政治参加

何の因果かほんのちょっとだけ政治参加について文章を書かなくてはいけなかったのですが,たまたま最近頂いていた本がすごく勉強になりました。東京大学の境家史郎先生から頂いておりました『政治参加論』は,現在熊本県知事をされている蒲島先生が1980年代に書かれた名著『政治参加』の改訂版ということですが,近年の研究とデータを踏まえた全く新しいものになっています。前半では政治参加の理論についてのレビューが行われ,後半では最近までのデータを使って日本を対象とした実証分析が行われています。

境家先生は,『憲法と世論』でもそうですが,長期にわたって蓄積されてきたデータを使って非常に説得的な解釈を提示していかれているように思います。第二次世界大戦後,いわゆる55年体制のもとでは「政治参加の社会的平等」が強い,つまり他の国では政治参加から疎外されがちな低所得・低学歴層が大量に動員されながら投票参加をするという特徴があった日本の政治参加が*1,ポスト55年体制の時代には他の国と同じように高所得・高学歴層が参加する傾向が強く,その選好が政治システムに入力されがちとなっていることが示されます。それによって社会的不平等が広がり,さらに低所得・低学歴層が阻害されていく…という悪循環は極めて重要な課題です。

自分の関心があったのが投票外参加で,本書では「抗議活動」とされているようなところだったのですが,欧米の先行研究を踏まえながらこちらについてもきちんと議論がなされています。重要なのは,欧米では政治参加を行う傾向がある高所得・高学歴層がデモなど投票外参加についても積極的に参加している傾向がある一方で,日本の場合は投票外参加の水準が非常に低いという新しいタイプの違いが示されているところでしょう。じゃあもし(高所得・高学歴層中心に)そこでの参加が増えていったらどのようになるのか,というのはなかなか難しいところでしょうが。 

政治参加論

政治参加論

 

 森本哲郎先生・辻陽先生・堤英敬先生・白崎護先生からは『現代日本政治の展開』を頂いておりました。ありがとうございます。以前出版された『現代日本の政治-持続と変化』をヴァージョンアップさせたものということです。この間5年ではありますが,この5年で何か非常に大きく政治の風景が変わり,コロナウイルス感染症の感染拡大でそれがさらに推し進められているような気がします。

白崎先生の書かれた投票外参加と社会運動論の境界面に当たるような政治運動の論考が勉強になりました(投票行動の理論も)。政治参加と社会運動論ってすごく近いけども研究的にはやや距離があるような印象もありましたが,この章では両方に目配りしながら丁寧に研究状況をまとめられていたと思います。ソーシャルメディアがどのような役割を果たすのか,といった新しい分野についてもまとめられていて,これまでの研究を総攬するのによいのではないでしょうか。個人的にはDemocratic Innovationと呼ばれるような,ミニパブリクスや住民投票など,特に地方で新しく導入される制度に関心があるので,そのような制度につながる流れが理解できるというのはありがたいところでした。

 もう一冊,Amazonでは出ていないのですが,今井一先生から『住民投票の総て 第2版』を頂いておりました。ありがとうございます。第1版は2020年に発売されてましたが早々に印刷分が売れ,2020年の大阪都構想住民投票を踏まえた内容のアップデートがあったということです。本書では国内外の住民投票事例の豊富な紹介のみならず,巻末には非常に充実した国内での住民投票に関するデータが付けられています。このような本が出版されるのは,研究上の貢献も非常に大きく,私自身も年末くらいに予定している書籍の執筆で,一部本書のデータを利用させて頂いています。住民投票研究には必須の一冊,かと。

 

*1:それが他の制度と相まって自民党長期政権を作った,ということにもなるわけですが。

地方自治・日本政治

バタバタしているうちに年度末が終わり,新年度には大学で管理職の末端を担うことになりました。正直不慣れで向いてませんが,最近は執行部会とか理事会みたいなのばっかりやってます(マンション理事会では大規模修繕やってます!)。他方で書かないといけないものもたくさんあるのですが細切れ時間では難しく…頂いたもののご紹介を。とりあえず地方自治・日本政治みたいなカテゴリーで,近いうちに比較政治も。

ニッセイ基礎研の三原岳先生から,は『地域医療は再生するか』を頂きました。ありがとうございます。特に医療供給の制度について検討しながら,地域医療を中心とした改革の可能性について議論されている本です。日本の医療制度の最も難しいところのひとつは政府から自律性を持った民間病院中心の医療供給であるということで,このコントロールが難しいわけです。常々ベッド数が過剰だと言われているにもかかわらず,今回のコロナ禍の中ですぐに医療崩壊だと言われることの背景には,この本で描かれているような 「なんちゃって急性期」のコントロールが難しいということがあるようにも思います。

医療供給体制にはいろいろ問題がある,地域医療は重要だ,ということで改革は主張される一方で,実際やり方を変える民間病院を説得することは難しい,ということで,「総論賛成各論反対」になるわけです。そのときは,長期的なゴールを設定しながら,制度に影響を配慮して順番を考えながら漸進的に進めるという非常に狭い道を通るしかないのだろうという感じがあります。実際そういうことができるリーダーがいるかというとまあ難しい,というのが現状なのでしょうが。ただ,本書で議論されているような道筋(狭いとしても)はあるわけで,将来の改革を見据えてまさにコロナ禍の中でこそ改めて広く読まれるべき本だと思いました。ちなみに,今年度の公共政策学会・共通論題ではそのあたりの話も視野に入れて三原先生にお話いただく予定です! 

