第64回会合(2008/11/4)

先日ようやく博士論文を完成させ,研究科に提出してまいりました。これまでいろいろ励ましを頂いたみなさまには本当に感謝しております。あとは口述試験までしばらく間がありますが,その間にこれまでためてきた仕事をしたり研究書を読んだりしなくては,というところです。
さて,その間が空いてしまった分権委の会合ですが,第64回会合は農水省ヒアリングと道路・河川に関する委員間の意見交換。農水省については農業振興計画関係と農村の電気事業関係,それから農業改良普及事業の話になります。

農水省

まず農水省ヒアリングで取り上げられたのは農振関係。分権委の側としては,市町村の農業振興地域整備計画の知事協議・同意の廃止,農振整備基本方針の農水大臣協議・同意の廃止,農地転用に関わる国との協議の廃止という三つを取り上げたわけですが,農水省の意見としてはそれらの協議は全て必要で,廃止する考えはないというもの。話としてはこれまでに繰り返されてきたことであり,農水省は,都道府県・市町村が自由に農地を扱い農業振興を任されると開発が進むために,優良農地の保全が難しい,と主張するのに対して,分権委の側は,自治体はそんなに開発主義に走らないから信頼しろ,というかたち。まあここまでの話では,個人的には自治体が「開発主義に走」る可能性があるならば農水省の懸念もむべなるかな,というところですが。このあたりについては,第43回で議論されているのとほぼ同じかと。
しかし今回大きく違ったのは,農水省が新たなデータを出してきたところにあります。というのは,農水省が,平成19年で大きな面積上位25件を,あるいは市でも5件選んで都道府県の2haまでの転用事務を調べたところ,多くに疑義が見つかった,と。照会したら疑問が氷解したケースもあるが,それでも疑義が残るのが12%(164件)であり審査を尽くしていないという判断ができるだろう,ということです。なお農水省がやってる大臣許可ものについても調べると,1.6%(3件)疑義があると。農水省はこのデータから,開発する人と許可する人の距離が近いと問題だと考えていたが,データを見るとやはり危ない,協議・同意を外すと日本の農地は守れないということを主張します。
データが出てきたことで建設的な議論が行われたというところもあると思いますが,以下の議論で重要な論点は二つかと。まずひとつはデータをどのように考えるか,という点。具体的には露木委員から,一つの県辺り25件というのは全体にすると抽出率が1.5%程度という話だったのですが,このような傾向が出ているのであれば,もっと本格的に調べるべきではないのか,という意見が出されます。1.5%ということに加えて,サンプルが「大きい方から25件」という取り方をしているので,この調査がどのくらいの代表性をもっているのかはちょっとよくわからないところがあります。大きいところはちゃんと調査しているはずなのにそれでもこんなのだから他はもっとひどい,という考え方もできるでしょうし,大きいところの方がむしろ行政と民間の関係が問題になって(端的に言えば政治的な力が働いて)むしろ問題事例が増える,ということもあるのかもしれません。こういう調査をするのは本当に重要だと思うのですが,もう少し調査の位置づけがわかればよいのになぁ,と個人的には思うところです。…が,とりあえず露木委員の提案に対しての回答は,これは自治事務(転用許可)に関する調査で,そもそも強権的に行うことはできず,国の職員をむりくり動員してやったからこれ以上の調査は難しい,というもの。まあ確かにそういうところはあると思うのですが,露木委員が言うように「そういうときだけ自治事務っていうのか」というところもまああるんだろうなぁ,と。ただ,疑義がある164件のうち,自治体が農水省の指摘を認めたのは24件に留まるということだったので,とりあえずはこのデータをもう少し具体的に議論するというのもありうるかもしれません。自治体が単に無理筋を言ってるだけであれば,おそらく協議・同意を外すのは難しいということでしょうし。
次の論点は,どのような農地が転用されているのか,ということ。これは猪瀬委員からですが,要するに耕作放棄された休耕田が転用されているのではないか,というもの。答えとしては,耕作放棄かどうかはわからない,というもの。それは農地転用の許可基準に耕作放棄かどうかは関係ないから,ということなわけですが,猪瀬委員が指摘するように,耕作放棄だといいじゃないかと転用しようとするところは確かにあるような。ただ農水省が反論するように,「耕作放棄だといい」というのは全く違う話で,もしそれを認めると転用したいところはとりあえず耕作放棄してしまうじゃないか,というのはその通りだろう,と。本質的な問題点としては,猪瀬委員のコメントにあるように,「食糧増産を謳いながら耕作放棄を増やしている」政策にあるというところなのでしょうが,まあこれは分権委のテーマとは違うので,やや悩ましいところではあると思います。ただ,農水省が言うように,問題となる転用は基本的に平場の優良農地,というところがあるとされるわけで,それを考えると,平場の優良農地が耕作放棄されたうえで転用されているのか,を重点的に調べることは重要だろうと思います。もし優良農地が耕作放棄されたわけでもないのにあっさり転用されるのであれば,自治体の開発主義に対する農水省の懸念はより理解できるものになるわけですし。
農地以外の農振関係では,農振計画の農地の総量確保以外の部分については自治体の自由にするべきではないか,という指摘が出たものの,これについては農水省が全て農地の総量規制の話として応えたので,残念ながらほぼ議論にならず。まあやはり当面の重要課題は農地の確保ということなのでしょうが。それから,電気・協同農業普及事業については論点はほぼ同じ。つまり分権委の側としては50年・60年前の社会状況に応じて作られた制度はもう見直すべきだろう,というのに対して,農水省の側は,見直しながら新しいニーズに応じて変化させている,という回答になります。この手の話は経産省がらみでもよく出てくるけど,要は政官関係の問題なんだろうなぁ…と。つまり,日本の政官関係では,政治家は官僚に対して割とゆるめに裁量を持たせて委任するわけで,そのゆるい法律を官僚が様々に解釈して施策を行っていく,と。法律の時点で厳しく縛っておけばそういう裁量の余地がなくて,いちいち新しい法律を作っていく必要が出ると思うわけですが。別にどちらがいいというつもりもないですが,単に「時代にあってない」という批判は水掛け論になるわけで,もう少し政官関係のような観点から理解するようなコメントがあってもよかったのかも,と思ったり。

