戦後史

いつの間にか8月も終わりということで、夏休みが始まってたのかも良くわからない感じでしたが、中旬頃は少し休みらしい時期もあったような気がします。旅行に行っても台風に直撃されたりしたわけですが、それもまた良い思い出ということで…。

その中旬の台風被害も含め、日本全国で降水量が増えて洪水の問題が大きくなっているわけですが、洪水被害を都市化と関連付けて戦後という期間で検討する研究を、愛国学園大学の梶原健嗣先生から頂きました。どうもありがとうございます。私自身は河川管理そのものについて十分な知見があるわけではなく、自分の関心がある住宅政策の観点から読ませて頂く感じとなりましたが、特に第1章・第2章の都市化とともに水害の規模や性質が変わってきたという議論は、本当にその通りだと感じます。住宅を郊外に広げていく際には、もともと人がそれほど住んでいなかった地域を開発するわけで、災害リスクは大きくなる可能性が出てきます((近年では山梨学院の秦先生など,新規の住宅開発地域が洪水リスクにさらされる傾向にあることを計量的に示すものも出てます)。本書では、都市化の初期からそのような傾向が続いていることが事例から明瞭に示されていて大変勉強になりました。続く3章では,近年の水害について,地下水害を中心に検討されていきます。1章・2章で検討されてきた、宅地化に伴う水害リスクの問題は依然として拡大しているようにも感じます。中古住宅市場が弱く、新築住宅を郊外に立てるということが続く中では、比較的便利な地域においてこれまで開発されてこなかった地域――具体的には低湿地帯だと思いますが――での宅地化が新たに水害を招くような感じもあります。都市の中心部での水害というと、近年の武蔵小杉の事例などは恰好の事例として考えることができるものなのかもしれません。

特に、隣接分野ながら不勉強で詳しく知らなかったのですが、大東水害についての検討は非常に興味深いと感じました。大阪府大東市で起きた水害で、住民側が地方自治体の治水の責任を追及して訴訟するもので、地裁・高裁と住民側に有利で政府の責任を認める判決が出るものの、最終的に最高裁が止めてしまい、それが新たな流れを作るという感じになっていきます。この手の最高裁が止める話は、最近話題になった大阪空港の訴訟でもそうですが、人権、特に居住の権利を考えるときには割と出てくるような気がします。この件の背景には立ち退きを進めるのが難しかったという住宅政策の文脈も入っているようにも感じましたが。

東京大学の境家史郎先生からは、『戦後日本政治史』をいただきました。ありがとうございます。戦後からの通史を書くのは本当に大変で、そういう通史といえば北岡先生の『自民党』でしょうが、ここからもすでに30年くらい経っていて、そういう長い期間を新書というコンパクトな媒体にまとめるのはすごいことです。必要な情報が丁寧に整理されていて、まさに戦後の日本政治について理解するためにはまず読む文献になるだろうと感じました。

歴史をコンパクトにまとめるのも大変なところですが、本書の読みどころはやはり境家さんの「ネオ55年体制」論だと思います。もともとの保革イデオロギー対立が、1990年代前後あたりに改革をめぐる対立軸というものに変わっていき、しかし2010年代にまたイデオロギー対立が復活して憲法問題や防衛問題が主要な争点になってくる、という見立てです。右傾化する自民党に対して、野党側は改革保守と伝統的な対決型野党の2ブロック化し、自民党の側が「政権担当能力」を持つというイメージを独占する、と。本書の議論では、(選挙制度にかかわらず)このような構図に落ち着くのは、1950年代に憲法9条と現実の防衛政策の整合性を問う構造が日本政治にビルトインされているからだ、という主張につながっていきます。現在の日本政治を考えるうえで最も重要な主張のひとつであり、本書が通史以上のものを示すところになっていると思います。

もう一冊、日本ではなくドイツの戦後史ですが、著者の板橋拓己先生と鈴木均先生から、『現代ドイツ政治外交史』をいただきました。ありがとうございます。本書では、ドイツの各政権に焦点をあて(西ドイツ中心ですが東ドイツを扱った6章もあります)、そのたびごとに取り組んだ課題や首相のリーダーシップ、政党政治の展開を軸に戦後史を描いていきます。私自身はドイツの研究をするわけではなく全くの門外漢ではあるのですが、鈴木先生が執筆されているシュレーダー時代のハルツ改革は、大きな社会保障改革としてしばしば取り上げられているもののその全体像についてはいまいち理解できていなかったところ、文脈も含めてコンパクトにまとめられていて勉強になりました。