地域医療は再生するか~コロナ禍における提供体制改革~
 

 同志社大学の野田遊先生には『自治のどこに問題があるのか』を頂きました。ありがとうございます。野田先生は,日本で教育を受けた行政学者でたぶん最も精力的に英語で論文発表をされてる方だと思いますが,その野田先生が,おひとりで書かれる教科書を出版されるということで楽しみにしておりました。内容は,野田先生のご研究を活かされた,主張のある教科書という印象を受けました。

特徴としては,ご研究ともかかわる6章から10章だと思います。市民ニーズと参加,決定と実施,評価と広報,協働,広域連携,といったテーマで,いずれも野田先生が以前何らかの論文を書かれているところと重なっているように思います。日本で自治体行政の話となると,どうしても選挙の話とか中央地方関係とか,自治体内部の話を長々と書くことが多いと思います。しかし本書では,それよりも市民との接点について多くの紙幅が割かれていて,なんというかより「現代的」という印象を持ちました。僕自身も行政学の授業で地方自治について二単位分話しているのですが,昨年度オンライン授業で内容を一新したときになるべくそのようにしようと思ったところがありまして,今後の授業でもぜひ参考にしていきたいと思います。 

自治のどこに問題があるのか (シリーズ政治の現在)

自治のどこに問題があるのか (シリーズ政治の現在)

  • 作者:野田遊
  • 発売日: 2021/03/03
  • メディア: 単行本
 

 ちょっと前に頂いていたのをご紹介を忘れていたのですが,新潟大学の南島和久先生が『政策評価行政学』を出版されていました。博士論文に加筆されたものということですが,評価に関わる制度について,アメリカの制度を参照しながら南島先生もかかわられている日本の制度について検討されています。個人的には,特に業績評価やそれに関連する人事・組織の問題が興味を引くところです。制度の導入と運用がある程度行われており,他方で中央・地方の政府でEBPMがいろいろ言われるようになる中で,業績測定・評価とその反映の実態についても考えてみたいと思うところです。 

 同じ「ガバナンスと評価」のシリーズの『自治体評価における実用重視評価の可能性』を池田葉月先生から頂きました。ありがとうございます。こちらも博士論文をもとにした書籍ということで,実は上で書いた「業績測定・評価とその反映の実態」について日本の地方自治体を中心に調査して分析したものになってます。博論ですが,実用重視評価を議論していることもあって,いろんな自治体の実践について紙幅が割かれています。内部で完結させるかたちで手探りで評価をしている,という組織は少なくないと思うのですが(大学もそういうとこあるかもしれませんね…),他でどういうことやってるんだろう,ということを知る手がかりになるようにも思います。 

 執筆者の井上正也先生・高安健将先生・白鳥潤一郎先生から『平成の宰相たち』をいただきました。ありがとうございます。タイトルどおりですが,平成時代に首相になった,宇野宗佑以来の首相について,基本的には個人個人*1の政権について叙述するスタイルで,『戦後日本の宰相たち』に続くものとして出版されています。『戦後日本の宰相たち』の編者だった渡邉昭夫先生がはしがきを書かれていて,そこで「この30年は,あらゆる意味で流動的な時代であった」とあるように,まさに「流動的な時代」についてリーダーを中心に見ていく企画,ということになると思います。

平成の宰相たち:指導者一六人の肖像

平成の宰相たち:指導者一六人の肖像

  • 発売日: 2021/04/09
  • メディア: 単行本
 
戦後日本の宰相たち (中公文庫)

戦後日本の宰相たち (中公文庫)

  • 作者:渡辺 昭夫
  • 発売日: 2001/05/01
  • メディア: 文庫
 

船橋洋一先生から『フクシマ戦記』(上)(下)を頂きました。ありがとうございます。副題は「10年後の「カウントダウン・メルトダウン」」ということで,2012年に出版された『カウントダウン・メルトダウン』を下敷きに,その後に明らかになった事実を踏まえて2011年3月11日からの原発対応を再構成したドキュメンタリーです。民間の原発事故調を組織し,その後も長きにわたって原発問題をはじめコロナウイルス対応も含めた危機管理について探求している船橋先生ならではの筆致で,大震災・原発事故から10年で改めて広く読まれるべき本だと思います。なお,船橋先生率いるアジア・パシフィック・イニシアティブでは,10年を経て再検証の報告書も出版されています。 

 最後に,東北大学の青木栄一先生から『文部科学省』をいただきました。ありがとうございます。感想については先日ツイッターに書いた通りですが,ナカノヒトでもあった著者が文部科学省という役所について,組織として想像力が十分ではないために,争点についてどこか他人事で,常にその場しのぎの撤退戦となってしまう様子を描写してると思います。文科省が現状維持の撤退戦をしてる一方で,教育の「政治的中立」を叫ぶだけで,資源獲得のために連合を組まない小中高大をはじめとする学校が,閉じた世界での競争に熱中する,という構図があるために,官邸や財務省など他の主体が文科省による競争の管理を通じた「間接統治」を容易にさせている,という見立ては非常に興味深いものだと感じました。この状態は,競争させられてる関係者にとっては辛いわけですが,じゃあみんなで協力して社会に納得を求めて運動しよう,とやったとき,全く納得が得られなくて逆に取り潰しにあってしまうようなリスクが怖いというのはあるように思います。それをうまくやってくれる政治家・政党を待ち続ける,という話なのかもしれませんが,そんな日が来るというのはあまりに楽観的な気もします。

