長の任期

大阪維新の会の政治資金パーティでの,橋下知事の「今の日本の政治で一番重要なのは独裁」みたいな発言が物議を醸しているけれども,最近はどうも知事が激しいことを言う→マスコミが喜ぶ→学者・評論家が批判する(煽る)といったようなサイクルができてる感じがする。ポピュリストだっていう批判をするのは簡単だけど,それって結局賛成−反対の二項対立という枠組みにはまった議論しかできていないわけで,重要なのは批判するところは批判する一方で,評価できるポイントは評価して提案を改善していく姿勢だと思うわけだが。その辺りについてはまたまとまったエントリを用意したい気もするが,とりあえず今回は,ここのところずっと気になっていた違う話について。
まず,政治資金パーティでの話を報道している産経新聞の記事では,以下のような一節がある。

橋下知事が知事辞職後、ダブル選挙の知事選に出て当選したとしても、任期途中の辞職のため、任期は来年2月まで。だから、さらに知事を続けるには年明け早々の知事選に再び立候補する必要がある。
選挙費用を考えても「知事選への立候補はまずない」との見方は、維新や府の幹部だけでなく、市幹部にも広がっており、市長選立候補に向け、「外堀」は埋まりつつあるように見える。

最近の事例を考えると,例えば不信任決議が出て知事が辞職し,その後出直し選挙で復活した田中康夫橋本大二郎といった知事では,出直し選挙当選後に残任期間を務めて任期が満了している。名古屋市長の河村たかし氏も,任期途中で市長を辞職して,次の選挙は二年後に行われることになっている。で,これと同じように,もし橋下知事が11月に知事を辞職して,再度知事に立候補して勝利したとしても,2ヵ月後にもう一度選挙が行われるということになる*1。これは,公職選挙法259条の2の規定によって定められている。下の引用を見ればわかるように,このように残任期間が適用されるのは,現職の長が勝利したときのみ,つまり大阪の事例であれば,橋下知事の辞任後に,橋下氏以外の誰かが勝利した場合,そこから4年間の任期が予定されることになる。

地方公共団体の長の任期の起算の特例)
第二百五十九条の二 地方公共団体の長の職の退職を申し出た者が当該退職の申立てがあつたことにより告示された地方公共団体の長の選挙において当選人となつたときは、その者の任期については、当該退職の申立て及び当該退職の申立てがあつたことにより告示された選挙がなかつたものとみなして前条の規定を適用する。

しかし,例えば八幡和郎『歴代知事300人』などによれば,以前には現職の知事が,対立候補の準備不足を狙って「不意打ち的に」辞任し選挙を行う事例が少なくなかったことがわかる。で,研究上そっちの方が印象に残ってたので,どうも現行制度をあんまり良くわかっていなかった。今回調べてみたところ,なかなか興味深い経緯があるらしい。
まず,1956(昭和31)年の公職選挙法の一部を改正する法律では,それまで重複立候補が禁止されていただけだった87条に,次の規定が付け加えられている。要するに,辞職した現職はその次の選挙で立候補できないという規定。これは結構キツイ。八幡前掲書を見ると,1955年の統一地方選挙を前にしてそのようなケースがみられているので,それが直接的な引き金になったと思われる。

(知事、市長を退職した者の立候補制限)
第八十七条の二 都道府県知事又は市長の職の退職を申し出た者は、当該退職の申立があつたことに因り告示された都道府県知事又は市長の選挙における候補者となることができない。

しかし,この規定は,1962(昭和37)年の地方自治法を一部改正する法律に併せて変更される。つまり,現行の公職選挙法259条の2が追加されるのである。

地方公共団体の長の任期の起算の特例)
第二百五十九条の二 地方公共団体の長の職の退職を申し出た者が当該退職の申立てがあつたことにより告示された地方公共団体の長の選挙において当選人となつたときは、その者の任期については、当該退職の申立て及び当該退職の申立てがあつたことにより告示された選挙がなかつたものとみなして前条の規定を適用する。

1962年の地方自治法改正に関する国会議事録を見てみると,例えば参議院の地方行政委員会(4月24日)の趣旨説明の中で,「現在の八十七条の二の制度は、任期満了前に早く退職をすることによりまして次の選挙を有利にしよう、そういうねらいから先に退職をいたしますのを防止するために設けられました規定」という言及があり,もともとの87条の2は,やはり辞職によって有利な選挙戦を行うことを防ぐ目的があることが分かる。しかし結局この規定が変更されるのは,その後の運営上の困難による。少し長いが引用すると以下のとおり。

…議会が不信任議決をいたしますと解散をされる。その解散をおそれまして不信任議決はいたしませんが、いろいろ事あるごとに知事なり市長の要請を妨害する、こういうような事例がございます。こういう場合に、解散はできませんので、長のほうで退職をいたしまして住民の信を問うことによって県政なり市政を明朗化していく、こういう必要が認められる場合もございますし、また選挙の際には全然ございませんでした汚職事件等のために、いろいろの問題が起こっております際に、長がみずから辞職をいたしまして住民の信を問うことによって明朗な県政なり市政を再び確立していきたい、こういうような必要のある場合もございますので、一律に任期満了前に退職をいたしますと一切再立候補ができない、こういう規定は多少行き過ぎがあるのではなかろうか、こう考えられますので、そういう制度の趣旨を存置しつつ、なお、そういう合理性のあります場合には再立候補を認めていくような制度を考えてみたいと考えた次第でございます。