 

世の中を知る、考える、変えていく

飯田高さん、近藤絢子さん、丸山里美さんと共編で、有斐閣から『世の中を知る、考える、変えていく―高校生からの社会科学講義』という本を出版しました。社会科学のうち、経済学・政治学・法学・社会学という分野とその具体的な「使い方」の紹介をしているもので、タイトルにもあるように、読者として高校生の方々を意識した本ということになります。高校生を意識する、というのは大学教員である執筆者にとってあまり慣れていないわけで、別に編者の中でも「これが普段と違うんだ」というのがあるわけではないと思います。それでも、それぞれの分野で何を面白いと考えているか、どんなところに興味を持っているかを伝えること、そして内容をある程度限定しても、大事なところをごまかさずに丁寧に説明していく、というのが基本的なスタンスになっているように思います。

私自身は「編者」という仕事は初めての体験でしたが、楽しく仕事をさせてもらったと思います。他の編者のみなさんは、お名前を知っていたもののお会いしたことはない方々で、そう思ってたら進行は全部ウェブ会議で行われたので、実はまだ他の3人の皆さんと対面であったことありません(苦笑)。それでもウェブ会議では率直に意見交換をしてきちんと合意しながらできてきたと思いますし、何よりみんな〆切をちゃんと守る感じで素晴らしいと思いました(小並感)。まあちゃんと成果も出たので一回どっかでお目にかかりたいですが。

といっても編者らしい仕事をしたのは基本的に初めのほうだけで、どういうトピックを選ぶかを決め(はじめの案からそのまま残ってるのはテクノロジーくらい?)、各学問分野を紹介する第1部をざっくりと書き、環境・貧困・テクノロジージェンダーというトピックの担当者を決め、そこから具体的に執筆される方にお願いをしていく、というくらいです*1。執筆者をお願いするときは、まず担当する編者が読んでみたいという人にお願いしたいということがあり、同時にそれぞれの学問分野の下位分類や執筆者のジェンダーなどいろいろなバランスを考える、という感じでしょうか。政治学の場合は、規範理論と実証分析、国内と国際、質的研究と量的研究、歴史と現代政治…とかいろいろあるわけですが、そのバランスを考えつつ依頼したつもりです。もちろんそうやって4人の方しか選べないので偏りが出てしまうのは否めないですが、個人的にはパズルのピースを埋めていくような、面白い作業でした。それぞれの分野・トピックで合計16人もの皆さんにお願いしたわけですが、誰にも断られることなく本当に素晴らしいものを書いていただくことができたと思います。

学問分野についてもトピックについても、網羅的というわけでは決してありませんが、それぞれが「こういう問題に取り組んでいるんだ」ということが伝わるカタログになっているように思います。自分自身、政治学だけでなく他の分野の知らないことについてもいろいろと発見する機会になったと思います。さらに、カタログで内容がてんでバラバラ、というわけでなく、社会科学として共通のモチベーション、他者の存在や行動を理解する、ということだと自分では思っているのですが、そういうことが伝わるようなものにもなっていると思います。関心のある方にご覧いただければ嬉しいです。

*1:もちろん原稿についてのコメントとかもあるわけですが、実際皆さん初めから素晴らしいものを書いてくださっているのでその辺はあんま編者らしいという感じでもなく…。

『母の壁』

立教大学の安藤道人先生から、『母の壁』をいただきました。どうもありがとうございます。本書は、ある地方自治体で認可保育所の入所申し込みをした世帯(できなかった世帯を含む)を対象としたアンケート調査をもとに母親たちが抱える困難を描き出すものです*1。その困難は、保育の壁・家庭の壁・職場の壁、というかたちで示されていて、これらの三つの壁が重なりながら母親を追い詰める様子が描かれます。もちろん、ここで「母親」というかたちで、女性のみの声が取り出されていくこと自体に大きな問題があることは言うまでもありません。自分自身も2人の子どもの親をやっているわけですが、研究者・父親という自分自身の立場と照らし合わせて、共感できるところ・共感できないところを感じつつ、興味深く読ませていただきました。