個人的には,以下のところを面白く読みました。その通りだと思うんですが,ただそうすると文科省が社会的な変化に応じて政治連合を作り直すのはなかなか難しい気がします。本書でも書かれているようにインパクトの大きかった科学技術庁との統合を踏まえたうえで,うまく「アイデンティティそのもの」になる政策を新しく作るんじゃないか,という気はします。まあそんなん無理やん,っていう話で,結局間接統治が続いたり,政治的にものすごく強い風が吹いて解体しろよ,って話になるのかもしれませんが。

特に義務教育費国庫負担制度は文科省アイデンティティそのものだった。この制度のおかげで文科省は世界に誇る義務教育を実現できたが,その成功体験が文科省を閉じた世界に押し込めてきた。文科省は教育関係者からの支持に安住してきたため,政治家,財界,他分野の利益団体,国民からの支持を調達することを苦手としてきた。国で教育に責任をもつ文科省がこういう状態では,ときどき降ってわいてくる外野からの思いつきの教育改革案に振り回されてしまう。これでは教育政策そのものの不安定化を招いてしまう。

文科省は「三位一体の改革」に直面したとき,一瞬ではあれ目覚めたのではないだろうか。しかし,負担金の死守に成功した後の動きは伝わってこない。文科省は地方政治家からの支持の調達に駆け回った経験をその後どう生かしているのだろうか。(130ページ)。

 

文部科学省-揺らぐ日本の教育と学術 (中公新書 2635)
 

 

 

 

 

*1:宇野・海部・宮澤と細川・羽田はまとめて,安倍は2回に分けて書かれてます。白鳥さんが書いてるとこですが,派閥のリーダーも務めた宮澤的にはきっと心外でしょうねw

民主主義/権威主義

2020年内は感染症の影響で色んなプロジェクトがストップしてしまったことの反動からか,年末あたりからいろいろと興味深いご著書が出ていて何冊か頂いております。できるだけ紹介させていただきたいのですが,とりあえずその一部を。

10月には宇野重規先生から『民主主義とは何か』を頂いておりました。古代ギリシャ以来2500年の民主主義の歴史を眺めながら民主主義とは何かという問題について説明する,というのはなかなかできる作業ではないと思います。宇野先生のご著書では,元々評判の悪かった民主主義というものがいかにして正統性を獲得し,その基礎付けを得てきたのかということが議論されていきます。多数決か少数派の尊重か,選挙か選挙以外か,制度か理念か,という3つの問いについてもまさに民主主義を考えるときに避けて通れないものですし,ぜひ広く読まれるべきではないかと。ただこういう本て,授業でじっくりやるのも難しいし(教員的に全部カバーしてるわけじゃないので…),とはいえ一人で独学で読むのもいいのかっていう問題があるし,という難しさはあるような気がします。

民主主義とは何か (講談社現代新書)

民主主義とは何か (講談社現代新書)

 

12月には空井護先生から『デモクラシーの整理法』をいただきました。主題としては宇野先生のものと同じだと思いますが,議論の展開はかなり違います。宇野先生は歴史的に議論されていますが,空井先生は理論的にという感じで,かなり独自の用語を用いながらその中で一貫した説明をしようと苦心されているように思います。全体としては,様々な理論を参照しながら,レファレンダムをモデルにする古典デモクラシーと選挙による間接民主制をモデルにする現代デモクラシーを並べつつ,現状において基本的には現代デモクラシーを,重要な問題について古典デモクラシー/レファレンダムを活用する,といった見立てをなされている,という感じでしょうか。個人的にもこの10年くらい大阪での住民投票のようなものと付き合うことになり,レファレンダムについて考え・研究するようになっていて,なんというか直接民主主義と間接民主主義に序列をつけるような発想には違和感を覚えるところがあったので,序列のような問題ではなくてある種向き不向きの問題として考えたうえで,総体としてデモクラシーをどう捉えるかについてのヒントになるのではないかと思います。 

(ちょっと追記3/28)実際,レファレンダムの研究を見ていると,直接民主主義だけでやるべきみたいな研究は(少なくとも最近は)ほとんどなくて,代表民主主義の中でどういうときに直接民主主義の制度を織り込むか,という話になっているように思います。最近の研究だと,かなり直接民主主義をサポートする感じのもので,Matsusaka, John, Let the People Rule: How Direct Democracy Can Meet the Populist Challenge, Princeton Univ. Pressがありますが,この17章はまさにどういうものに直接民主主義の制度を使うか,という話(referendumというよりinitiativeよりの制度を想定していることには注意)。

具体的には,(1)代表が有権者の選好を理解できる(有権者の選好はある程度同質的),(2)代表が利益相反してない,(3)強い利益集団がいない,という条件があればある程度代表民主制で物事を有効に決めることができるけど,そうでない場合は直接民主主義の制度がある程度使えると。ただ何でもいいわけじゃなくて,(1)テーマが技術的でないものNontechnical issue,(2)情報のショートカットが使えること,という条件があれば直接民主主義がよいのではないか,と。その条件を満たさない場合はNo good optionというなかなか辛いもんですが。で,そういう観点から,アメリカの連邦レベルでの任期制限・政府債務・禁煙法・薬価・死刑・移民と貿易・戦争・税・金融政策・銀行規制なんかについて検討してました。難しいけどまあその辺なんだろうなあ,と思ったり。

デモクラシーの整理法 (岩波新書 新赤版 1859)