で,新しく導入された259条の2は,それまでの87条の2が導入された理由となったような弊害を防ぐために,「任期満了前、たとえば三カ月なり六カ月前にやめましても、あとは残任期間しか任期を与えない、こういう不利な計算をいたすことによりまして、任期満了前に自己の選挙を有利にするためにやめる人を防止」することをねらって定められた,ということになっているらしい*2衆議院でも参議院でも,地方行政委員会でそれほど見るべき質疑はないが,ちょっと面白かったのが,衆議院地方行政員会での山口鶴男と佐久間彊のやり取り。これも長いが引用してみる。

(山口)これは知事と市長は任期前にやめた場合は立候補ができないという規定でございましたが、今度の改正では、たとえば任期が四年でございましてそのうちの二年なら二年目でやめる、三年なら三年たったところでやめる、そうした場合に、今度は立候補し当選をして、残りの二年なら二年、一年なら一年の任期は、二年なり一年たったら終わるという格好になるのでありますか。そして終わった場合、その方は通常任期が終わったのだからさらに次の選挙には立候補する、こういうことは可能になるわけでございますか。
(佐久間)その通りでございます。
(山口)そうすれば選挙の回数は多くなりますけれども、結局従来現役の方が、自分の都合のいい時期に選挙をやる。いわゆる次期の選挙を有利に導くための任期満了前の選挙を規制するという趣旨で現在の規定ができておりますね。とすると結局今度の改正では、都合のいい時期にやめて、その後の任期は短くなりますけれども、悪意で見れば都合のいいときにどんどんやめるということができるような格好になるのじゃないですか。
(佐久間)この点につきましては、現行の八十七条の二の規定が、任期の途中でやめました場合には立候補ができないということになっておるわけでございまして、この趣旨は、ただいま先生のおっしゃいましたように、自分の勝手な時期にやめて選挙を有利に導くということは弊害があるからということでこの規定が設けられたわけでございますが、反面、任期の途中でやめた者については、事情のいかんを問わず次の選挙に立候補ができないというのは行き過ぎではないかという声も私どもの方にずいぶんあるわけでございます。そこで、その場合にはどういう事情かと申しますと、私どもの聞いておりますのは、たとえば議会と長との間の折り合いが悪くなっておりまして、事ごとに長の行政運営について議会がじゃまをする。じゃまをするのだが、しかし不信任議決すると解散されては困るということで不信任議決はやらない。そういうことで長としてはむしろ一ぺんやめて、選挙でもう一ぺん住民に信を問うて出た方がすっきりするのだ、すっきりするのだがやめてしまうと立候補跡できないで困るのだ、ここは何とかならぬかといったような声も従来しばしば聞いておったわけであります。そこで現行法がフェア・プレーを害するようなことになってはいかぬという御趣旨でありますから、その趣旨はそのまま生かして参りまして、しかしそのために事情のいかんを問わず一切立候補できぬということになったのでは、これまたあまり候補者の自由を束縛し過ぎるという点も考慮いたしまして、そのような場合には立候補ができる。立候補はできるが、あとは残任期間だけということで、いろいろ私ども聞いておりますそういう要望にこたえるためにこの改正をすることにいたしたわけでございます。
(山口)そうすると一種の信任投票みたいなものをやれるようにした、こういうわけでございますか。
(佐久間)そういうわけでございます。
(山口)私は不敏にして自治法を知らないのですが、そういった信任投票の制度というものでこの処理をすることができないわけなのですか。
(佐久間)現在はそういう制度はないわけでございます。
(山口)こういうのを改めるのも一つの方法でしょうが、信任投票ができる制度を作ることも検討してみたらどうなのですか。
(佐久間)今後の研究課題としてはそういうことも十分考えたいと思っております。

要するに,残任期間のための信任投票のような制度として考えられていたということであって,おそらくこれまではそういう運用がなされていたところがある。基本的には不信任などに対する反応として選挙を行っていたわけだから。これは特に2000年代初頭にそういう運用が目立っていたと考えられる。しかしながら,最近の名古屋市についても,この大阪市についても,あるいはちょっと前の松山市のように市長が知事に立候補するとかいうのも含めてもいいのかもしれないが,ある党派的な観点から,異なるレベルでの選挙に影響を与えようとする志向が見られるところがある。これは法が予定していなかったところであるのは明らかであり,異なるレベルの選挙という存在に留意しながら見直しが必要なところではないかと思われる。
ちなみに,検索しているときに見つけたのだが,同じ年の4月10日の地方行政委員会で突発的に田川誠一委員が多選制限の話を持ち出したりしているのは興味深かった。これについては基本的にずーっと同じ話をしてるのね,と。

歴代知事三〇〇人 日本全国「現代の殿さま」列伝 (光文社新書)

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*1:なお,Wikipedia「出直し選挙」のリンクにあるように,極端な例では2010年3月の和歌山県白浜町長選挙で,3月7日に出直し選挙が行われ,22日に任期満了選挙が行われたという例がある。しかもややこしいことに,7日の選挙では前町長が勝利し(だから残任期間の二週間),22日の任期満了選挙では新町長が勝利している。

*2:全くの余談だが,この趣旨説明をしているのは,後に大阪府知事になった岸昌。今を考えると皮肉な話かもしれない。