政党における中央地方関係

朝日新聞の記事から。何気なく書いているような感じがするけど,この内容は極めて興味深い。

ポスター、誰と写る? 宮城は党首より知事に人気
 衆院議員の任期満了まで半年と迫った10日から、公職選挙法の規定により、候補者だけが写る「選挙活動用ポスター」を張ることができなくなり、別の政治家らと一緒に写る「政党用ポスター」への切り替えが必要となる。トップへの信頼が揺らぐ中、誰と一緒に写ったポスターにしたらいいのか、自民、民主両党の国会議員や立候補予定者が苦慮している。

自民党宮城県連は2月18日、村井嘉浩知事に衆院選の候補者のポスターに知事の写真を載せる許可を求める文書を提出した。
元県連幹事長の村井知事は県内で人気が高く、低支持率に悩む麻生首相や閣僚よりも「安全」というのが各陣営の本音。秋に知事選を控える村井知事は「メリットもデメリットもあるが、すべて承知の上」で要請を受け入れた。
この結果、県内6選挙区の立候補予定者のうち、4氏が村井知事との2ショットを使うことを決定。5区の斎藤正美氏も検討中だ。西村明宏衆院議員(宮城3区)の秘書は「中央情勢は混迷している。後援会などで誰に会いたいか聞いたら村井知事の名が多く挙がっていた」と話す。

これまで中央地方関係というと,基本的には中央省庁と地方自治体の関係の議論ばかりだったわけですが,もちろん政治家にも中央地方関係はあるわけで。おそらく最も有名な議論は,井上[1992]を代表とする,中央の国会議員による地方議員の「系列化」というものでしょう*1。しかしこういう系列関係というのは中選挙区時代に広い選挙区を複数の県議を中心とした地方政治家でカバーしないといけないからこそ重要であるというわけで,小選挙区制の導入によって系列関係というものが変わっていくのではないか,という指摘はこれまでにされてます。個人的に注目しているのは,この選挙制度の変化に加えて地方分権改革によって知事の権力が強まっているところです。そのうち出版が予定されている本に一章書かせていただいたテーマですが,従来は「箇所付け」などに代表されるようなところで中央の国会議員が地方における具体的な政策に対して重要な影響力を行使していたと考えられるのに対して,最近では地方における具体的な政策については知事の持つ影響力が(当たり前といえば当たり前なのかもしれませんが)強まってきているのではないかと。言い換えると,Scheinerさんが出されているようなClientelismの議論では,中央の政治家が補助金を通じて地方の有権者に対して直接サービスを行うために,地方の都市部で「革新」が勝利したとしてもなかなか中央での政治的な流れに繋がらない,というようなものでしたが*2地方分権改革のひとつの帰結として,こういうClientelismを行う主体が国会議員から知事の方に移っていくのではないかな,と。そのとき,県議などの地方政治家が知事を中心にまとまろうとするのは割と想像しやすいわけですが,中央の国会議員も同様に知事の方を向くことになるのかもしれません。中央の有力政治家との関係を強調するよりも,知事との関係を強調したほうが,選挙民に対してアピールする部分が大きいと。
これはなかなか中央の国会議員にとっては厳しい話なのではないかと。こういう風に厳しくなるのは,中央の国会議員が行う有権者に対するサービスと,地方政治家が有権者に対して行うことができるサービスが競合しているというところに原因があるような気がします。また有権者から見ても,中央の国会議員と地方政治家の政治的な能力はあんまり変わらないし,場合によってはより地元の要望に柔軟に対応できそうな地方政治家に分がある部分も出てくるのではないかと。あるいは,当選回数が少なくて,具体的な案件になかなか携わることができない若手の国会議員よりも,知事や市町村長といった首長ポストの方がよっぽど政治的なマヌーバリングに長けるということが当然になるのかもしれません。本来だと両者に必要な政治的能力が競合しないようなデマケがあるといいんだろうなぁ,と思うわけですが,そうすると国会議員が選挙に勝てない,という話になるのがなかなか悩ましいところなんでしょうか。

追記

「政党用ポスター」への切り替え,という話がよく意味がわからなかったのだけど,これは任期満了選挙だから起きる現象らしく,満了の半年前から個人ポスターが禁止されるらしい。「誰か」を選ばないといけないという話なので,「麻生総理の不人気」が強調される分,分権の結果だけによるものとは言えないことは付け加えなくては。しかしそれでも党中央の幹部・有力議員ではなく知事を選ぶということはひとつの象徴ではあると思うけど。なお,なぜか読売新聞が全国調査をかけていて,自民党の議員で人気があるのは舛添大臣・小渕大臣・石原幹事長代理などらしい(他の地方紙も似たような感じ)。こういう調査のデータ公開されないかなぁ。すごく使ってみたいんですけど…。政府なら情報公開請求を考えればいいんだろうけど,新聞社の場合はどうなのだろうか。
総選挙ポスター誰と?ここでも麻生氏離れ、舛添氏ら人気に(読売新聞)
自民は麻生総裁写真なし 衆院選各陣営、ポスター張り替えへ 信濃毎日新聞
麻生首相の人気低迷 作製見送りや作り直し ポスター 誰と写る?東京新聞
麻生首相、小沢代表の不人気不安 新ポスター党首離れも 衆院議員任期満了まで半年西日本新聞
ちなみに,無所属で出馬する候補者は顔写真を入れたポスターを出せずに政策内容をまとめたポスターを貼ることになる模様。毎日新聞の記事では,栃木県でやはり福田知事が人気になっていることと,無所属の渡辺議員が政策内容をまとめたポスターを用意していることを伝えている。
選挙:衆院選 きょうから個人ポスター禁止 麻生首相、小沢代表は“敬遠” /栃木

◇ツーショット相手、人気は福田知事や簗瀬代表
次期衆院選に向け、公職選挙法では任期満了(9月10日)の半年前に当たる10日から衆院選の公示までの間、候補者個人のポスター掲示は禁止される。前回選挙までは、首相や党代表との「ツーショット」ポスターを掲示する例が大半だったが、今回は支持率低迷に悩む麻生太郎首相や、献金問題で秘書が逮捕された民主党小沢一郎代表との撮影を“敬遠”するケースもみられる。代わりに自民では福田富一知事が、民主では簗瀬進県連代表が相手として人気で、公示までに交代もありうる「党の顔」より好まれているようだ。

*1:井上義比古[1992]「国会議員と地方議員の相互依存力学−代議士系列の実証研究」『レヴァイアサン』10、133-155.

*2:Ethan Scheiner [2005] Democracy Without Competition in Japan: Oppostion Failure in a One-Party Dominant State, Cambridge University Press.

Democracy without Competition in Japan: Opposition Failure in a One-Party Dominant State

Democracy without Competition in Japan: Opposition Failure in a One-Party Dominant State