デモクラシーの整理法 (岩波新書 新赤版 1859)

  • 作者:空井 護
  • 発売日: 2020/12/21
  • メディア: 新書
  

新書ではほかにも民主主義理論に関係する興味深いものが出ています。『リベラルとは何か』は,本当にマジックワードになってる 「リベラル」という概念について歴史的に追いながら検討しています。こういうと思想史を追うイメージですが,どっちかというと本書では実証研究の成果に依拠しながらこの概念について検討するところがあるのが特徴でしょうか。印象としてはもともと経済的左右軸の右側(自由主義)にいたものが,GAL-TAN軸のGAL側のもの(文化的リベラル)として位置付けられるようになった,という理解なんですかね(112ページの図)。ただそうすると経営者的ワークフェアは市場+リベラルではないかという気もするのでもうちょい丁寧に読まないといけない気もしますが。しかしこの辺も「リベラル」のややこしさを端的に示すもののような気がします…。それから『現代民主主義』ですね。こちらは様々な思想家の「民主主義」についての見解を追いながら現代の民主主義について考えていくものです。全体の軸としては,シュンペーター的な選挙民主主義がひとつの参照点になってて,それを説明しながらそれだけではない民主主義のあり方を模索する,という感じでしょうか。僕なんかもたぶんシュンペーター的な民主主義観が染みついているんだと思うのですが,それでも最近はDemocratic innovationに興味を持っているところもあって*1,その源流になるような考え方を勉強できると思いました。 

権威主義』を訳者・解説者の皆さんから頂きました。どうもありがとうございます。『政治学の第一歩』の宣伝でも書いたのですが,新版で一番変えたところのひとつは権威主義の研究でして,この10年~20年の政治学で最も蓄積が増えた分野のひとつだと思います。『政治学の第一歩』のほうには権威主義の専門家がいないのですが(すみません),本書は権威主義の専門家が一般向けに書いた興味深い本を,日本の権威主義の専門家が訳すという非常に素晴らしい企画です。内容は記述統計を使いながら権威主義の特徴や分類を示し,理論的な説明と接合させていくというオーソドックスなものですが,日本ではなんか私たちと違う恐ろしげな独裁国家,みたいな扱いを受けている権威主義体制についてまさに「みんなが知るべきことwhat everyone needs to know」を提供していると思います。とりわけ重要なのは,権威主義における統治の技術というものが向上しているということで,単に強圧的な軍事支配の国というのではなく,人々を抱き込みながらその存続を図るようになっているという事実です。権威主義が崩壊して民主化するというexitが必ずしも実現しない一方で,統治の技術を持った権威主義国が存続するということは,要するに国際社会の中で権威主義国という独自の特徴を持った国が当然に存続するということですから,それは民主主義国にとっても無視できる話ではないということだと思います。 

権威主義:独裁政治の歴史と変貌

権威主義:独裁政治の歴史と変貌

 

 (追記)もう一冊,関係して『政治経済学』を著者の先生方から頂いてました。ありがとうございます。上記『リベラルとは何か』の田中先生はこちらも書いていて,短期間に連続して出版されているわけですが,本書のほうは福祉国家を軸にその多様性や内部での政治的競争や政治制度について扱っています。思想や理論に疎い僕なんかがイメージする現代民主主義といえばむしろこちらを考えてしまうところがあるのですが,まさに戦後の福祉国家を中心とした政治を比較の観点から説明した優れた教科書っていう感じです。前半は福祉国家とその多様性について書かれている近藤先生が別に共著で執筆した『比較福祉国家』の理論部分をより深めた感じでしょうか。後半,矢内先生の分配・不平等・経済成長というテーマと福祉国家の政治についての最新の研究を色々抑えたサーベイはたぶん日本語で類書がほとんどなくて非常に有用。財政政策・金融政策・コーポレートガバナンスの政治経済学のところは,まさにこの分野を開拓してきた上川先生が書かれていて,これもとても勉強になります。特に大学院に入ったくらいでこのあたりの分野の実証研究を色々読んでみたいという人には本当に勉強になるガイドだろうと思いました。 

比較福祉国家: 理論・計量・各国事例

比較福祉国家: 理論・計量・各国事例

 

 

 

*1:まあ結局制度に回収しがちではあるのだと思いますが…。

日本の行政学/地域衰退

授業が落ち着きだいたい採点も終わったと思ったら,それまで先送りにしてた仕事に圧倒される,というのは毎年の二月の光景ですが,今年度はオンライン授業であったことと来年度以降の某業務のためにいつもよりひどい感じに…。来年は大丈夫なんだろうか(というと鬼が笑うのでしょうが)。

少し前に編者の先生方に頂いたのですが,『オーラルヒストリー 日本の行政学』を面白く読みました。お一方ずつすき間時間に読めるので…。Go online!で行政学地方自治の授業を考え直す羽目になったこともあり,微妙に身につまされながら読んだところもありますが。自分の関心に近いところもあり,個人的には特に最後の三先生(水口先生・橋本先生・森田先生)のものを面白く読みました。欧米の研究で議論されている理論や実証の方法というのは意識しながらもやっぱり日本の文脈というのはあって,何というかうまく英語圏の研究に乗らないなあと思うところは昔からあんまり変わんないんだなあ,というか。たぶん実務的な話とかかわってくるときにそういう齟齬みたいなものが大きくなってくるような気がします。うまく埋められるといいのだけど,そのためには英語でそういう文脈を意識的に作らないといけないんでしょうね,と思ったり。 