道路・河川の移譲について

意見交換では,まず猪瀬委員と事務局が,なぜ「30万」とか「10万」という数字が出てきているのかについて,その経緯を説明。それによると,その根拠は第二次地方分権推進計画で「客観的な基準を明確化」が要請されて,それを受けた道路審議会の答申にある,と。そこまで遡ると,その後は「重要都市を効率的に結ぶ」ことが謳われる中で,根拠付けを道路審議会の答申に求めることになるそうです。それに対して分権委は,一次勧告では「10万」(地方)・「30万」(中心都市)とやっていた道路審議会の答申とは異なって,30万で統一するべきだという主張になります。猪瀬委員の論点は,総理が1兆円を地方に渡すといっている中で,分権委としてどういう立場をとるかについて,税源移譲という話が前回会合で出たものの,具体的にどうすればいいのかを決めていこう,というもの。背景には,分権委としては出先機関の改革をしたいものの,ある程度の量の国道が移管されないと出先機関はびくともしないというのが現状で,国道を30万都市間を結ぶものに限定することを前提に移管したとしても,出先機関の人員には切り込めない,という問題意識があります。いま国交省が移管対象としている全体の15%の道路を移しても,移る財源は300億程度で,分権委の30万以下を結ぶ道路を移管するという提案でも600億程度,ということで。なお,移る財源が少ないのは,既存の道路を移管するということは管理に関する財源を移管するということなので,そもそも整備ほど財源がないからだそうです。
猪瀬委員が提起するのは,道路関係の財源の中で現在国の直轄事業を行うときに地方が負担している直轄事業負担金をやめるというところから議論を深められないか,というところ。負担金があると,国がやってる事業が大きければ負担金も大きいわけで,この構造を変えることで何とかならないか,というわけです。1兆円といっても単に交付金を出すだけでは構造は変わらないので,出先機関の問題に対して財源の構造からアプローチしよう,という問題意識になるわけです。しかしこの提案に対しては,西尾代理からの反論が。すなわち,直轄事業負担金をなくすと地方としてはどんな道路でも直轄で作って欲しくなってしまうわけだから分権が進まなくなる,という主張です。これまでも地方自治体はなるべく直轄で国に道路を作ってもらおうとした結果,直轄事業が肥大してきたということで,負担金をなくして地方がお金を出さなくていいとなると,より直轄への要求が高まってしまうことが懸念されています。この点については,露木委員から,直轄事業で作る道路のネットワークを限定すればよいのではないか,という提案が出されましたが,残念ながらこの点についての議論は深まらず。直轄事業として整備する基幹的なネットワークを限定して,その部分については国が責任を持って整備を行い,残りの道路については地方自治体が(補助ではなく)自ら責任を持つ,というのは役割分担の観点からいうと本筋だとは思いますが,西尾代理の主張を敷衍するならば,限定しようとしても地方からの圧力で結局「基幹的なネットワーク」とされる部分が拡大してしまう,ということでしょうか。ただこの論点はなかなか難しい。理屈で考えると,露木委員の主張は,地方があらかじめ定められた財源で自らの事業を実施するべきだ,という地方財政をハード化する主張なわけですが,本当にハード化するコミットメントが可能か,というところに問題が出てきます。一方,西尾代理の主張は,地方財政がソフト化する可能性を重視して,ソフト化があっても問題が少ないように制度を組むべきだ,とするものであるように見えます。後者の意見も当然理解できるわけですが,現状ではそのための具体的な制度設計がよくわからない,というところでしょうか。その結果として,(もちろんその重要性は否定しませんが)国と地方が「二重行政」であるとか,出先機関にぶら下がっている公益法人が問題だ,という話になっていくような気がします。「二重行政」についてはそもそも国が直轄事業を行うときにはおそらく不可避な問題だと思われますし,公益法人については本来国が効率的に直轄事業を行うべきなのにそれができていない,という問題なのだと思うのですが。時間が限られていく中で,有効な提案がなかなか出されず,一方で最後に井伊委員が指摘したように,道路特定財源はそもそも暫定税率でとっているので既存の税源を本当に前提とすべきなのか,という問題もあり,非常に難しいところにあることは間違いないようです。