地方政治と歴史

以前から気になっていた功刀俊洋[2005]『戦後型地方政治の成立−労農提携型知事選挙の展開−』敬文堂(なぜかAmazonには入ってないらしい),を読んでみる。特に第4章の福島県の事例など,文脈が非常に入り組んでいて登場人物も多いために読みやすいというわけではないけど,非常に面白かった。この本が対象としているのは1950年代の知事選挙であり,まず序章で1950年代の知事選挙において自由党自民党)の現職知事がしばしば負けていること,そして社会党・野党連合勝利型の知事選挙がしばしば見られることが示されている。このような現象が起きた原因として,筆者の功刀先生は「既成政党の枠にはまらない圧力団体政治」が展開していることを挙げて,実際に社会党・野党連合が自由党自民党)の現職(あるいはその後継)に勝利した事例を検討していく。
副題に「労農提携型知事選挙」と書いてあるように,まあ基本的には労組・社会党と農民組織の連合が議論の中心になるわけだけども,筆者によるとこのような関係がみられるようになったのは1950年代後半らしい。50年代前半においては地方政治の対立軸が官僚−反官僚や県出身者−他県出身者であったり,また農民組織ではなくてたとえば医師会(広島・大原博夫,岡山・三木行治)などの団体も重要でありつつも,必ずしも医師会が支援したからと言って医療が争点になるのではないというところに特徴があるとされている。50年代後半に入ると財政や農政が争点化されるようになり,放漫財政を招く現職知事に対する反感や農政(特にコメ問題)に対する態度をめぐって選挙が行われ,農民を代表する勢力と社会党が結びつくことで選挙に勝利するケースが見られることが明らかにされている。
方法論としては,基本的には社会党・野党連合が勝利した事例のみを見ているわけで(そうでない事例も一部紹介されているが),いわば従属変数から事例をピックアップしているという意味では非常にババイアスがかかった話になっている。さらに言うと先行研究がある県の分析はそちらに譲るとなってるし。しかし,そういうバイアスの話は措いて,ここでの議論は現在にも十分にインプリケーションをもつ議論として非常に興味深い。全体として見てみると,筆者も所々で書いているように,農民を代表する勢力と社会党が結びつくには一つ条件があって,それは自由党自民党)が何らかのかたちで分裂を起こし,農民を代表していた層が自由党自民党)から離反していくこと,となる。この背景として筆者がしばしば参照しているのが,空井護先生の論文である*1。この論文では,組織化された農協という組織をベースに展開されて一時期盛り上がった「農民政治力結集運動」−要するに農民が自らの代表を政治の場に送り出す運動ということですが−がなぜ盛り上がったものの下火になったか,ということを考察したものとなっている。空井先生の説明を非常に端的にまとめると,もともと農民は農協によるロビー活動のようなものを通じて自由党自民党)経由で実現される農政に不満を持っていたから,自由党自民党)に頼らずに農民の政治力を結集しよう,という動きが始まったものの,1961年以降の米価の大幅引き上げを受けて,農協→自民党を通じたロビー活動で十分ということが認識され,「農民政治力結集運動」が下火になっていった,というもの。そして筆者の議論でも,この「労農提携型」という連合は1960年代に入るころには終息を迎えるという話で,自民党が米価の大幅な向上を求めて政府とやりあうようになる時期と平仄が合っている。
これはやはり,55年体制が成立してしばらくたつことで,自民党がそれまで独自の利益を求めて離反することもあった農民組織(具体的には農協組織)を確実に統合することが可能になったということを意味するのではないか。その結果,国政で基調となった自民党社会党のいわゆる保革の対立が,(農民組織のような大規模な組織が自民党から離反することもないので)地方でも基調となり,この辺はもう少しデータの裏付けが必要なところだけども,いわば自社対立という政党システムが全国化して*2社会党は「革新首長の時代」にいいタマをきちんと出せる,というかなり厳しい条件じゃないと勝てなくなる。この本が非常に現代的,というのは1990年代後半以降の地方政治を見ると,この全国化した政党システムが自民党分裂・社会党崩壊を受けてやっぱり非常に揺らいでいるというところに共通点があるんじゃないかな,と。最近では農民組織のように凝集性の高い利益団体というのは滅多にないこともあって,どちらかというと人気者が風を吹かせて当選するという傾向が強いようにも見えるけど,実際のところ無党派が勝つのは自民党が分裂しているところに参入して勝利するということは少なくない。これは結局,供出や食料増産のようなかたちで農民に対して個別利益を供与できなかった1950年代の自由党のように,最近の自民党が,従来は提供してきた個別利益を供与できないことによる分裂という含みもあるのではないか,と。この辺僕自身勉強不足ですが,理論的にはClientelismみたいな考え方を踏まえつつ議論できると面白いのではないかと思うところです。

Democracy without Competition in Japan: Opposition Failure in a One-Party Dominant State

Democracy without Competition in Japan: Opposition Failure in a One-Party Dominant State

Patrons, Clients and Policies: Patterns of Democratic Accountability and Political Competition

Patrons, Clients and Policies: Patterns of Democratic Accountability and Political Competition

*1:空井護[2000]「自民党支配体制下の農民政党結成運動」北岡伸一ほか『戦争・復興・発展』東京大学出版会。この論文集に収録されているほかの論文についても非常に興味深いものばかりとなっている。地方政治との関係でいえば,宮崎隆次「開発計画・工業化と地方政治−55年体制成立前後の千葉県の事例」では,千葉県連において県の開発政策に対する賛成派(県議中心)と慎重派(川島正次郎系列)の対立が存在しており,県連が国会議員間の系列県議獲得競争や県議同士の競争などで引き裂かれる傾向が続いたことを指摘している。

*2:政党システムの全国化,という話では,あくまで小選挙区の国政選挙しか見てないけどChhibber and Kollman[2004]が面白い。

The Formation of National Party Systems: Federalism and Party Competition in Canada, Great Britain, India, and the United States

The Formation of National Party Systems: Federalism and Party Competition in Canada, Great Britain, India, and the United States