オーラルヒストリー 日本の行政学

オーラルヒストリー 日本の行政学

  • 発売日: 2020/12/01
  • メディア: 単行本
 

 オーラルヒストリーの最後で語られている森田先生は,特に財政的分権について議論された地方分権推進会議に委員としてかかわって,いろいろご苦労された話も書かれています。この会議でまとまらなかった財政的分権は,最終的に三位一体改革として実現し,主に国庫負担金からの税源移譲が実現するわけですが,その後自治体間の財政格差が広がっていくということがしばしば指摘されています*1。宮﨑雅人先生に頂いた『地域衰退』は,そういった格差の拡大の果てに,言わばもう回復が難しいくらいに衰退してしまう「地域」について議論したものです。主に農村部を中心に議論されていますが,製造業・建設業のような地域における基幹的な産業を失ってしまうことで衰退に歯止めがかからず,それを合併のような「規模の経済」による解決で食い止めることは難しい,と。観光や福祉・介護などを含めたサービス業が一挙に基幹産業となって地域を支えるが難しい,というのは少し文脈が違いますが,以前に読んだダニ・ロドリックの国際貿易における議論-開発途上国における一足飛びのサービス業化のためにいわゆる南北格差の解消がより困難になる-を思い起こすところがありました。 

地域衰退 (岩波新書 新赤版 1864)

地域衰退 (岩波新書 新赤版 1864)

  • 作者:宮崎 雅人
  • 発売日: 2021/01/22
  • メディア: 新書
 
貿易戦争の政治経済学:資本主義を再構築する
 

*1:もちろん,森田先生が指摘されているように,財政調整制度を整理することなしに税源移譲すれば当然の帰結ではあるわけですが。

地方自治の講義

ようやく第4クオーターの授業も一通り終了(あとゲストトークがあるけど)。オンライン講義のために,行政学Bは地方自治の講義として再編成されることになり,これまでとはだいぶ違うかたちで行われることになったので備忘のためにメモ(たぶん対面だともっとグダグダになってこんな感じのシステマティックな授業はできないと思われるので…)。神戸大学に異動してからは一応クオーター制を取りつつも行政学A・行政学Bで4単位授業という感じで,行政学Aを行政組織,行政学Bを公共政策という形で進めていたので,まじめに地方自治の講義をしたのは大阪市立大での2014年の講義以来という感じか。とはいえ市大の方では4単位で後半の地方自治は最後まで終わらないというのが通例だったので,14回分地方自治の講義の用意をしたのは初めてと言えるかも。

行政学Aで行政学の話をしたので(わかりにくい…),それとあまり被らないように地方自治の話をするということになり,そのために日本で一般的な行政学に近い地方自治の教科書の構成とはちょっと違う感じになったように思う。他方で行政学Aではオーストラリアの行政学の教科書を使ったので出てこなかった大部屋主義の話とか情報共有型組織の話を地方自治の話としてでできたのはよかったかも。ていうかこれは全体を貫くテーマにもなっていて,組織や公務員制度の話を情報共有型組織/機能特化型組織の対比を意識しながらするだけでなく,中央地方関係や地方政府間関係についても情報共有型/機能特化型の話を念頭に置きながら進める感じ。

シラバスこんな感じ 。基本的に話題が住民から同心円状に広がっていくようなイメージで,まず住民や自治組織→選挙と参加→地方政府の政治部門・組織・公務員→財政・政策→政府民間関係・中央地方関係・地方地方関係→国際比較と。たぶん財政のところで地方政府としての財政(地方税・地方債中心)と中央地方関係の地方財政制度を切り離したことと,都道府県・市町村みたいな話を地方政府間連携のところでやってるのが珍しいところだと思う。まあある種のフィクションではあるものの受益と負担の一致ということを軸に説明しようとするとこの流れが個人的にはしっくりきた。ただよく感じたのは地方自治だけできっちり14回やろうとすると大変だなあ,というところで,多くの教科書が福祉とか教育とか交通とかの政策各論を数回扱うのがよくわかる(僕も住宅・都市計画のあたりを入れようかと思った)。今回の授業はゲストトークがあるので13回にしたけど一回増やすとしたら結構大変だなあ,と。各論じゃないかたちで入れるとしたら政策デリバリーかと思ったけどこれは行政学Aとも被るし,政府民間関係がこれに近いところがある。できれば財政・政策のあたりに情報の話を入れたいけど現状だとあんま準備ないなあ,と。ただ,こうやって無理にでも総論でまとめてみたことで,今やってる地方政府間連携の次に研究するべきテーマが見えてきた気がする。

教科書としては,住民から同心円上に広がる,という今回のコンセプトにあうものとして,自分も参加した松井望・柴田直子地方自治論入門』(ミネルヴァ書房,2012年)がメイン。ただ古くなってたり後の方の構成がやや好みと違うのでズレてくるけど,個人的にはこれが一番しっくりきた。あとは頂き物だけど,最近の教科書では入江容子・京俊介『地方自治入門』(ミネルヴァ書房,2020年)が非常に充実していたと思う。伝統的な行政学の流れでの教科書としては礒崎初仁・金井利之・伊藤正次『ホーンブック地方自治[新版]』(北樹出版,2020年)が確実で事項事典的な感じで使ってた。さらに大森彌・大杉覚『これからの地方自治の教科書』(第一法規,2019年)は,他の教科書ではあまり触れられていない広域連携・地方創生・ITとか新しめの話題が結構厚く書かれていて参考になった感じ。北村亘・青木栄一・平野淳一『地方自治論』(有斐閣,2017年)はたぶん内容的には一番近いんだけど,教科書自体が選挙と中央地方関係が厚めという感じでここは自分自身が比較的得意なところであったために見る機会で言えばそれほど多くなかったけど,受講生にはお勧めで参考として出てくる,みたいな。 

