そんな文科。

あの文科省という役所は,どうも僕の理解の埒外にあるようで…。何ていうか,現実はどうあれ,戦わなくてはいけない原則的なところで戦うことを放棄し,どうでもいいところに拘る傾向があるんじゃないか。

高校の必修科目の履修漏れ問題に対する救済策について、伊吹文部科学相は31日、「与党と調整が残っているが、300は現実にできない。70が一つの手がかりだ」と述べ、公立、私立を問わず、補習を課す上限を2単位分の70コマ(1コマは50分授業)とする方向性を示した。必修科目の単位をとらないまま卒業してしまった生徒については「本人に重大な瑕疵(かし)がない限り、第三者による取り消しはできない」と述べ、卒業資格を取り消さないことを事実上認めた。閣議後の会見で明らかにした。

 70コマを軸に調整することについて、伊吹氏は「(未履修分を)100%やれと言うのはいいが、現実にできないことをやれと言って、社会が大混乱しても困る」と指摘。「大部分の人が(未履修分は)70(コマ)であり、一つの手がかりだと思う」と述べた。
11月1日朝日新聞の記事より
http://www.asahi.com/special/061027/TKY200610300371.html

確かに,「現実にはできない」かもしれない。しかしやっぱり認め方という問題があるんじゃないだろうか。ここで,「なし崩し的に」「必修科目の単位をとらないまま卒業してしまった生徒」を認めてしまうのであれば,そもそも高校生の必修科目って何ぞや?っていう議論になることは考えないのだろうか。高校の必修科目が法律によって決まっているというのは聞いたことがないが,おそらく他のいろいろな分野と同じように,単なる要領や要綱をあたかも法であるかのように運用してきたのだろう。その間に,高校は需要先(大学入試)を見ながらカリキュラムを組んでしまった。もし,要領や要綱が文科省にとって,法と同様に扱うべき一般原則であれば,(原則というものを持たない)マスコミがどれだけ批判したところで,自分たちの原則をまさに墨守すべきではないだろうか。そうでなければ,文科省の原則が,みんなでわたれば怖くない的な,「その程度の」原則であるということを周知する結果になり,長期的には自らの首を絞めることになるんじゃないか。
個人的には,そもそも義務教育でない高校教育について,全国一律の「必修科目」というものが存在する意義がよくわからない。例えば,私立高校を出て私立大学に通う人たちにとっては,文科省なんて関係ないよ,って考える人は少なくないんじゃないだろうか。*1実際,結局のところ,高校は文科省ではなく,生徒の需要先であり自分のところへの受験生を増やす宣伝材料になる大学の方を見てるわけで。なんで,問題はどっちかというと大学(受験)にあるんじゃないか?…というと,じゃあ今度は入試科目を縛る!とか喚きだしそうですが,たぶん既に国立は受験科目多いし,私立は少ない。私立の大学を縛るっていうのはさすがに無茶な話だと思いますが…。*2
高校にしても大学にしても,「この人はもうどこに行っても通用しますよ」といういわばプロダクトアウト的な送り出し方ができるところは既に限定されていて,大学あるいは企業が需要/受容するような「人材」をマーケットに出していかないと商売が成り立たない。商売に比べられたら,法律でもなんでもない文科省の「必修」なんてそら無視されるのはまあ当然といえば当然か。とはいえ,大学だって最近は「企業のインターンに行ってきますから」とか言う理由でゼミや授業にこない人にも単位を出さないと怒られちゃったりするらしい。そんなんだったらもういっそのこと中卒で会社に入っちゃえばいいのに,あるいは企業も中卒採用したらいいのに,って思っちゃったりするのですが,何でそれはしないんだろう。
これは実はちょっとだけ面白いかもしれない(話が脱線)。

  • 最近では企業が大学3年生以降の生活をかなり拘束し,大学の間の教育に期待していないと考えられる以上(あるいは僕の思いつかない理由で大学1・2年生の教育のみが重要だと思ってるのかもしれないが),やはり大学に期待する効果としては選別っていうだけか。
  • 要するに企業が自分で選ぶのは,不確実性も多いから,ある程度選抜が終わったところをつかむほうが楽だと。(ただし,そうすると,大学入試という選抜は,一応その人の能力(人的資本?)で決定される,という前提は必要か)
  • でもじゃあそういうのを無視して,うっかり「学歴不問!」とか大声で叫ぶ人たちは何で高卒/中卒をとらないんだろう。*3もちろん,高卒/中卒が,(「普通」の人が大学に行くのに行かなかったという意味で)ドロップアウトを表象する可能性はある。でもそんなのは「優秀な高卒を採ります」とか言えばいいような感じがしたりするのですが。たいていそういうこと言う会社は「年次関係ありません」とか言うわけだし。
  • まあ答えは単に既存のシステムを壊して新しいシステムを作るのがめんどくさい(コストがかかる)から,っていうだけでしょうが。きっと超優秀な高卒とっても処遇できないんだろうし。

昔の大学にとっては,学歴による区別ができないでそのほかで評価されるときのために,学生を放し飼いにして「遊び」を覚えさせることが企業の需要にかなう行動だったんだろうけど,最近は違うだろうからなぁ…。むしろ昔とは逆に,いかにくそまじめで勝手に燃え尽きるまで走り続けて,さらにそれについて文句を言わない人を作るのか…っていうのは難しい。

*1:もちろん,私学助成というかたちで公的なカネが入ってるという話はある。でも,じゃあそもそもなんで私学助成っていうかたちでカネ入れてるの?あるいは私立学校っていうのは公教育を担ってるの?っていう質問をされたときに,文科省は説得力のある回答をすることができるんだろうか

*2:まあ私立に勤める可能性がある身としては,できるだけ必修が多いほうがいいけど。

*3:いやもちろん学歴見てるんでしょうけどそれはとりあえず置いといて