子育て支援関係は、一応論文も書いたことあるし、ある程度は理解している分野のようには思いますが、本書を読んで改めて難しいところが多いと考えこんでしまいます。本書では、「壁」を分析するときに参照される自由回答の記述が非常にリアルで、アンケートに回答する母親がさまざまな困難に直面するだけではなく、やや立場の違ういろいろな人たちが異なる価値を追求していることがよくわかります。個人的には、保育に欠ける→必要性みたいな形での割り当てはやはりもう無理で、ある程度年齢に応じて定額給付をしながら、サービスにちゃんと価格をつけて自分で選んでもらう方向しかないだろうと思うんですが、おそらく他国と比べるとかなり気前のいい価格である現状でも強い不満が出ているのを見ると、この手の解決も本当に厳しいだろうなと感じます。

実は、今学期1年生向けのゼミでメアリー・ブリントン『縛られる日本人』を読んでいて、この本の中でも男性の仕事中心という社会規範の問題が議論されていました。『縛られる日本人』のほうは、アメリカ・スウェーデンとの比較に力点があって、社会規範とその変化というかなり大きなテーマを論じているので、具体的に日本における保育や家庭・職場のどの辺に問題があるのかは詳細には書かれていないところですが、『母の壁』は自由回答を使いながら、より解像度が高いかたちで議論を進めているように思います。両方読むと非常に良いのかな、と思って1年生向けのゼミでも『母の壁』の一部をアサインすることにしたわけですが。

しかし二つの本で、ともに男性の家庭における存在感が希薄だということがこれでもかと論じられているのは男性として忸怩たる思いを感じるところはあります。自分自身も手探りで家事育児をやりつつ、また、最近の周りの話を聞いていると(時間に融通が利く研究者、というところはあるでしょうが)男性の家事担当は大きくなっているような印象も受けます。てか、そういう男性同士の家事についての話が大事だ、って記事を読んでなるほどなあ、とも思ったところでした。また、たまたま読んでた漫画でも、もともと社内恋愛のラブコメ的な話からスタートしてたのに、まさに「母の壁」を夫婦でどう克服するかで終わっていく、みたいな感じで、社会の雰囲気も少しずつ変わっているような気もします(希望的観測かもしれませんが)。ただ、父親が家事育児で主体的な役割を果たすとして、ほんとに父・母二人だけで頑張らないといけないのか、というところはもう少し考えていかないといけないのかもしれませんが。

*1:父親も少しアンケートに答えているものの、大部分は母親とのことでした。

首都の議会

北海学園大学の池田真歩先生に『首都の議会』をいただきました。どうもありがとうございます。私自身は特に明治初期の政治史について詳らかに知っているわけではありませんので、決して良い読み手であるとは思えませんが、本書を非常に興味深く読むことができました。歴史の研究でありつつ、どのように議会を作るか、代表を選ぶか、その中で政党というものにどのような位置づけが与えられるか、といったテーマについて普遍的な問題提起がなされているように感じるところです。

あくまでも類推的な理解でしかありませんが、1章で扱われている、初期の産業関係の人々が集まった会議所は、ちょっと前のイギリスのReginal Development Agencyの設立を思わせるものがあり、公的代表性を欠くとして批判されて実質を失っていくようなところにも同様の困難があるように感じます。おそらく本書のメインである4・5章では、区という地域レベルでの動員が政府・府当局を凌駕する一方で、そんな区との対立を抱えながらも星亨を中心に自由党が東京の利益を組織化して積極主義に転じていくダイナミズムが描かれていて、非常に興味深いものでした。終章で示されているような、通俗的な理解――政党をある種の「政治ゴロ」としてとらえるもの――ではなく、一定の政治的・社会的要請のもとで生まれていて、その政治指導がいわば近代への道を開いた、というような見方は説得的だと感じます。おそらく本書で示されているように、そのような政治的・社会的要請と政党の応答という問題が、必ずしも貫徹していないことが、現在に至る地方レベルでの政党の存立の困難、そして東京の場合は「遊興」(by金井先生)とも呼ばれるような振る舞いの背景にあるような気がします。