地方自治論入門

地方自治論入門

 
地方自治入門 (学問へのファーストステップ 2)

地方自治入門 (学問へのファーストステップ 2)

  • 発売日: 2020/05/14
  • メディア: 単行本
 
ホーンブック 地方自治 新版

ホーンブック 地方自治 新版

 
これからの地方自治の教科書

これからの地方自治の教科書

 
地方自治論 -- 2つの自律性のはざまで (有斐閣ストゥディア)

地方自治論 -- 2つの自律性のはざまで (有斐閣ストゥディア)

 

 

年の瀬

オンライン講義の準備は際限なく続きますが一応仕事納めということで,気持ちとしてはまだ10月くらいなんですがどうも2020年が終わってしまうようです。新型コロナウイルス感染症の蔓延という昨年の今頃は全く予期せぬ出来事によって,ご多分に漏れず2020年は大変な年になってしまいました。来年は多少なりとも感染症以前に戻ることを祈りたいです。しばらく感染症対応が続くという予測も強いようでなかなか厳しいものがありますが。

今年何をしたっけ,というのはもはや記憶のかなたという感じですが,年の初めの方は「政策会議」の論文を書いてました(「政策会議は統合をもたらすか-事務局編制に注目した分析」『季刊行政管理研究』169号(小林悠太さん・池田峻さんと共著)。2月に入稿して3月に出るころには子どもがずっと家にいる状況になり,慣れるまでは何もできないし慣れてからもボチボチ論文読んでるくらいと。このときに後期のオンライン講義の準備をするくらい用意の良い人間だったらよかったのですが,結局間に合わなかった選挙学会の論文準備もあって,5月末頃まではそれなりに一生懸命論文読んでたように思います。この時の成果は最終的に「政治制度と地方政府間関係-集合行為アプローチの観点から」『選挙研究』36巻2号(12月に出る予定でしたが来年1月以降に延期のようです)となりました。
6月に入るとなぜかコロナウイルス感染症関係のリサーチが増えて(たぶん『中央公論』の時評で触れざるを得なかったからだと思いますが),経済教室書いたり武内先生のSMUのウェビナーでしゃべったり,新型コロナ対応民間臨時調査会の仕事に加わったりしてました。コロナ民間臨調はインテンシブヒアリングと執筆してて,7月末から9月頭ころまでは本当にこれにかかりきり。9月は上記の選挙学会の論文を書いてて,それと並行しながらオンライン講義の準備をしつつ,10月頭からは大阪都構想(~11月初旬)と学会仕事と大学の教務関係の仕事が増えていって自分を見失う,という感じでした。授業については,これまでシラバスは書きつつも,「今日の積み残しは次回ねー」とか言いながら授業してたのが祟って,ホントに一から作り直したのですが,新しいことを色々勉強し直す機会になったようには思います。今年やりたかったかと言われればNoですが。ただGoogle classroomを使った新しい取り組みは,個人的には面白くやってるつもりです。

こう数えると今年書いたのは行政管理研究と選挙研究とコロナ民間臨調がメインで,この数年何となくやってた英語論文は海外出張が立ち消えになってタナザラシ…という悲しいことに(共著の方々すみません)。他で刊行することになったのは昨年中に原稿を入れていた『統治のデザイン』と『日本は「右傾化」したのか』(秦正樹さん・西村翼さんと共著),あと『政治学の第一歩[新版』』(稗田健志さん・多湖淳さんと共著)ですね。政治学の第一歩は,単に内容をアップデートしただけではなくて,そのうち一部公開されるはずですが,章に合わせた12回分の動画資料の作成とかもしてます。あー8-9月時間がなかった原因のひとつはこれだった。 そのほかは中央公論の時評をはじめとしてひたすらコラム的なものや書評を書いてた気がします…。

統治のデザインー日本の「憲法改正」を考えるために

統治のデザインー日本の「憲法改正」を考えるために

  • 発売日: 2020/07/01
  • メディア: 単行本
 
日本は「右傾化」したのか

日本は「右傾化」したのか

  • 発売日: 2020/10/15
  • メディア: 単行本
 

 この数年,細々続けてるブログでは頂いた本の紹介が滞っていて,それでもパンデミックの前までは頂いた単著だけは何とか紹介してたのですが,恥ずかしいことに最近はそれもできなくなってきました。このままフェードアウトするかもしれませんがご容赦ください…。とても残念なことに,授業などのためにというわけではない本を読む量が減っているのですが,今年印象に残った本は,谷口先生の東大朝日調査の成果と,待鳥先生の『政治改革再考』ですかね。待鳥先生の本は,自分も含めて多くの研究者で同じような問題意識をもって行われた研究を踏まえた包括的な議論という意味でも広く読んでいただきたいように思います。私自身,日経新聞に次のような書評を書かせていただきました。

 政治制度に注目した比較政治分析を基礎に、民主主義、とりわけ政党政治についての理論を展開する著者が本書で取り組んだのは、1990年代の日本の政治改革である。本書で著者は、この政治改革を単なる熱病でも誰かの陰謀でもなく、80年代後半の日本の状況に対応して変革を模索した試みと位置づけ、その帰結について検討している。

