民意のねじれ
Twitterでつぶやいてみたけど,名護市長選挙の問題は,中央地方関係という観点からもきちんと考えるべき問題なのだろうと思う。
名護市長選 普天間移設反対派が勝利
米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設受け入れの是非を争点にした沖縄県名護市長選は24日投開票され、受け入れに反対する新人の前市教育長・稲嶺進氏(64)(無=民主・共産・社民・国民推薦)が、容認派で自民、公明両党の支援を受けた現職・島袋吉和氏(63)(無)を接戦で破って初当選した。移設先を再検討中の鳩山首相は市長選の結果を判断材料にするとしており、1996年の普天間返還合意後、日米両政府が名護市で進めてきた移設計画の実現は極めて困難になった。在日米軍の再編計画全体の行方にも影響を与えそうだ。
当選後、稲嶺氏は「私は皆さんに辺野古の海に基地は造らせないと約束した。その信念を貫く」と述べた。
返還合意後に移設先として浮上した名護市では、97年に受け入れの賛否を問う市民投票を実施し、反対票が過半数を占めた。しかし、98年以降に行われた3回の市長選はすべて容認派の候補が勝利。日米両政府は2006年、米軍キャンプ・シュワブ沿岸部(名護市辺野古)に移設する現行計画で合意した。今回は政権交代後に鳩山首相が見直しを表明し、「県外、国外移設」を望む県民世論が高まるなかでの選挙戦となった。
稲嶺氏は名護市への移設反対を前面に出し、政権与党とのパイプの太さを強調し、基地とリンクしない振興策を主張。不況で苦しむ市民に浸透した。両氏の票差は1588票だった。
政府・与党は2月第2週に開く「沖縄基地問題検討委員会」で各委員が新たな移設案を提示し5月までに結論を出す予定。海上自衛隊大村航空基地(長崎県大村市)、佐賀空港(佐賀市)、下地島空港(沖縄県宮古島市)などが浮上しているが、地元は強く反発している。
投票率は76・96%で前回06年(74・98%)を上回った。全投票者数に占める期日前投票の割合は41・21%。
米軍普天間飛行場をどうするか,というのは中央レベルでは全く決着がついていない問題とされている。辺野古に移す他にはグアムに全面移転とか,橋下知事の関空案なども含めた日本国内への移転案,さらに現状維持・先送りというウルトラC?もありえないわけではないのかもしれない。この辺りは専門家ではないのでよく分からないところだが,政権与党である民主党が,辺野古移設にはっきりと反対を表明している市長候補を推薦するという行動に出ているのは非常に興味深い。民主党としては,(1)自公が推薦している容認派の現職を支持,(2)強硬な反対派候補を支持,(3)独自候補を擁立,というオプションがあって,もちろん(3)が好ましいもののそれができず,中央の枠組みを踏まえると(1)は採れない,というなかなか苦渋の選択になると思われる。
民主党がこのように苦渋の選択を迫られるのにはもちろんそれなりに理由があると考えられる。その理由と言うのは,沖縄は実は日本でも非常に珍しい,伝統がある地域政党である沖縄社会大衆党が存在していることにある。wikiにも書いてあるけど,この政党は中央の社会党・共産党とは別の存在として重要であり,沖縄の社共連合の「扇の要」としての位置づけを与えられている。普段他の地域では共産党と組まない民主党や国民新党が,沖縄では共同歩調をとることがあるのはこのためであり,他でも参議院議員(糸数慶子)を出したり,知事選挙でも現職に対立する有力候補者を出している。まあ要するに,こういう候補者について,「(無=民主・共産・社民・国民推薦)」って表記するのは非常にミスリーディングになっているわけだ。
問題は,このような「地域政党」が,むしろ地方選挙においてより国政選挙において重要になっていることにあるのではないかと思う。地方選挙では,当然ながら民主党・共産党・社民党などと沖縄社会大衆党は競争を強いられることになり,県議会における勢力は年々弱まりつつある(といっても現状で民社党より強いけど)。しかし国政選挙では,中央で長く政権の座にあった自公連合に沖縄県内で対決するために非常に重要なプレイヤーであることは間違いない。民主党が未だに十分な基盤を築けていない中で,彼らが抜けて独自候補を立てられると共倒れする,ということから,中央で自公と対決する民主党は,沖縄県内ではどうしてもある程度社会大衆党の政策を尊重する必要が出てくると考えられる。
地域がこうやって「色」を持つと,今度はどうやって地域間を調整するかという話が出てくる。普天間問題で佐賀県が警戒していると言われるように,県外移設を主張する社民党・共産党であっても他の県への移設となると,移設先地域が反対する。いわんや民主党をや,という感じなわけだが,集権的であると考えられていた革新系の政党でさえ,地方の利害について中央が目を瞑るわけにはいかない。民主党は,「幹事長への民主集中制」というような揶揄は別としても,従来非常に集権的な政党組織構造を持っていると考えられていて,僕自身もそう考えていた。けれども,小選挙区制の中で,自公に対立するために地域の様々な政治勢力を糾合したということは,各地域の利害について,仮に中央と考え方が異なっていても何らかの決断をしなくてはいけない,という状況を生み出したのかもしれない。沖縄というのはいろいろと特殊な状況があるにしても,これが他の地域でも起こってくる可能性は少なくないと思われる。とても逆説的だけど,国政レベルで選挙連合を組んで勝利するために,地方レベルでは国政と違う政策を選好することになるというか。
この辺りの選挙区レベルでの議論は,最近公刊されたばかりの境家史郎「日本政治の保守化と選挙競争」『選挙研究』25(2),とも関連するのではないか。この論文は,ざっくり言えば共産党や社会党のような左翼政党が(ほとんど勝敗に関係なく)候補を擁立する効果と公明党のような固定票の効果があるために,残りの有権者をめぐって選挙競争を行う二大政党が相対的に保守化するという議論をしている。正直なところ,有権者が右から左へ一様に分布しているとか,公明党に投票する有権者がその一様分布の中でランダムに存在するという仮定にはちょっと首を捻るところがあるが*1,筆者が言うように選挙区レベルで候補者が勝手に「公約」を考えるからこそそういう効果が生まれるというのは興味深い議論。実証でも民主党候補については,左翼政党が大きな割合の票を取ると予想される選挙区でより保守的な政策位置を取る傾向がある,ということが検証されている(自民党についてはこの効果は検証されていない)。ただ,沖縄のような事例を見ると,左翼政党が票を取りそうなところで民主党が自公に対決する中で左翼政党と連合を組めば,逆に左の方にえらく寄ってしまうということもわかる。旧社会党(特に労働組合系)がそうだけど,地域に根ざした革新勢力みたいなものが,自力で当選することが厳しい中で独自候補を擁立するかどうか,ということも考えていく必要がある。この辺りについては,堀内勇作・名取良太,2007,「二大政党制の実現を阻害する地方レベルの選挙制度」,『社会科学研究』58(5・6) :21〜32.が議論しているように,地方レベルでの選挙競争が影響しているかもしれない。