「改革」というメタ政策

かなり旧聞に属するところだけども,茨木市長選挙についての記事。

茨木市長選、維新の会府議らが候補者公募
4月1日告示、8日投開票の大阪府茨木市長選で、候補者を擁立するとしていた地域政党大阪維新の会(代表=橋下徹大阪市長)の地元府議みんなの党関係者らが14日、候補者を公募すると発表した。選考委員会を開き、2月中旬にも候補者を決める方針。
維新の同市選挙区選出の松本利明府議と、みんなの党衆院府第9区支部足立康史支部長、両党に近い同市議4人が連携して公募で選び、両党に推薦要請するという。松本府議らは、16日〜2月13日に計5回、立候補希望者を交えてマニフェスト策定委員会を公開で開催し、公約を決める。同時に選考委も設置し、候補者を1人に絞る。
問い合わせなどは、松本府議の事務所で受け付けるとしている。現職の野村宣一市長(70)(2期目)は4月17日の任期での引退を発表し、今のところ、同市長選に立候補を表明した人はいない。
(2012年1月15日 読売新聞,足立氏のウェブサイトより)

あんまり続報は聞こえてこないですが,大阪維新の会みんなの党では,マニフェスト策定委員会なるものを立ち上げて,協議を進めてるみたいです。
政党というか,政党連合としてマニフェストを策定し,それを実行できる人を選んで市長候補とする,というのは,政党政治としてもよい方向性なのではないかと思うわけです。ただその時の問題は,ちゃんと相手が出てくるのかなあ,ということ。大阪市のダブル選挙はもちろん,吹田市長選挙や守口市長選挙,広く言えば泉佐野市長選挙などの経験もあって,反対陣営は出てきにくいところがあるような気がします。しかし,結局これまでの政党が直接的な競争を避けて,「改革」に相乗りするような状況になったらちょっとまずそうだなあ,と。
ちょっと前まで戦前の大都市について調べていたのですが,状況が東京都制の導入の話とちょっと似てるんですよね。赤木須留喜先生の『東京都政の研究』とか読むと感じがよく出てると思うけど,東京市会での政党政治が「腐敗」して応答性が下がってくると,みんな嫌気がさしてきて,市政刷新とか選挙粛正とかそういう運動が非常に高揚してくる。そんな状況の中で,当時であれば政党政治を超えるということで「新体制運動」につながって,大政翼賛会の推薦選挙みたいな運動まで出てくる。東京都制の場合は,「自治」を名目に反対する政党勢力が弱体化して,結局は官選東京都長官をトップにする東京都が入ってくるわけですけども*1
ここは強調しないといけないとこだけど,別に僕は少なくとも現在までのところ大阪維新の会のやり方がそんな感じで進んできたと思ってるわけじゃありません。似てるというのは,なんだか利権にまみれたように見える「代表」に対して嫌気がさしてきて,彼らが代表しようとしている政策ベースで議論することを拒否し,政策を決めるメタ政策であるところの制度の問題を「改革」することで解決を図ろうという筋が似てる,というところ。もちろんこれは大阪とか東京のような大都市だけではなくて,国政レベルであれば「政権交代」と政権の運営の仕方を変えるというメタ政策,「改革」で勝負しようとした(そして勝った)民主党にだって同じことが言えるはず。これは拙著の議論で言えば,「外部」に立とうとして,それが行き詰っていくような話でもある。
もともと大阪維新の会というか橋下市長は,ここのところ非常にうまいところがあって,大阪都構想というメタ政策と,自身の様々な政策を都市住民の利益というようなものでつないでいたんじゃないか,と思ってる。期待する点があるとすればまさにここで,他の利益と競合する中で(メタ政策だけではなく)きちんと都市住民の利益を訴えて,それを実現に移すということができれば,日本の政党政治というのが新しいステージに立てるんじゃないか,というように思うところ。でも,特に橋下氏の市長就任後はなかなか難しくて,必ずしも都市住民とは限らない,全域的・集合的な利益を実現する「改革」みたいなものが強調されてるような気もする。
ただ,これはたぶんメディアの報じ方や,あるいは反対者側の立ち位置によるんじゃないかな,と思う。以前話題になったテレビ討論なんかでも典型的にそうだけど,橋下氏に対して反対する立場にある人たちは,政治家のモデルとして(都市住民に支持される政治家のような)利益代表,何らかの利益を代理するようなものではなくて,すべての人たちを代表するような,国民代表的な政治家を期待しているんじゃないかな,というように感じてしまう。で,自分は必ずしも特定のポジションを取ろうとせずに「あんたはみんなを代表してないだろ」みたいなものすごい漠然とした攻め方をするわけで,逆に市長の方は「いやいやこんなに代表してますよ,みんなのためにやってますよ」という感じで受けることになるのかな。たぶんこの受け方で議論する方が楽だし,使ってる代表概念が曖昧だから,まあ追い詰められることはほとんどない。
で,なんかまとまりませんが,まあ規範的にどうすべきか,みたいな話はよくわかりません。個人的にはやっぱり都市民というか都市の納税者を強調するようなやり方っていうのがありうるんじゃないかと思うし,それが現在のところ支持を広げる道でもあるように思う。都市民のひとりとしても見守りたいところでもある。もちろん既存の政党側も,同じ都市民の支持を狙って競争するのもいいし,農村とは言わないけど,都市民的な立場とは異なる立場の利益を重視するような立ち位置だってありうるだろう。ただちょっとだけ留保しておくと,都市民を強調するの「現在のところ支持を広げる道」かなあと思うのは,それを必ずしも好まない立場の利益を,まだ社会が擁護する雰囲気じゃないかなあと思うからなのだけど,実のところこれがいつまで続くのかも分からない。今までずっとそっち側(反−都市側です念のため)が勝ってきたようなものなわけだから,現状の雰囲気だけでこれからどうなるかを考えるのは,ちょっと早計な気がする,というだけですが。

*1:赤木須留喜,1977,『東京都政の研究』未来社。ちなみに,記事中に書いたように,大都市制度のようなメタ政策の議論は,あんまり本質的な対立軸(僕は都市−農村/中心−周縁だと思ってるけど)を引き立てにくい。むしろ,そういった対立軸という観点から,大阪の大都市制度を考える上でぜひ読む文献を上げるとすれば,持田信樹先生の『都市財政の研究』ではないかと思われる。あるいはそれ以前に社研の紀要に発表された「日本における近代的都市財政の成立(一)(ニ)」。これはこの問題を考えたい人にはぜひお勧めしたい。

都市財政の研究

都市財政の研究