 著者自身の研究も含め、選挙制度改革や中央省庁改革に注目し、首相や官邸に権力が集中することを論じたものは少なくない。しかし本書はそれらの改革に加えて中央銀行・司法制度・地方分権というこれまた大きな改革を視野に入れ、より広範に政治改革を論じるものだ。

 本書の議論の核は、日本の政治行政と社会経済をより近代化・合理化しようとする志向がこれらの改革の原動力になった、というものである。個々の制度の良し悪しの次元ではなく、伝統や先例、個人的な関係に基づく縁故主義、あるいは周囲からの視線などに囚われた非合理的なふるまいが批判の対象であり、自律的な個人がそれぞれの選択のもとに合意を行って政治権力を創出し、社会を運営・管理することが望ましい、という幅広いコンセンサスが政治改革を生み出した、とする理解である。

 そのような理念自体は、現在でも広い支持を得ることができるだろう。しかし、因習的で理屈では説明がつかない政治を理解可能なものにするという目標が達成されたかといえば疑問は大きい。この点について、著者は複数の政治制度が相互に影響し合うマルチレベル・ミックスが新たな問題を引き起こしていることを示唆する。つまり、総論的な目標についてはコンセンサスがあったとしても、それを個別の制度として実現していくと、できた制度の総体での「噛み合わせ」が悪くなるということだ。

 とはいえ、別に誰かが狙って「噛み合わせ」の悪いものを作ったわけではない。制度ごとに関係者が合意できる範囲で改革の理念を実現しようとする「土着化」が生じたのだ。本書はその過程について詳細な検討を行っているのである。

 自民党一強の再来とも言われるが、私たちが見ている現在の政治行政の問題は、過去のそれと同じではない。改革の理念を振り返り、現在の政治が抱える課題を正確に理解するため、本書は広く読まれるべきである。

あと,別に今年の本じゃないですが前からちょいちょい読んでた『ハコヅメ』全部読んだのが楽しかったです。授業でも紹介してますが,たまに人事配置とか研修とかOJTの話とか出てくるのはなるほどと思って読んでます。まあストーリー自体が面白いんで実際のところその辺はなんでもいいんですが。今年は息抜きの機会がほんとに少なかったので,これに限らず結構マンガを読んだ気がします。

 来年がどうなるのかよくわかりませんが,僕に関していえば研究時間が取れなくなるだろうことは間違いなさそうです…。それでも最近始めたサーベイ実験とか新しい手法に挑戦しながら細々と研究できれば,と。その辺は共著が中心ですが,一応目標としては来年中に研究書を仕上げるということがあり(『選挙研究』の論文はその序章的な位置づけ),それだけは何とかやっておきたいところですが。 

現代日本の代表制民主政治: 有権者と政治家

現代日本の代表制民主政治: 有権者と政治家

  • 作者:谷口 将紀
  • 発売日: 2020/03/16
  • メディア: 単行本
 
政治改革再考 :変貌を遂げた国家の軌跡 (新潮選書)

政治改革再考 :変貌を遂げた国家の軌跡 (新潮選書)

  • 作者:聡史, 待鳥
  • 発売日: 2020/05/27
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
   
ハコヅメ~交番女子の逆襲~(15) (モーニング KC)

ハコヅメ~交番女子の逆襲~(15) (モーニング KC)

  • 作者:泰 三子
  • 発売日: 2020/11/20
  • メディア: コミック
 

 

行政学の位置

第3クオーター終了。行政学A,採点はまだだけど。Google classroomを使った完全オンデマンドで,学生のみなさんとはインターネット以外の接点がない授業だったが,個人的にはかなりのエフォートを使うことになり,それなりに満足したところもある。動画はだいたい75分で揃え(作るのに結局3-4時間かかる…),おそらくこれまでの授業よりも各回ごとにきちんとオーガナイズできた。Google formを使った小テストはそれなりの散らばりもあり,ぜひ今後も使いたい。テイクホーム試験はこれから採点するのは正直しんどいが,ざっくり見た感じこちらもそれなりにバラつきが出そうではある。動画準備・小テスト準備とか(採点も)かなりの労働強化の成果なので,この一年で終わりにするのは惜しいところ。

今年の行政学の授業は,本当にたまたまなのだけど,これまで10年くらい毎年マイナーチェンジしながらやっていた内容を完全に刷新しようと思っていたときにあたり,スライドから作り直すことになった。もともとはJ-E. LaneとかのPrinciple-Agent理論をもとにした講義ノートを自分で作っていて,それにベースが同じと言える曽我行政学(これは間違いなく素晴らしい教科書です)の内容をところどころ加えつつ,新しく面白い成果があればそれも紹介する,って感じでやってきたけど,飽きてきたというか気分を変えたくなってきたというか。

