政治学・財政学・政治経済学

前にS先生に進められたRoddenの本を読む。たぶん基本的には「政治学」の教育を受けてきた人なはずだけども,やっていることは地方政府のBailout(債務などで窮乏したときの中央政府による救済)について理論的に検討したうえで,国際比較を行うという仕事。こうなってくるともう「政治学」とばっかり言ってる場合じゃなくて,説明に当たっては財政学や公共経済学で言われているような理論が用いられるし,当然割と細かい計量分析も行われる。AlesinaとかPersson,Tabellini,Roland,あるいはWeingastのようないわゆる政治経済学の潮流に当たると考えるべきなのかな。いずれにしても,この手の研究では,関連するいくつかの分野の知見を統合することが求められることになる。その分個別のディシプリンに対する理解はやや甘くなってしまうような気もするけど(これは非常に自戒をこめて)。

Hamilton's Paradox: The Promise and Peril of Fiscal Federalism (Cambridge Studies in Comparative Politics)

Hamilton's Paradox: The Promise and Peril of Fiscal Federalism (Cambridge Studies in Comparative Politics)

内容を簡単にまとめると,主要なArgumentは二つあると考えられる。ひとつは,地方政府のBorrowing Autonomy(BA)とVertical Fiscal Imbalance(VFI)が,地方政府の行動に影響を与えるということ。具体的には,まず,単一国家などではそもそもBAが低く,VFIがどうあろうが地方政府がBailoutを求めるという行動はおきにくいことが指摘される。なぜならそもそもBAが低いために,借入が膨張することが起こりにくいから。そして,BAが高いところでは,(1)VFIが大きいとBailoutがおきやすい,(2)VFIが小さいとBailoutがおきにくい,ということが主張される。ざっくりというと,個別の地方政府が自らの責任で借入を行い,自ら返済するというコミットメントは,VFIが小さい場合には受け容れられ易いのに対して(そもそも想定支出と想定収入が近いわけだから),VFIが大きいと,そのコミットメントを維持するのが難しいから,ということになる。二つ目のArgumentは,実際にBailoutが発生するに当たって,政治的要因が重要であるというものだろう。RoddenがElectoral Externalityと呼ぶ政治的要因は,地方政府のGovernorsが中央政府レベルにおける政党のラベルを自らの選挙に利用している場合には,Bailoutによって中央政府レベルの政党のラベルの価値を貶めてしまうことが,地方政府のGovernorたちにとっても好ましくない,という可能性であるとされる。中央政府と地方政府の政党が密接に繋がっているような国では,Electoral Externalityが働いているために地方政府は過度な債務拡大を抑えるのにたいして,中央政府と地方政府の政党が関連していない場合には,Electoral Externalityが働かないために,地方政府が戦略的行動を取りやすくなり,特に大きな地方政府が自らがBailoutされないことはないとして(too-big-to-fall)債務を拡大させる可能性があることが主張されている。また,Electoral Externalityが存在していれば,中央政府が地方制度を改革して国民的な支持を得ることが自らの再選にも繋がりうるために地方政府のGovernorの反対が弱まり,中央政府が地方制度を比較的容易に変更することができると考えられている。
Roddenは,国別にプールされた時系列データ(Cross-Section-Time-Series)と,個別の国の州別にプールされた時系列データ,さらにはドイツ・ブラジル(+アメリカ・カナダ・オーストラリア)の歴史を検討することで,このようなArgumentを検証していく。まあ一応検証されていくことにはなってるんだけど,実際それほど上手くはいってないように思える。まず,CSTSデータを使って国際比較をすることで,VFIと債務総量の関係を見るんだけども,ここでは予想した関係が計量で出てきていない。もちろん,年次データでやるところに無理がある,ということはあるんだろうけど,最も重要な関係が示されていないのはちょっとどうかなぁ,と思わないでもない。しかも,使ってる計量の方法がなんだかなぁ,というところがある。債務については変化量を従属変数にしてAllerano-Bondの方法を使っているのだけども,ここで見たいのはやっぱり変化量じゃなくて水準じゃないかと。従属変数のラグを入れるのがやだから,という説明は成り立つかもしれないけど,他のところではラグを入れてPCSEで分析してることを考えると,ここだけAllerano-Bondでしかも何かよくわからないままに3SLSを使ってやってるのはちょっとどうかなぁ,と。*1 一方で変化量を見たいと思うところで水準を使って(しかもラグを入れて)PCSEで回帰分析を行う,ということをやってるのを見ると,どうもいまいち検証したいことと方法があってないような気がするし,なぜその方法を使うのか,っていうのが若干不明確なように思われる。
あと,事例についてもやっぱり結構アドホック。例えばドイツはElectoral Externalityが発生しやすい国だっていうんだけど,実際には小規模な地方政府を中心にBailoutが発生した,とされていて,ここについては中央と地方が政治的に繋がってるから救済を期待した,っていう説明がなされていたりする。ブラジルについても,超越的な大統領を支持するなかでElectoral Externalityが発生する,見たいな感じの説明をしていて,結局この概念がいまいち固定的には使われていないのは若干気にかかる。
・・・とはいえ,まあ全体的には凄くよくまとまってると思うし,実証も多くのところは説得的に書かれていると思う。いや,もちろん上に書いたように計量どうなん?というところはありますが,個別に見ればそれなりに説明がつくようなことはやってると思うわけですし。何より若干インプリケーションが振るってる。結局のところ当初から主権が強くてVFIが小さいような地方政府が存在する場合にはBailoutを起こさないコミットメントが維持されるのに対して,そうでないところでは地方政府の借入自由度を上げると何らかのかたちでBailoutが発生するんじゃないか,だからどちらかというと借入の自由度は上げない方がいい,という感じで。このインプリケーションについては個人的にはほぼ全面的に納得できる。初期条件だけで説明できるかどうかはとりあえず措くとして,VFIが大きい中で地方政府の借入自由度を上げていくことは単に地方政府の戦略的行動を導く可能性を発生させるだけ,ということになってしまうのではないだろうか。近年地方政府の借入自由度を急激に引き上げている,日本やイギリスといった単一国家においては,Roddenの議論は重要なレッスンになるんじゃないか,と思うわけですが。*2
うーん。なんかDesigning Federalismとかとあわせて書評論文でも書けるかも。まあ先に博論でしょうが。
Designing Federalism: A Theory of Self-Sustainable Federal Institutions

Designing Federalism: A Theory of Self-Sustainable Federal Institutions

*1:たぶん3SLSでやると検定が甘くなると思うんだが

*2:しかし,ブラジルの地方制度の話は何か日本に近いなぁ,と思えて仕方がない。あまり日本とブラジルを直接的に比較する研究は見ないけど,政治制度だけ見ると意外と近いんじゃないかと思うんだけど