売り場面積増床規制(12/22,1/31追記あり)

最近,自治体の条例の話が多いですが,今回は新潟県加茂市が売り場面積の規制を行った話。時事通信の官庁速報から。

新潟県加茂市は、条例で禁じた店舗増床をしたとして、衣料品店を全国展開する「しまむら」(さいたま市北区)の刑事告発に踏み切った。この条例、市が同社店舗の増床を阻止しようと制定したものだが、協議での解決へ持ち込もうと市の打った手が、むしろ両者の溝を広げる結果となってしまった。
今回、問題となっているのは「しまむら加茂店」の売り場面積を従来の約980平方メートルから約1130平方メートルに増床する工事。増築ではなく、建物内の仕切りを取り払って売り場面積を広げるというもの。
同社は1月、大規模小売店舗立地法に基づき、県に増床について届け出た。その後、県からの問い合わせで、市は同店の増床計画を初めて把握。市は、危機にひんしている地元商店街の保護を理由に計画撤回を求め、担当者が同社を訪れて文書や口頭で申し入れ、「条例での規制も検討している」などと伝えたが、聞き入れられなかった。市担当者は「できれば、話し合いで解決したかった」と無念そうに語る。
協議が進展しないため市は7月、売り場面積500平方メートル以上の店舗の新築や増築を禁止する条例を制定するという強硬策に打って出た。県は両者の間を取り持とうとしたが実らず、期限の9月、生活環境保持の観点から問題ないとして増床を容認。それを受け、同社幹部が市役所を訪れ、計画通りの増床を通告し、工事を行った。
条例では、違反に対し最高で罰金50万円を定めているが、原状回復の規定はない。市は「あくまで原状回復を求める」とし、同社が応じなければ民事訴訟も視野に対応すると強硬。一方、同社企画室は「まだ警察から連絡がない」とした上で、「届け出時に条例はなかった。法令に従い、適切な手続きを踏んだ」と主張している。
現時点で両者が歩み寄る気配は全くなし。県警加茂署は告発を受理し、「両当事者からの聴取など捜査を進める」としており、ひとまずは同署の判断に委ねられた格好となっている。

これも非常に興味深い例。経緯を整理すれば,まず「しまむら」が増床を届けなくてはいけないのは大規模小売店舗立地法(有名な大店法の後継たるまちづくり三法のひとつ)による規制が掛かっているからで,この所管は県であるということになります。細かいところまで確認してはいませんが,加茂市については(もちろん国の)法律的に「しまむら」の行動を縛る手立てがないような感じ。ただ新潟県が「しまむら」の行動を縛れるかどうかというと微妙です。以前の大店法であれば,1500平方メートル以上の売り場面積を持つ小売店は通産省の,500平方メートル以上であれば都道府県の所管であって*1,出店に際しては地元商工会議所・商工会の意見を聞く必要があり,場合によってその意見を踏まえて売り場面積の削減が勧告される場合もあることになっていました。しかも実質的な運用としては地元の「同意書」が必要になるということで(そのあたりが日米構造協議で批判されて政治問題になるわけですが),まあ今回のように「しまむら」が売り場面積を広げる,というときでも地元の自治体としては縛れないこともない,という制度設計になっていたわけです。
今回は,大店法によるような事前の縛りがない中で出店計画が持ち上がった,そして加茂市としては法的にそれを止める手立てが無い,という状況において,記事ではもともとの狙いとしては「しまむら」側との話し合いで増床を回避するという志向であったとされています。前回取り上げた平田さんの本で言えば,両者ともに協力的なかたちで解決することを志向したと。たぶんこの条例というのは,「しまむら」から協力を引き出すためのひとつの手がかりとして,ブラフとして設定されている事になるのだと思われます。しかしながら,このブラフは結局のところ効かなかったと。ここについてもいろいろ議論はあると思いますが,水質汚濁防止法のように国が強力に背後に存在することになってる法定受託事務と,今回のような自治体の独自条例では,規制される側の受け止め方が違う,というのもひょっとするとあるかもしれません。
まあとにかく,両者の協力による解決はうまくいかなかったと。そうすると,次には前回の話で言えば鈴木さんの議論に行きます。自治体が独自に作った条例の目的をどのように達成していくか,という論点。記事によればまずは刑事告発ということで,自治体の条例で定められた行政罰の適用がどうなるかという話。(まさに昨日鈴木さんと少しお話してたのですが)この手の条例の場合は,普通警察ときちんと調整した上で行政罰を設定することになっているそうですが,加茂市が警察とどのように調整していたかは今のところちょっとよくわかりません。とりあえず告発は受理されたわけですが,記事の通りであればまあ罰金50万ということで,自治体の目的たる売り場面積への規制を実現できるわけではありません。言い方変えれば,罰金50万という行政罰では,「しまむら」のインセンティブを誘導できるほどではなかった,という結果になるのではないかと思われます。
行政罰の効果がない,となると民事訴訟も辞さないということでしたが,僕の理解では,このように自治体の目的を実現するために裁判という手続きに訴えるのは違法だ,というのが例の宝塚市パチンコ条例訴訟の結論だと思うのですがどうでしょうか。行政法学には疎いのでその可能性についてはあんまり検討できませんが,仮に裁判手続きができない/勝てないとなると,もう自治体の目的たる売り場規制を実現する方法というのは現実的にはなくなってくるような気がします。市職員がバリケード作って売り場の一部を占拠する→今度は「しまむら」が訴えて…,というとネタでしかないような気もしますが,たぶんこの「バリケード作って…」みたいな強制手段を自治体が持つべきなのかどうか,というのはひとつの論点なのだと思います。今回の規制が望ましいかどうかは別として,このような自治体の目的を実現するのにどうすればよいのか。一方の極端としては,自治体自身に「裁く」権限を与えるべきだと考える人がいるかもしれません。連邦国家の州のように,自治体の中で完結した法体系が存在すべきだ,というのは議論としてはありうるとは思います(まあどのレベルでやるかというのはあるとして)。また,裁判手続きを通じて自治体の目的を実現する,という手段を認めるべきだ,という議論もあり,それはそれで穏健なひとつの考え方だとは思いますが,「自治体の目的」を国の機関である裁判所が判断するというところに気持ち悪さを感じる人もいるかもしれません。もちろんその「目的」の内容にもよりますが。直観としては,「目的」を共有する集団Sharing Communityが「国」レベルでしか想定されていないところにやや気持ち悪さがあるのかもしれません。個人的には日本について言えばSharing Communityは基本的に国にしておいた方がいいと考えてはいるのですが,「地域」特有の目的だってあるわけですし。単純に考えるならば,「国」レベルでの目的と,「地域」レベルの目的のデマケーションが問題,ということになるようにも思います。…どうもまとまりませんが。

