようとする政党になってしまうかもしれないが。ただそれはまさに戦前の政党政治期のように、民主主義自体に対する信頼を揺るがす話にもなりかねないわけで*2、個人的には自民党にいまから「四年後」を見据えた政党になってほしいと願うものの、今回の結果だとそれは難しいのかもしれない*3。この点で、実は意外と期待できるのは「みんなの党」なのかもしれない。比例東海・近畿で議席を獲得できるだけ得票を得たものの、なんと比例名簿に載ってる候補が小選挙区との重複のみで法定得票率に達せず議席を落とす、という悲惨なことをしつつも、比例の東京・南北関東・東海・近畿といった大都市を抱える地域では社民党よりぜんぜん得票してるし、一部では共産党とも競るくらいになってる。公示直前にできた党がそういう支持を集めているわけだから、この党が持ってる都市的なバイアスが一定の期待を持って受け入れられているのではないかと思われる。
それから、特に北陸から中国地方にかけての日本海側での自民党の強さには驚いた。マスコミの出口調査で当初320近くまで行くという感じもあった民主党が308だったのは、そのあたりでの自民党の踏ん張りということが大きいだろう。これは別に「大物」というだけではなくて、そこまで実績がなくても地盤が強い議員というのが一定数いるということを示していると思われる。例えばその中にはいわゆる「小泉チルドレン」もいるわけだし。最近は農村部にウイングを伸ばそうとしてる民主党としても、ここの部分を崩せなかったことは事実として残っていることを考えると、むしろ突然(?)最高裁判所裁判官国民審査に関する広報で注目された「一票の格差」問題がアジェンダに載るかもしれない。いまはいわゆる修正ドント式というやつで、各都道府県に基礎的に1議席を振ってからドント式で配分しているわけで、それがある以上は依然として「一票の格差」はどうしても2倍くらいには出てしまう*4。さすがにすぐにそういう議席配分を見直そうというとやらしい話だと思われるだろうけど、そのうち地方分権道州制(というか都道府県合併?)との関連でテーマとなってもおかしくないような気はする。やはり「一票の格差」是正は政治的な大義名分としては相当強いものであることは間違いないし。選挙終盤で多少議論されてきた国会の定数削減の問題(比例部分が民主党の公約にのってる)とも絡むかもしれない。
あとは若干の注目すべき選挙結果について。一番興味深いと感じたのは、高知一区と静岡七区の比較。両方とも有力な無所属(橋本大二郎候補と城内実候補)がいて、自民党は両方官僚OBで民主党は両方とも必ずしも悪いとは思われない候補で結構似てる。蓋を開けてみると、高知一区は民主党と橋本候補が食い合って、選挙にそんなに強くないと考えられていた(前回郵政選挙民主党に比例復活を許してる)福井照候補が勝利し、静岡七区では城内候補がダブルスコアの圧勝。「どぶ板」が奏功したとか、片山さつき候補の評判が悪いとかいろいろありそうではあるけど、もう少し別の説明もできそうな、できないような感じが…。
もうひとつ、国政ではないけど茨城県知事選挙はちょっと予想外の現職圧勝だった。茨城ではこれまでまさに「自民王国」で、5区以外は民主党が1996年以来いままで一度も選挙区で勝ったことがない、というなかなかすごいところだったわけだけども、今回は5/7で民主党が勝利。もちろん民主党の風というのもあるけれども、現職の知事についた市町村長は知事に対立する自民党候補の応援をできないわけで、同時期に自民党衆議院議員候補を積極的に応援するのも難しい、というのがあったのではないか。実際のところ知事選・衆院選は相互に影響を及ぼしていることが予想されるので、有権者が知事側を重視した投票行動をとった、というといいすぎかもしれないが、保守分裂だからこその結果、というのがないわけでもないような気はするところ。

追記

今回の総選挙の結果について,民主党が非常に大勝したことを小選挙区制という選挙制度に強く帰責する議論がとても多い。もちろん小選挙区制がそういう傾向をもつことは否定しないが,ただそれだけで説明しようとするのもどうかと思われる。特に,小選挙区制の極端な「怖さ」を象徴する例として,テレビのコメンテーターはしばしばカナダの1993年総選挙でProgressive Conservative議席を前回(1988年)の169から2まで減らした例を挙げているがこれは妥当ではないのではないか。僕自身カナダ政治について詳しいわけではないが,Carty, R.K. [2006] "Political Turbulence in a Dominant Party System," PS: Political Science and Politics 37(4)によれば,Conservative議席を大幅に減らしたのは,この政党が伝統的な保守層と西部カナダのポピュリスト(Reform),ケベックのフランス系(Bloc Quebecois)というかたちで地域的に割れたことに起因するらしい。で,その後カナダでは地域政党のプレゼンスが強くなるわけだが。
もちろん,小選挙区制では,全国的にきちんと候補者をたてて選挙を戦う組織を作るのが大変だから地域政党に向かいやすいということはないわけではないと思われる。だから,これから日本でもカナダのようなことが起こり得ないとは言えないし,以前のエントリにも書いたように地方分権が進めばその傾向は強くなるかもしれない。ただ一方で,(今回の自民党のように)二大政党の一翼として普通に戦っている政党でも169が2になってしまうような恐れがある,というような言い方をするのはちょっと言いすぎではないだろうか。まあ単に得たいの知れない恐怖をすべて小選挙区制という制度だけに還元しすぎると,何が原因なのかわかりにくくなるだけじゃないか,というだけですが。

*1:玉野和志『創価学会の研究』講談社現代新書、2008年

創価学会の研究 (講談社現代新書)

創価学会の研究 (講談社現代新書)

*2:戦前についてはこちら

政党内閣制の成立 一九一八~二七年

政党内閣制の成立 一九一八~二七年

*3:鳩山代表の深夜の会見でもこのような観点から自民党にエール?を送っていたのが印象的だった。

*4:直感的にも、例えばひとつの市域として全国でもっとも有権者の多い船橋市(千葉4区)と鳥取県は同じ程度の人口であり、そこに修正ドント式が適用されると鳥取県は最低二議席になるわけだから、「一票の格差」2倍程度ついてしまうのは自明。まあ現在の「一票の格差」で一番票が重くなってるのは全県で二議席の島根や鳥取ではなく、三議席持ってる高知や徳島、福井みたいですが。