個人的には、地方自治における政党政治への警戒のような感覚についても、本書から学ぶことが多かったと思います。政治じゃないというか、ある種の経営(事業を起こすこと)を重視するならば政党の存在というのは望ましくないという感覚はそのひとつかもしれません。本書で議論されている、水道や鉄道は典型的にそういった経営の対象になるものだと思いますし、初期の議会ではそういった事業が問題になっていたことと、政党の忌避はある程度結びついているのかもしれません(もちろん官僚的なレトリックも大きいと思いますが)。ただ、そういう感覚をもとに、経営には政党を立ち入らせないという可能性があるとしても、そうであれば制度的な前提として事業を政治と切り離すことも必要だろうとも感じます。現代的な文脈で言えば、自治体を特定目的にするか事業を委譲した企業に全面的にゆだねるか、という感じでしょうか。私自身は、現代政治の文脈では地方政治も民主主義を実践するならば政党政治は不可避だと考えていますが、最近の研究はもっぱら同時に国と自治体の(融合と対する意味での)分離や事業の企業化・その自律性の向上に関心が向いていて、そういう関心の持ち方もこのあたりにルーツがあるのかなと感じました。

以前から池田先生が書かれたものを読ませていただく機会があり、本書の出版もとても楽しみにしていました。実は、感想をお送りしたりしている中で、自分が10年前に池田先生の論文についてツイートしていたという話をお聞きして、確認してみると、関心を持って読んでいるところがあんまり変わっていない、ということはちょっと驚きました…。10年って長いわけですが、そういうのでもやっぱ記録として残るんですね…。

いただきもの:共同研究の成果

6月はとても嬉しいことやとても悲しいことが続いたり、いきなり怪我したりと、何か個人的にはジェットコースターに乗ってるような感じで落ち着かないのですが、もう2023年の上半期も終わりと思うとしんどいですね。何に追い立てられているのかわからないままに時間ばっかり過ぎていくというか。読もうと思う本もなかなか読めず、しかしなぜか書評は生産されていくと(いやまあそれ自体は勉強になるしいいんですが)。

昨年度からいくつか共同研究の成果を頂いています。ちゃんと読んで紹介しようと思いつつどうしてものびのびになってしまうわけですが。まず、同僚の興津先生と津田塾大学の網谷先生から『平成司法改革の研究』を頂きました。ありがとうございます。政治学者が司法改革というと、まずは違憲審査の話とか、最高裁判事の任命、あるいは裁判員裁判の導入とかそういうことに興味を持ちがちなわけで、実際網谷先生は違憲審査や判事任命の話を書かれています。他方、本書で力点が置かれているのは、訴訟制度(興津先生が扱う行政訴訟とか)であったり、さらには法曹一元化したことによる弁護士の変化だったりするわけです。いずれにしても、全体として「こうなるはずだと予想して、実施された改革が、現実には成果を上げないか、または予想に反した結果に帰着することが少なくなかった」(52頁)という評価に端的に示されているように、成果については否定的なものが多くなっています。というか、今から見ても何に焦点が置かれているのかがやや曖昧なところがまさに、本書の副題である「理論なき改革はいかに挫折したか」というものに示されている感じで、結局誰が何をやりたいのかよくわからないままに進んだ、という否定的な評価につながっているという感じでしょうか。

日本大学の岩崎正洋先生から、『命か経済か』を頂きました。ありがとうございます。前半では、政府によるコロナ対応の国際比較(ドイツ・イギリス・ブラジル・トルコ)や国境を超える問題(往来や貿易)についての議論があって、後半では政府によるパンデミック対応に対する日本社会の反応について、サーベイなども用いながら分析するものになっています。日本大学のプロジェクトとして行われた共同研究の成果で、複数国を対象にしているだけではなく、政治学以外の専門家を含めることで、多角的な分析をしようとする試みは興味深いものです。実は私自身もコロナ関係で日英・複数分野の専門家での共同研究をしているところがありますから、ぜひ参考にさせていただきたいところです。

著者のみなさまから『自民党政権の内政と外交』を頂きました。ありがとうございます。こちらは北岡伸一先生の指導を受けた方々が、古稀記念ということで集まって作った論文集ということです。北岡先生の広い関心とも対応して、吉田・鳩山・岸・池田といったあたりの時期において、首相の政治指導、地域開発、日米同盟、国連、といったテーマで実証的な歴史分析が行われています。個々の論文が独立していて非常に勉強になるものですが,それに加えて最後に五百籏頭先生が書かれているように、この時代のさまざまな政治的な営みを、それまでの日本政治で続いてきた対立の悪循環を制御して、共通の広場を拡げようとする模索と捉えて読んでみる、というのは面白いだろうな、と思うところです。

