長の兼職

『「フクシマ」論』を興味深く読んでいるのだが(この本についてはまた機会があれば別に書きたい),その中でちょっと気になる一節が出てきて,思わず調べてしまった。

それは,この混乱の背景に,辞職した初代知事である木幡が,当時兼職が禁止されていなかった県議会議員と職を兼ね,むしろ県議会での仕事を主たる仕事としていたことがあったことにも明らかだ。木幡の辞職の後,48年12月に尊重に就任した斉藤は,…(後略)…(199頁)

ん?福島県知事で木幡って人いたっけ?と一瞬思ってしまったのだが,よく読めばわかるように,これは後に原発が作られることになる大熊町の全身である大野村長の話で,「初代知事」は「初代村長」の誤植。文脈的にもここで知事が出てくるとワケワカメだが,普通に読んでれば村長だなぁ,と思うのでこれは超細かいお話。もし読んでいて??となった方がいたらご参考になれば,っていう程度です。
で,まあこれはきっかけに過ぎず,そういうこともあったっけなぁと思いながらちょっと前の地方自治法の逐条研究を調べてみたら,非常に興味深かった。逐条解説によれば,現在の地方自治法が制定される以前は,知事は衆議院議員(〜1925),貴族院議員(〜1946)との兼職が許される時期があった他,場合によっては他の府県の議員になったりできるなど割とフリーダムだった時期もあるようだが,だいたい1946年(戦後)の道府県制で兼職禁止になっている。他方,市町村長については,選挙事務を担わされていた関係で,衆議院議員の被選挙権が制限される形で兼職禁止だったが,1947年に一般的に衆議院議員との兼職が禁止になる。で,府県議員・市町村議員との兼職についても,市町村長が有給吏員であることで禁止されていた格好になっている*1。他にも有給の仕事(会社の取締役とか神職とか教員とか)との兼業が禁止されていて,市町村長の方が結構兼業禁止はキツイ。
1947年に制定された地方自治法では,旧制度をほぼ踏襲する形で,「普通地方公共団体の長」は,衆議院議員参議院議員,当該普通地方公共団体の議会の議員,すべての地方公共団体の有給の職員との兼職が禁じられることになった。これは知事と市町村長を分けるのではなくて,「普通地方公共団体の長」というかたちで一括りにしているところが新しい。ただまあ読めばわかるように,議員については「当該普通地方公共団体」の議員との兼職禁止なので,市町村長が府県議会議員になることは可能だったということになる。それが変わったのは1948年の地方自治法改正で,「当該普通地方公共団体の議会の議員及び地方公共団体の有給の職員」という文言が,「地方公共団体の議会及び有給の職員」となったからであるという。
ここのところの逐条解説はなかなか興味深くて,政府原案ではこの点従来通りとしながら,この兼職を禁止する考えはないか,という質問に対して,

他の公職との兼職はできるだけ避ける方が適当であるとしながらも,この県職によって府県会の議事運営の内容が充実し,建設的になる長所もある

と答弁していたらしい。しかし結局当時のGHQとの折衝の結果,市町村長の職務専念義務を重視して,兼職禁止の範囲が拡大されたということ(『戦後自治史?』)。
こういう昔の資料を見てると,やっぱり地方制度というのは今思われているような制度が金科玉条なわけではないし,昔は極めて柔軟な運営の可能性があったんだなぁ,という感じがする。それはまあ単純に規律密度が低いだけ,といえばそうなのだろうが。しかし,市町村長が府県の議会に出ることに意味を認めていたということは重要だし,知事が衆議院議員貴族院議員など国会議員になることが可能性として認められていたことは興味深い。翻って現在この意味を考えると,もちろん選挙管理との兼ね合いはあるわけだが,はじめからこの手の兼職には拒否反応があるような気もする。まあ兼職が常によいとは思わないわけだが,たまにこういうかたちで昔の議論を振り返ってみるのもいいかのもしれない。

「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか

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逐条研究 地方自治法〈3〉執行機関―給与その他の給付

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*1:でもこれ微妙で,多分知事と同様に行政官吏服務紀律で一般的な規定として禁止されていると思うのだが(この辺り書いてない),知事と同様に無給であったり「官吏本属長官ノ許可」を得たら差し支えないと読めるような気がする。