追記

J-Castニュース「しまむら」狙い撃ち 「刑事告発」条例は異例と報じていた。記事の中で,建築基準法に基づく条例ということが書いてあったので調べてみたが,加茂市議会で2009年7月17日「加茂都市計画地区計画による建築物の制限に関する条例の制定について」という議決があった。しかし残念ながら条例そのものについてはインターネットでアクセスできない模様(できるようなら教えてください)。一応行政学をやっているわりには都市計画には詳しくないのですが,国交省の官僚がインタビューで建築基準法に基づく条例だと話しているのを踏まえると,この条例はおそらく建築基準法に基づく建築確認そのものを止めようとするものではないか*2。そうすると,宝塚市パチンコ条例のように,建築確認とは独立して,市民が考える景観の保持のような発想で規制するものとは違うのかもしれない。一方で,ここはよくわからないのですが,建築確認については手続き的なものであって,最近は地方自治体の建築主事の他に指定確認検査機関に属する建築基準適合判定資格者が同等の権限を持ち審査を行うことができるので,そこに持ち込むというある種の抜け穴はないのだろうか。
あるいはひょっとすると都市計画法における開発許可制度を利用しているのかもしれない。その場合,基本的に問題になるのは都道府県知事などだが,新潟県の場合地方自治法252条の2の17による「条例による事務処理の特例」で都市計画区域を有する市町村に対して都市計画法に基づく開発行為の許可を委任しているので,都市計画区域を持つという加茂市はこの権限を持っていることが予想される。これはまさに地方分権改革推進委員会でも第一次勧告の前に強い関心を持って議論されていたところだし,農地と並んで市町村長の関心が高いと聞くところで,地方分権というものをどう考えるかという本丸に近いのではないか。ただ,開発許可の場合に問題になるのは土地利用ということだと思うので,今回の増床が土地利用の変更を含んだものなのかよくわからない,というところもある。まあいずれにしても,加茂市の条例の中身がわかってこないので何とも言えない。もう少し継続的に観察していく必要があるだろう。

さらに追記(1/31)

朝日新聞新潟版で続報。うーん,なかなか因縁は深いのね,という感じ。1996年に建物が完成した時点から面積としては大きくて,法律の制限(1000㎡)以内で収まるようについ立てを作り,今回はそれを撤去したということらしい。当局から見ると規制を蹂躙したやり方で許すまじ,と怒る感情はわからないこともないけども,しまむらの側も実はリスクを取っていることは評価すべきではないか。規制緩和を見越してといってもずっとされないかもしれないし,規制緩和されたと言っても(今回のような届出ではなく)市の同意とか許可が必要になる形態であれば,やはりつい立てを取ることはできないかもしれない。それでもつい立てで使えない部分の固定資産税も払っているわけで,事業者の側としては,将来の規制緩和で使えるようになる可能性と,固定資産税の支払いを天秤にかけて判断しているのではないか。それがダメだというのはなんだかなぁ,と思ってしまうところだが…。とはいえまた別の因縁が出てくるかもしれない。この話は論文にはならないとしても,「地方自治」というものを考えるときに重要なケースになるのではないかと思われるところ。

*1:1991年の改正で,通産省に届出になるのは3000平方メートル以上になった。なお指定都市ではもともとが3000平方メートルで,改正後は6000平方メートルとなっている。

*2:国土交通省住宅局市街地建築課で行っている建築行政は,主に建築の構造や安全性などをが中心的な問題になっているように見える。