裁量と政治

大田弘子,という人は(もちろん知らないけど)きっととても戦略的で,「変わってない人」を戦略的にやってるのかも,なんて思ってしまう。
経済財政諮問会議の戦い』はまあ言うまでもなく,彼女が数年間任期付き任用の官僚として係わった経済財政諮問会議についての回顧で,その間の「政策プロセス」について,おそらく彼女が通常持ってる/持っていた戦略を通して描かれている(と思う)。
僕が少しこの本読みにくいかも,と思ったのは,二つの説明−「政策プロセス」の説明と「政策」それ自体の説明−が同時並行的になされているからではないだろうか。たぶん,「政策」それ自体については彼女自身が説明したがっているとしても,これだけいくつもの政策を扱ってきた人が限られた分量で説明を行うとするとつまみ食いになるし,正直なところあんまり面白くない。それに対して,「政策プロセス」の説明は,中の人として格闘してきた彼女の試行錯誤が少しでも読者にとって垣間見えるという意味で非常に興味深い。そういう意味では特に,3−5章と10・11章か。ただし,結局のところ「政策」のない「政策プロセス」なんてものは往々にしてなんだからよくわからないものになり勝ちなので(例えば地方政府において住民の「参加」を促すための「制度」を具体的なケースと切り離して考えるようなもんか),ある程度「政策」に気をつけつつ「メタ=政策プロセス」を考えることができる彼女の存在が貴重だった,ということは間違いないだろう。

彼女が重視するのは,「役所文書」という日常言語とは異なる言語体系であり,そのことばが氾濫する「役所」の中で少しでも彼女が言う意味で前進するために必要だったのは「工程表」と,それを作り出す「(議事を何にするかという)ロジ」だったわけで,これは僕が現在参加させてもらっているオーラル・ヒストリーの聞き取りとも整合的なコメントだと思う。そんなの当たり前じゃないか,っていうのは簡単だけども,実際のところメモとか会議での発言とかがどのように生かされていて,「根回し」と呼ばれるものが何を意味するのか,について意識的に表現されていることは少ない。それはおそらく,彼女が「社会人」としてのキャリアのスタート時点から役人生活を始めているわけではなく,キャリアのどの時点かにおいてそれを「意識的に」体得したからこそ,そのように表現できるのではないだろうか。この点については,処々で(特に政治系の?学会界隈で)評判が悪いけれども竹中総務相についても同じような雰囲気を持っているように思われる。そういう能力について,外にいる学者が「勘」とかそういう言葉で片付けるのはたやすい。しかし,おそらく「政治」のリアリティというのはホントは並べ替えだとか日程調整とか,そういうところにあるんじゃないだろうか。

ところで,役所の仕事には,“ロジ”と“サブ”がある。ロジはロジスティクスのことで,経営学では物資の効率的な総合管理という意味合いで用いられ,サプライチェーン・マネジメントなどがこの戦略のひとつである。要は,会議のスケジュール設定,議題の設定,参加者の選定など,意思決定に至るまでのプロセスのデザインである。サブは,サブスタンスの略で,議論や意思決定される内容・中身のこと。一般には,ロジよりサブが重要だと思われがちだが,そうではない。どんな日程で議事を何にするかというロジが極めて重要であり,アジェンダ設定ができればおのずとサブは決まってくるとさえいえる。(pp.50-51)

いや,当たり前なんですけどね。その当たり前のところを政治学行政学はこれまでどのくらい対象にしてきたのかは疑問なしとはできない。「そんなの観察できない」って言われるかもしれないけど,記述データを積み重ねるという方法を取ることは不可能ではないわけだし。方法論にこだわりすぎて分析の対象を必要以上に狭めてしまうことは,長期的には自らの首を絞めることになるだけかもしれない。まあ今までは単に「(意識的に)ロジのできる学者」がいなかったから分析対象とされてこなかっただけかもしれませんが(苦笑)。

ひとつだけ,もし今後彼女のようなプレイヤーが出現して,回顧を書くことがあれば期待したいのは,中央政府の地方政府に対する「裁量」ってのがホントのところどういう性質のものなのか,ということをぜひ教えて欲しいってところかなぁ。この本でも補助金三位一体改革)のくだりで裁量の話が出てくるのだけれども,中央政府の行動が具体的にどのように地方政府の権限を制約しうるのか,ということを知りたいもんです。もちろん,公共事業の補助金を出すか出さないか,とかそういう話であれば,想像力の足りない僕でもさすがにある程度はイメージできるのですが,例えば,出すことが一から決まっていてある程度フォーミュラも想定できるような補助金(国庫負担金で多いのか)で,どのように中央政府が影響力を行使することができるか,ってのは結構研究がないように思う。もう何でもいいから,誰か「行政人類学」とかやんないのかなぁ(冗談)。

経済財政諮問会議の戦い

経済財政諮問会議の戦い