そこで選んでみたのが,Owen HughesのPublic Management & Administrationというオーストラリアの教科書。基本的には,Weber, Wilson, Taylorなんかをベースにした伝統的行政管理モデルから公共経営モデル(NPMともちょっと違う)への移行としていろんなものを説明して,Principle-Agentも重要なんだけども,曽我行政学とかより経営学的な色彩が強い感じ(ただアカウンタビリティは最も重要なコンセプトのひとつ)。章のタイトルとして,経営戦略Strategic ManagementとかサービスデリバリーService Delivery,技術の変化と行政Management with Technology,財政と業績管理Finance and Performance managementみたいな項目がたってるのは日本とずいぶん違うというか。正直,全体的にこれまで教えてきたことと違うかというとそうでもないんだけど,この手のコンセプト,特に戦略とプログラムについてこの教科書で書いてることを理解してまとめるのは結構大変だった。内容で印象に残ったのは,組織全体で問題になるような「戦略」みたいな概念では,外部との関係/外部をいかに変えるか,みたいなことが問題になるのに対して,プログラムというとPPBSみたいに全体最適を目指すわけじゃなくて,個々のプログラムごとの業績評価して手直ししていくっていう発想が強いんだなあ,と。いろんな意味で閉じた体系としての行政組織という観念を維持するのは難しくなってきたんだろう,と感じたというか。

Hughesの教科書で,多分一番重要なのは,政治から一定の権限移譲を受けた行政官であるPublic Managerが,外部環境を考慮し組織の資源を計算しながらマネジメントを行う,というコンセプト。Public Managerは,政治からある程度自律的な専門家で,外部人材との交換可能性なんかも前提とされている。政治行政二分論的な政治が全部責任をとって行政官は政治に従う,みたいなモデルはもう現実的じゃないから,行政官であるPublic Managerが個人としても責任を負って,透明性を向上させるとかでそのアカウンタビリティを改善していこうね,という議論である。で,これって日本で1990年代以降進められてきた改革――政治主導で行政は政治に従う――の逆なんですよね…。いろんなものを集権化して政治家がちゃんと責任をとるんだ(選挙で選ぶんだ),という話が強調されていて,しかもその背景にはいわゆる「官僚優位」で国士型官僚みたいに目される官僚が政治家をないがしろにしてたのは悪,みたいな認識がある。何ていうか,この20年・30年くらいで,伝統的行政管理モデルの再生を図ってきた,と言ってもいいのかもしれない。で,結果として「行政の中立性」みたいな観念がぐちゃぐちゃになってきたというか。今年出版された,嶋田博子『政治主導下の官僚の中立性』をそういう文脈で読むと非常に味わい深い*1

こうやって眺めていくと,日本の行政学の位置づけって非常に難しい。たぶんこの「伝統的行政管理モデルの再生」が試みられていた時期ってのは,政治学で用いられているPrinciple-Agent理論を基礎にして,さまざまなかたちで日本の行政を「説明」し直してた時期でもある(僕もそうしてる)。で,たぶんその「説明」はそれなりに出来てるんだと思うんですよね,「説明」は。じゃあ規範的にどういう行政が望ましいか,みたいなことを考えたとき,P-A理論をベースとしてアカウンタビリティの改善を図るべきだ,という文脈で主に政党政治の再生が大事だとなるわけですが(少なくとも僕の場合は完全にそう),行政に内在的な形で何か言えるかというとそうでもない。「説明」がある程度洗練されていく一方で,海外の行政の実践なんかを紹介する研究はめちゃくちゃ減っていて,何が重要な変数で,それを表現する制度はどんなもんか,ということに関する手がかりはいまいち見当たらない*2。地方政府レベルでの行政について検討・紹介する研究はある程度あっても,海外の話とはちょっと断絶していて(地方自治の話はどの国でもそうだと思う)理論的なフィードバックがなかなか難しい,と。例えば入江容子『自治体組織の多元的分析』とかは,組織のフラット化を始めたとした重要な組織改革について扱っている類書のあんまない大事な研究だけど,そういう改革が入るところから話が始まる感じがあって,プログラム評価とかデジタル化とつなげながら組織のフラット化や事業部化みたいな議論をするHughesの教科書とはやや距離があるように感じるというか。

僕がこういうのを感じたのは,PHPの統治機構研究会で報告書を作ったとき。改革というときにやっぱり政治主導/内閣主導ということが強調されていて,政党政治の再生によるアカウンタビリティ改善は間違いなく重要だと思いつつ,それだけなのかと違和感を感じる部分がありつつも,うまく言語化できないなあ,と思ってた。その意味では,オンライン講義の準備は非常に大変だったけれども,ちょうどいいタイミングでいいきっかけになる教科書を扱うことができたなあ,という感想はある。またしばらく今回の講義ノートをベースにしながら,自分でも似たような研究(たぶん地方レベル)ができたらなあ,と思うところ。ちょうどこれまでの研究をまとめる作業もしているので,いい転換点になるような気がする。 まあそういいつつ,これから2年間はひたすら管理業務/事務作業が待ってるので何もできませんが。

Public Administration & Public Management

Public Administration & Public Management

  • 作者:Lane, Jan-Erik
  • 発売日: 2005/09/22
  • メディア: ペーパーバック
 
行政学 (有斐閣アルマ)

行政学 (有斐閣アルマ)

  • 作者:曽我 謙悟
  • 発売日: 2013/02/01
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 
Public Management and Administration

Public Management and Administration

  • 作者:Hughes, Owen E.
  • 発売日: 2017/12/11
  • メディア: ペーパーバック
 

*1:本書の英語タイトルがNeutralityではなくImpartialityであるところもまた非常に味わい深い。

*2:たぶん例外的にこの点に意識的だったのは牧原先生の『行政改革と調整のシステム』じゃないか。 

行政改革と調整のシステム (行政学叢書)

行政改革と調整のシステム (行政学叢書)

  • 作者:牧原 出
  • 発売日: 2009/09/01
  • メディア: 単行本