著者のみなさまから、『ポピュリズムナショナリズムと現代政治』を頂きました。どうもありがとうございます。こちらは龍谷大学社会科学研究所の共同研究の成果ということです。ヨーロッパの国々に加えて、日本・韓国が分析の対象になっていて、前半では各国・地域でのナショナリズムの特徴や右翼ポピュリズムについて分析され、後半ではナショナリズムと結びつく排外主義に対抗する、どちらかと言えば左派側の分析になっています。どこでも右派が同じようにナショナリズムと結びついて支持の拡大を図る一方で、左派の方はやり方はそれぞれ、しかしどこでもなかなか難しいというような状況になっている感じはします。共通する左右軸、というのを構想しにくくなっているということでもあるかもしれませんが。

こちらも著者のみなさまから『「2030年日本」のストーリー』を頂きました。ありがとうございます。こちらは、サントリー文化財団の調査研究事業である「2020年代の日本と世界」研究会の成果ということです。実は私もこちらの研究会にお招きいただいてお話したことがあるのですが、分野横断的に研究者を集めて談論風発するという刺激的な感じの研究会でありました。本書では、3部構成で、それぞれ対になるようなかたちで構想が論じられています。お互いに関するコメントや感想が加えられるなど、編集・校正にも工夫がされていているのも特徴でしょう。普段、研究者としてはあまり未来について論じるという機会はなかなかないわけですが、それを著者の皆さんがどういう風に書いているか、というのもひとつの読みどころかと。

教科書(ストゥディアと計量・ゲーム)

年度末は割と教科書が出版されることが多いと思うのですが、いくつかいただいたものがありますのでご紹介したいと思います。まず有斐閣ストゥディアシリーズから3冊あるのですが、『日本政治の第一歩[新版]』を同僚の藤村先生、それから上神・遠藤・鹿毛・濱本の各先生から頂きました。どうもありがとうございます。本書は主に日本の国内政治を対象に、多くの研究を生み出している執筆者のみなさんが、各章のトピックについて一般的・理論的な説明から始め、日本政治をどのように理解していいかを説明していきます。2018年に出版されたものの新版になるわけですが、そのあとの日本政治のトピックとして、女性やジェンダーに対する関心の高まり、インターネットの影響力の向上、首相官邸への権力集中などが生じていることに配慮がなされます。政治学の一般的な教科書は、日本政治を例に出しつつもあんまり詳細まで説明するわけではないことが多いですが、本書は政治学の研究を基礎に日本政治を説明する形になっているので、今日的な問題が政治学でどう議論されているかを見るショーケースとしても便利なものになっているのではないかと思います。

慶応大学の岡山裕先生から『アメリカ政治』をいただきました。ありがとうございます。日本政治と違ってなかなかわからないことも多いわけですから、本書でははじめのほうで歴史やアメリカ人の政治観・政党観など前提になるところを説明したうえで、さまざまな制度やアクターの説明が続いていきます。実は各章で取り上げられているテーマが『日本政治の第一歩』と似てたりするのですが、本書のほうは「政党」が「選挙」より先に来ること、メディアが議会や官僚制より前に来ること、そして司法府が入ってくることが大きな違いのように思います。中身も含めて2つの教科書を比較しながら読んでみるというのも面白かったりするかもしれません(1つの授業でやるのはきつそうですが…)。

さらに著者のみなさまから『政治学入門』をいただきました。ありがとうございます。僕自身『政治学の第一歩』を同じストゥディアレーベルから出してて、どっちが先なん?という気がしなくはないですが(苦笑)、著者のみなさんの問題意識としては、最近の教科書が少しずつ難化していて、たとえば「再分配」とか「イデオロギー」のような基本的な言葉が十分説明されていないのではないか、また最近の研究を紹介することが多くなっていて逆に紹介されていない基本的知識が多いのではないか、というものがあります。なので、テクニカルな話よりも政治学で用いられるコンセプトや歴史を説明し、他の教科書につなげていきたいと。最終章で政治学について論じられている中で、制度の背景にはそれを支える思想があり、それを理解するのが重要だ、というのがあるのですが、本当にその通りだと思います*1。また、各章末に関係する映画が紹介されているというのも興味深いもので、個人的にもたまに映像資料紹介したいんですが多すぎてよくわからないんですよね…こういうの紹介する、という例としても参考になりそうに思います。

