科学技術政策

前から気になっていた岸宣仁『ゲノム敗北』を年末にブックオフで見つけて買っておいたので,ちょっと細々と読んでみる。筋としては,日本の研究者(和田昭允氏)がぶち上げた精密機械によるDNA塩基配列の読み取りという先駆的な手法が,日本では省庁間の縄張り争いや学会の縦割り構造(物理/化学/生物,みたいな)などに阻まれて採用されず,結局その試みがアメリカ・イギリス主導で行われた結果,日本が「ゲノム戦争」に敗北した,というもの。途中からはその敗北を受けた「ポスト・ゲノム戦争」を担う人々の群像が取り上げられていて,こちらの内容は細かいところがよくわからないので僕にはきちんと評価できないものの,読み物として面白かった。
ここで言うところの省庁間の縄張り争いというのは,いまでは一緒になっている,当時の文部省と科技庁の争いです。大学の優れた研究者が科技庁系のプロジェクトで予算をもらおうとするときに,官庁間で足の引っ張り合いをする,という話は,そういう話はよく目にするものの,読んでいてあきれ返るような気にすらなるようなもの。この和田プロジェクトとは対照的に,東大のノーベル賞受賞者である小柴先生が基本的に文部省のお金で研究を進めた結果,省庁間の足の引っ張り合いに足をすくわれることはなかった,というのは示唆的です。ここらあたりは両プロジェクトの比較を加藤紘一衆議院文部科学委員会で両リーダーに聞く形でやっていて(第159回国会 文部科学委員会 第22号),これは非常に興味深い聞き取りになっています。
この「ゲノム戦争」の敗北の大きな要因として,科学技術をわからない官僚が政策の主導権を持っていたことにある,という反省から,総合科学技術会議内閣府重要政策会議として経済財政諮問会議と同列に置かれることになりました。これがどの程度官僚から独立した存在として意思決定できるのか,というのは極めて興味深いポイントになると思われます。最近話題のiPS細胞に対しては,早くも「5年間で100億円以上」投入するという決定がなされているそうです。これは総合科学技術会議を作った成果なのか,それともこの発見が(官僚を含めた)誰にでも重要であることが認識できるほどのものであることに起因するのかはいまのところ識別できませんが,少なくともゲノム解読の初期とは少し違った展開を辿ることになりそうです。

2008年度政府予算案の閣僚復活折衝で22日、京都大学山中伸弥教授が世界で初めて作製した新型万能細胞「iPS細胞」研究に10億円の積み増しが認められた。来年度の研究費は22億円となった。文部科学省は今後5年間で100億円以上を投入し、基礎研究から臨床応用までを支援する。
(中略)
文科省による今年度のiPS細胞関連研究費は約2億7000万円。山中教授が人の皮膚からiPS細胞を作製したと発表してからわずか1カ月で、異例の大幅増額となった。
20日に内示された財務省原案で10億円だった文科省の「再生医療の実現化プロジェクト」は復活折衝で倍増の20億円が認められた。文科省では増額分の10億円をiPS細胞を使う治療法や、細胞の操作技術の研究に充てる。
新型万能細胞の研究に22億円、復活折衝で大幅増・08年度予算

しかし科学技術政策の政策決定過程って意外と国際比較しやすそう,と思ったり。health politicsみたいなイメージになるのかしらん。

ゲノム敗北―知財立国日本が危ない!

ゲノム敗北―知財立国日本が危ない!

Health Politics: Interests and Institutions in Western Europe (Cambridge Studies in Comparative Politics)

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