地方自治体による規制強化(12/14追記)

Twitterを見てたらisologueさんが非常に興味深い話をRTしていた。理容師・美容師に対する地方自治体の規制が進んでいるらしい。

「1千円カット」も洗髪設備を、義務化が加速
「カットのみ、10分1000円」など低価格を売りものに店舗を増やすカット専門の理容店にも、洗髪設備を設置するよう条例で義務付ける動きが加速している。
店が全国に広がり始めた2007年以降、条例を制定したのは10県。06年以前の条例化も合わせると19道県となり、宮城、山形両県は開会中の県議会に条例案を提出した。「髪を洗わないのは不衛生」という理由だが、カット専門店からは「営業に支障が出る」と反発の声が上がっている。
平日の夕方。仙台市のカット専門店に仕事帰りのサラリーマンらが次々と訪れた。「安さが魅力。1、2か月に1度来ます」と、単身赴任の会社員(59)。週末は親子連れも目立つ。宮城県によると、県内のカット専門店は75店。大半に洗髪設備はなく、散髪後はホースで細かい毛を吸引する。吸い切れない分もあり、店員は「早めに洗髪を」と声をかける。
こうした営業形態に、既存店が加盟する県理容生活衛生同業組合などは今年2月、理美容店には洗髪設備の設置を義務づけるよう県議会に請願した。日野恒雄理事長は「新型インフルエンザが騒がれる中、業界の信用にもかかわる」と主張。県は一般に意見を募り、義務化賛成が多数を占めたため提案に踏み切った。
カット専門店大手の「キュービーネット」(東京都中央区)は「ホースの口は使うたびに滅菌器にかける。自治体による衛生調査でも基準を満たしている。条例化の本当の理由を知りたい」と反発。仙台市のカット専門店店長(40)は「洗髪すると時間がかかり、客を待たせる。値上げも検討せざるを得ない」と言う。首都圏の別業者は「既存業者の組合の要請を受けた行政による不当圧力」と憤る。
一方で、理美容店のハサミやくしの消毒状況を点検した千葉県は「カット専門店と既存店に衛生管理上の違いはない」と条例化を見送った。ほかに岩手、大阪など7府県も見送っている。

新型インフルエンザがどうこう,というのは,個人的にはあんまり関係ないと思いますが,まあそこは置いといて。Twitterの議論を見ていると,どこで髪を切るかなんていうのは基本的には消費者の選択であるべきであって,政府に心配してもらう必要はない,という感じ。それはその通りだと思いますし,付け加えるところは別にないですが,ちょっと調べてたら地方分権を考える時に面白そうだったので,完全に技術的な話だけですが,備忘ということでメモ。
まず記事では理容店の話になってますが,関連するのは理容師のみならず美容師も,ということですね。QBハウスのような営業形態は理容師だけなのかなぁ,と思ったりしたのですが,ちょっと調べてみた限りでは特にそういう縛りはなかったようです。まあこの理容師か美容師か,というのもよく分からない話で,ざっくり言うと理容師が男性向け,美容師が女性向けで,顔そりをするかどうか,あとは店の前で青と赤と白のネオン?がくるくる回ってるかどうか,ということで区別が入るみたいです。でも最近は女性向けに簡単に顔を剃るサービスをする美容師というのもあるそうで,その違いはますますよくわからないことに*1。どういう違いがあるのか僕のような一般人にはよくわからないものの,有名な話として,「理容師美容師の同一店勤務の禁止」という規制があります。要するに,美容室では美容師のみ,理容室では理容師のみしか働いてはいけないと。一般人にはあまり違いが分からないというくらいですから,業界の方でも規制撤廃を求めていて,特に今回の記事で話題になっているQBカットなんかも厚労省にその規制の撤廃を求めています。規制改革関係の会議(現在は規制改革会議)でもこれはよく話題になっていて,政策研究大学院大学の福井先生なんかが,この規制撤廃要請に対する厚労省の回答があまりに意味不明だとして批判されていることでも有名ではないかと*2厚労省は,理容師と美容師の教育課程が違うから一緒にしてはいけない,という主張で,この記事によれば2008年現在でも規制は維持されているようです。この話だけでも長くなってしまいますが,本題はここではないのでこの辺で。
この理容師と美容師についての規制は,現在のところ国の理容師法理容師法施行令理容師法施行規則美容師法美容師法施行令美容師法施行規則というやつがあります。そんなに長くない法律なのでまあ簡単に見てみると,両者はまあ非常によく似ているw*3 まず両法についてみると,条文のほとんどは,指定試験機関と登録について書かれていて,理容室・美容室についての記述は,非常に少ない。