もうひとつ有斐閣の教科書ですが、著者の先生方から『データ分析をマスターする12のレッスン[新版]』をいただいておりました。ありがとうございます。最近自分の政治データ分析では『Rによる計量政治学』をずっと使っているのですが、いつも迷うのが本書です(ていうか二年前までは後半は本書でしたが)。直感的にわかりやすい説明が展開されているのと、本書でのデータの見方の説明が結構好きなんですよね。他方、仮説検定の説明とかはややざっくりで、おそらく説明としてはそれでいいんじゃないかと思うものの、僕みたいにあんま自信ない人にはちょっと怖いというか。今回は構成を変えたりパネルデータの分析を追加されているということで、また授業のほうでも使わせてもらいたいと思ってます。

その『Rによる計量政治学』の著者でもある高知工科大学の矢内勇生先生に『Rで学ぶゲーム理論』をいただきました。ゲーム理論の入門といえば戦略型とか展開型があって…いろいろ場合分けして…っていうイメージで、Rで学ぶってどういうことなんやろ?と思ったんですが、rgamerというRのパッケージを自作されていて、単純にゲームを解くだけでなく、シミュレーションも含めて可視化もできるようにしてるというすごいものでした!素人目にも本当にすごい学び方の革新だと思います。個人的には昨年まで仕事でやってたマッチングとか使ってみたいところです。

 

*1:個人的には、特に制度の手続きや細部を考える時にこそその思想が重要になるように思います。

現代日本の新聞と政治

東北大学の金子智樹先生に『現代日本の新聞と政治』をいただきました。ありがとうございます。博士論文をもとにした書籍で、非常に丁寧に構築されたオリジナルのデータセットをもとに、日本の「地方紙」に注目しながらメディアと政治の関係を分析するものです。僕自身はメディアの研究を全然わかってませんが、特に地方政治に関するところを中心にとても興味深く読ませていただきました。

本書のユニークなところは、昔ながらな地道なコーディング(要するに読むということです)から、計量テキスト分析を使ったトピックの分類まで、いろいろな方法を使いながら地方紙の論説をカテゴライズしてデータセットを作っていく点でしょう。具体的に使われているのは、50年間の各紙の憲法記念日の社説と、2017~2018年の時期の1年間の社説です。ここから使われている単語などを使って類型を整理していくわけですが、難しいのは共同通信の扱いです。地方紙の中には共同通信の論説資料を「利用」するところもあるので、その影響をどのように扱うかが問題になるわけです。この点については、共同通信を通じてどのくらい社説が似ているか、という指標を使いながら処理し、どういう地方紙が独自の社説を書いているか、といったことも明らかにしていきます。社説の傾向として、保守-リベラルかどうかも検討していくわけですが、北海道新聞、神奈川新聞、信濃毎日新聞愛媛新聞琉球新報沖縄タイムスあたりがリベラルとして出てくるのはまあやっぱりそうなんだ、というところもあるのではないでしょうか。さらに近年の社説の分析からは、左右軸だけではなく、中央-地方軸を析出しているのも興味深いところです。

そして、本書での最も重要な分析は、やはりこのような複数の複雑なデータセットを前提とした5章でしょう。普通の論文ではデータセットの説明だけで紙幅が尽きてしまいそうですが、それを前提としてより深めた分析をされたのはブックレングスの成果発表の価値を高めるものだと思います。そこで示されるのは、購読新聞の左右/中央地方の傾向が政党選択(自民党への投票)と相関があるということです。つまり、右寄り・地方よりの新聞が強い地域で自民党が強いということです。これはとても重要な発見で、特に都市化度の低い、新聞選択が難しい地域で効果がある(あった)というのは説得的にも感じました。本書ではきわめて謙抑的に書かれてはいましたが、新聞メディアを選べない中で新聞の論調が累積的に意味を持つことを示唆しているようにも感じます。 

他の章も、著者がかかわってきた東大朝日調査や著者自身の独自調査を踏まえた興味深い分析が行われています。新聞自体が民間の経営主体による収益事業であって、ライバルとの競争関係を考えながら収益を求めて運営されないといけない一方で、その存在は有権者の政治的な判断に長期的な影響を与えることもあります。競争環境が歴史的に形成されてきたことを示す分析(6章)や、突然新聞が廃刊になった事例から新聞が有権者の投票参加に与える影響を検討した分析(7章)は、そのような収益事業でもアルメディアのあり方や意義についての知見を提供するものであると感じました。新聞社が何をするべきかについて直接的な含意があるというわけではないでしょうが、社会においてどういう存在であるべきかを考えさせるものとなっているように思います。