水俣病懇談会

小池環境大臣の私的諮問機関であるところの水俣病懇談会が提言をまとめたということ。

小池百合子環境相の私的諮問機関「水俣病問題に係る懇談会」(座長・有馬朗人元文相)は1日、水俣病被害者を幅広く救済する新たな枠組みが必要だとする提言をまとめた。焦点となっていた患者認定基準の見直しには踏み込まず、救済策を充実させる基本方針を示した上、具体的な対応は行政に委ねた。
2006年9月1日 時事通信

懇談会の議事録は非常に興味深い。ずっと読んでしまっているが(おかげでより直近の仕事が…orz),その中で特に印象的なのは,

  • 罹患者(特に胎児性)へのヒアリングをした後に,有識者の問題に対する姿勢が変わってくる
  • 誰が悪いという議論ではないかたちで問題解決に向かう方法を模索している

という点。特に,事務局側が「あと二回の懇談会で」というときに,委員の側から回数を増やすことを主張しているところや,事務局側が設定した〆切−5月の水俣病認定50年という節目−を最終的に蹴飛ばして議論を続けようとするところなど,議事録を読んでいると委員が真摯に問題と向き合っていることがわかる。審議会ではなく大臣の私的懇談会なんだけれども,逆にそれだからこそそういう動きが生まれるのかもしれない,と思ったりする。
しかし,こういうのを「熟慮(討議)民主主義」としてカテゴライズしたい人がいるのはわかるし,またそうするのは簡単だと思うんだけど,それだけで,そういう分析だけでいいんだろうか?うまく言語化できないところだけれども,上手くいったものを見つけてそれが「熟慮(討議)民主主義だ」っていうのはちょっと前のソーシャルキャピタルの話を思い起こさせる。逆になんで,「熟慮」にならない場合が発生するのか,っていうことを考えてみるのはアリなのかもしれない。*1

*1:ただしそれをやろうとすると,いろんな会議の膨大な議事録を読む羽目に…。何か上手いまとめ方(要因の整理の仕方)はないものかしらん