(理容師法)
第十二条  理容所の開設者は、理容所につき左に掲げる措置を講じなければならない。
一  常に清潔に保つこと。
二  消毒設備を設けること。
三  採光、照明及び換気を充分にすること。
四  その他都道府県が条例で定める衛生上必要な措置
(美容師法)
十三条  美容所の開設者は、美容所につき、次に掲げる措置を講じなければならない。
一  常に清潔に保つこと。
二  消毒設備を設けること。
三  採光、照明及び換気を充分にすること。
四  その他都道府県が条例で定める衛生上必要な措置

両施行令では,登録・試験の手数料とか,営業場所の例外が書いてます*4。さらに両施行規則では,免許・登録と試験の詳細,さらにここではじめて理容室/美容室をどうやって作らないといけないかが出てきます。具体的には「皮膚に接する器具」とか「消毒の方法」「清潔保持の措置」「採光、照明及び換気の実施基準」とかそういうこと。でも面白いことに,両法ともに,「洗場は、流水装置とすること」(理容師法施行規則26条2,美容師法施行規則26条2)とあるものの,洗髪施設を作ることは必要とされていません。だからこそ,ここにQBハウスが参入する余地があったと捉えることができるわけです。
しかし,曲者なのは理容師法12条・美容師法13条の4項,「その他都道府県が条例で定める衛生上必要な措置」。これは規制について都道府県に条例委任していて,冒頭の読売の記事はここで条例による規制ができてるんだ,という話をしていることになります。で,読売の記事でも例として出ていた富山県について見てみると,富山県は理容師・美容師について以下のような規制を行っています。

富山県理容師法施行条例 ◆平成11年12月22日 条例第51号
富山県理容師法施行規則 ◆昭和34年12月05日 規則第50号
富山県美容師法施行条例 ◆平成11年12月22日 条例第52号
富山県美容師法施行規則 ◆昭和34年12月05日 規則第51号

これを見てみると,規則が先で条例が後でできています。これは,地方分権一括法の影響を受けているものであり,フォローアップを行った地方推進委員会の資料によれば,「理容師法/美容師法に基づく、理容/美容の業を行う場合に講ずべき措置及び理容所/美容所について講ずべき措置の設定、理容所/美容所の開設届の受理、構造設備の検査などが、機関委任事務から自治事務となった。」ということで,自治事務化によって条例ができることになったと。で,まず条例を見ると,

富山県理容師法施行条例
第2条2 法第12条第4号の規定による理容所について講じなければならない衛生上必要な措置は、次のとおりとする。
(1) 理容所は、理容の作業を行う場所(以下「作業場」という。)及び待合場に区分し、それぞれの使用に適した広さ及び構造とすること。
(2) 作業場には、消毒設備のほか、手洗い設備及び洗髪設備を設けること。
(3) 作業場には、換気を十分に行うことができる設備を設けること。
(4) 前3号に定めるもののほか、規則で定める衛生上必要な措置

ということで,都道府県に委任された部分で洗髪設備を作ることを義務付け,それ以外のものをさらに規則に委任する,というかたちになってます。規則の方はさらに大変で,

富山県理容師法施行規則
第7条 条例第2条第2項第4号の規則で定める衛生上必要な措置は、次のとおりとする。
(1) 理容所の床面積は13.2平方メートル以上とし、天井の高さは2.1メートル以上とすること。
(2) 作業場の床面積は、設置する理容用椅子が1台の場合は9.9平方メートル以上とし、設置する理容用椅子1台を増すごとに3.3平方メートル以上の床面積を増すこと。
(3) 作業場には、布片及び器具をそれぞれ消毒の終わつたものと終わらないものとに区分して入れることができる容器等を備えること。

美容師関連については書きませんが,条例の方は一言一句同じでw,規則の方は,(1)理容所は13.2平方メートル以上の床面積が美容所の場合は16.5平方メートル,(2)美容師の方は,作業場の床面積として設置する美容用椅子が「3台以内」の場合に13.2平方メートル以上で,椅子1台を増すごとに1.65平方メートル以上の床面積を増すこととなっているところが違います。よくわからないところではありますが,要するに理容室は椅子1台から,美容室は椅子3台からってことなんでしょうか。そうすると,美容室の方が比較的参入が難しい→だからQBハウスは理容室,って話になるのかもしれません。もうちょっと調べてみると,都道府県によって規制の仕方はまちまちで,富山県はたぶん厳しい方に属します。この手の理容室・美容室の内容について割と細かいところまで条例で決めているところもあれば(例えば大阪),条例が見当たらないところ(例えば香川),他には客待ちスペースの下限を定めてるところもあるようです。
ぐだぐだと書いてきましたが,国の法律としては,これは条例委任をしているものと理解できるのではないかと思います。富山県の場合,条例で大枠を決めて細則は規則に委任とされているわけですがが,そのうち洗髪施設は条例で規定されると。ちょっと調べてみても機関委任事務の時代の規則/細則がどんなものなのかよくわからないところではありますが,規則自体が昭和30年代くらいに成立していることを見ると,機関委任事務時代の規則が現代の規則の雛形になっていると思われます。そうすると,今回の分権委の義務付け・枠付けの見直しでもそうですが,国レベルでの規制は緩やかにしようとしても,地域によっては地方レベルで以前の規定がそのまま残ることは十分に想定されるということかと思われます。また,一方で,地方分権が進む中で国レベルでは規制をくぐり抜けたものが地方レベルで引っかかることも考える必要も出てきます。今回の理容師・美容師の件でも,富山県では理容師の方が参入が容易であるのに対して,例えば大阪府ではどちらも条例による規定ですが,理容師に関する規定の方が詳細なものになっているようです。直感的には大都市で美容師が多いのではないか,と思ったりするわけですが,地方の方が国よりも細かく利益集団の虜になりやすいことが想定されますし(特に議会),そのうえ妙にパターナリスティックなところがあることを考えると,分権化による規制強化だって十分にありうるわけです。理容師・美容師の洗髪施設の例は,ここのところをよく示す事例であり,自治体の裁量を増やすといっている以上はここのところも評価しないといけない,と思われます。ちなみに,業界の意見としては,例えばこういうものがあるようです。ここでは,QBハウスのような1000円でのカットが進出していない地域で予防的な条例化が行われることで,「安売り店の出店規制ととらえかねない」ことを危惧しています。で,むしろ国レベルの理容師法・美容師法を改正するべきだ,という話になるわけですが,筋としてはまあねぇ,と…(個人的には冒頭書いた通りですが)。新政権では分権委の第三次勧告を受けて,義務付け・枠付けを見直していくわけですが,その結果として条例化が進むとき,住民にとっても団体にとっても微妙に再集権化への思惑がありうる,ということは意識しておく必要があるのかもしれません。

追記

J-Castニュースで報道されていた,オフィス街「路上弁当」規制強化 周辺飲食店が安売りに「待った」も,地方自治体による規制と言える。この場合は中央区の条例を事例に,利益団体と新規参入者の関係が描かれている。このあたりの論点はいろいろと興味深い。国が規制しているという前提のもとで,国の規制を緩める側の意思決定が難しく制限されているとなると,観察可能なのは規制を強化する話にしかならないだろう。また,規制をかけようとしても,そのための資源が不十分ではないために,実際に規制を行うのは難しいかもしれない。中央区の場合は,批判した「路上弁当」をひとつひとつ見つけていくというPolice Patrol型の規制になってしまうわけで,そのためには職員も予算も必要になってくる。洗髪施設の場合には,一度作った洗髪施設を廃棄するのは店舗にとっても無駄だとすれば,事前の規制ということでいいのかもしれないが。いずれにしても,資源制約がある以上,規制対象の広がりと規制の実効性はトレードオフになりがちなので,住民が求めそうな細やかな事後規制をたくさん作ろうとすると,実効的じゃない規制が増えて条例に対する信認が落ちる,っていうことも考えないといけないかもしれない。このあたり,行政学の「ミッシング・リンク」といわれがちな執行過程に関する研究で,最近興味深い著作が出ている。まだ読み終わってないけど,分権と地方政治の関係でも議論できるかもしれない。

行政上の義務履行確保と訴訟法務「強制する法務・争う法務」

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行政法の実施過程―環境規制の動態と理論

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*1:ちなみにずっと美容室で美容師さんに切ってもらってましたが,最近は近いので理容室で理容師さんに切ってもらってます。出来上がりについては自分の髪にもかかわらず僕はほとんど区別できませんが,顔を剃ってくれるのはいいかなぁ,とは思ってます。

*2:福井秀夫,2004,『官の詭弁学』日本経済新聞社。確かにこの本を読む限りではちょっと無理がある気が…。

官の詭弁学―誰が規制を変えたくないのか

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*3:どうでもいいですが,あまりにも似ていることもあって,厚労省自身が以前両法施行規則についてのパブリックコメントを一緒にとってます。「理容師法施行規則及び美容師法施行規則」の改正に関する意見募集結果について

*4:どうでもいいシリーズ第二弾ですが,両法ともに理容師/美容師が結婚式場とかで働くことを認めてます。そこで例えば新郎の両親がなじみの理容師連れてきて,新婦が知り合いの美容師に頼むとかで一緒になったらどうするんだろうか。