アジア・民主主義

アジア経済研究所の川中豪先生から,『競争と秩序』を頂いておりました。どうもありがとうございます。民主主義における多様な政治制度とその効果について,非常にわかりやすく書かれていて,東南アジアを研究する人だけではなく,比較政治学に関心を持つ院生・学生にとっては教科書としても利用できると思いました。他方で,そのわかりやすさとは反対に,書く側としてはこれは本当に大変だと思ったところです。政治制度についての知識はもちろんのこと,ご専門とされているフィリピン以外の4か国についての深い知識がないと書くことはできず,しかもそれを制度に即してわかりやすく書くというのは本当に難事業であったかと拝察します。川中先生の英語でのご著書に基づいているのかなと思ったのですが,個人的には,とりわけ第5章が勉強になりました。シンガポールという優秀な権威主義国と,フィリピンという伝統的ながら必ずしもうまくいっていない民主主義国が入る東南アジア5か国で比較をされている中で,コロナ後にありがちな権威主義の評価に流れずに民主主義の機能を評価される内容は広く読まれるべきだと思います。

個人的には,最後に課題として挙げられている政党をどう扱うか,政党が現状にどう対応していくか,という点が,東南アジアを超えて広く重要になる問題だと感じます。第5章でも「社会運動型の政治動員に政党が対抗できる見込みは立たず,政党システムをふたたび制度化するのはもう難しい」と書かれています。おそらくその通りだと思うのですが,他方で,従来とは異なる形で,より流動的になりながらも政党が何らかの役割を果たさないと民主政治を安定させることは難しいだろうとも思います。おそらく単に組織だけの政党というのは成り立たず,リーダー個人と組織のバランスを変えながら,民意を吸収し表出するという機能がより強く求められるようになると感じました。その点でも示唆的だったのがインドネシアの事例のように思います。自分自身も,『民主主義の条件』を書くときに調べてから,インドネシアの政治制度のあり方については学ぶべきところが多いと感じていましたが,本書を読んでその意を強くしました。インドネシアでも近年では個人の部分が強まっているとはいえ,基盤的な制度を不断に見直しつつ,リーダー間で一定の競争を促すというのは,いずれも日本にはない重要な特徴のように思います。

慶應大学の粕谷先生他執筆者の先生方からは『アジアの脱植民地化と体制変動』を頂きました。ありがとうございます。「民主制と独裁の歴史的起源」というサブタイトルからもうかがえるようにバーリントン・ムーアを意識しつつ,しかし階級(とその連合)ではなくて,歴史上の制度と運動――植民地期の自治制度,王室制度,そして植民地解放運動の激しさによってアジアにおける脱植民地化後の政治体制について説明しよう,というものです。脱植民地化と体制変動というテーマについては,一国・あるいは東・東南・南アジアという特定の地域での研究蓄積が多い一方で,それらを包含したアジア全域について,歴史的制度論の共通した枠組みで分析を行うというチャレンジがなされています。それぞれの章で興味深いですが,本書の場合はやはり同じ枠組みで分析する,というのが強みなわけですが,16人という人数で,それぞれの章で独自に分析をする論文集というより,共通の枠組みで分析を行うかたちで一冊の本としてまとめるのは大変で,素晴らしい労作だと思います。

北海道大学の前田亮介先生からは,『戦後日本の学知と想像力』を頂きました。ありがとうございます。優秀な若手研究者,というのはよくある謂いですが,本書に参加されている人たちはまさにそんな感じで,戦後の知識人やさまざまな日本政治論,そして政治の概念について切れのある論説が展開されています。頂いた前田さんのとこだけ読もうと思ったら,そのままほとんど読んでしまった,という感じで。個人的には,対象に一定の敬意をもって残された資料などから接近しつつ,しかしわりと突き放して書いている感じの知識人論が特に面白かったです。本書の取り組みがもともと知識社会学的なものですが,本書それ自体についても知識社会学的な言及が行われており――特にジェンダーについては深刻な問題ですが――,その点についても読みどころのように思います。

 

国会議員・知事,増税への合意

いつの間にか6月が終わろうとしていて,梅雨は明けてました。5月の末から6月にかけてはいつもよりたくさん仕事をした気がします。最近なんちゃってマネジメントの仕事が多くて,多少なりともそういう仕事をしてみると,行政学の教科書は参考になることが書いてあるなあと思ったりもします。そのおかげで,最近は就職してから一番行政学に興味を持って勉強してる気がします…。

近況はともかく,この間もいろいろご著書を頂いてました。他にもあるのですがその一部を。まず大阪大学の濱本真輔先生に,『日本の国会議員』を頂きました。ありそうなタイトルなんですが,実はこのテーマを直接扱っている新書は『国会議員の仕事』くらいで,他には大山礼子先生の『日本の国会』でしょうか。いずれも刊行からちょっと時間が経っている中で,本書は豊富なデータに基づいて特に政治改革後の国会議員について説得的な議論をされていて,長く読まれるものになるように思います。何を書くか,というのは難しかったと思いますが,ちょっと前であればこのテーマで政官関係についてもっとたくさん書いてあったと思われるところ,政党との関係や政治資金に紙幅が割かれているのはやはり改革の効果の一つなのかなと感じました。

本書で論じられている現状認識や,必要とされる制度改革などはいずれも深く同意するところです。拝読していて改めて難しい問題であると感じたのは,特に自民党議員がジェネラリスト志向を強めているということでした。小選挙区制なのでやむを得ないところだろうとは思うのですが,組織内での分業という観点から言えばなかなか難しいところだと思います。ジェネラリスト同士でかつ微妙に選好が違うと一体性を保持するのも大変というのもあるかもしれませんし。このあたりは,政治家の専門性と官僚の専門性というものをやや区別しながら考えていかなくてはいけないのかもしれないな,という感想を持ちました。

ちなみに,ツイッターでも宣伝していますが,濱本先生をお招きしたウェビナーを7月5日に実施します(登録はこちら/4日正午まで)。参議院選挙の直前ということになりますが,この前の衆院選の前に,特に英語圏の研究者のみなさんが日本の選挙についていろいろウェビナーをしているのを見て,選挙を機会に学術的な知見を共有することも重要じゃないかと思っていたところで,日本でもそういう企画があっても良いんじゃないか,というのが狙いでもありました。

濱本先生からは,編者として参加された『現代日本のエリートの平等観』もいただいておりました。ご恵与頂いた他の著者のみなさまにもお礼申し上げます。こちらは,1980年に行われた「エリートの平等観」調査から40年近くを経て,その衣鉢を継いで行われた調査に基づく研究成果です*1。エリートというと定義が難しそうですが,政治家・官僚だけでなく,経済団体・労働団体・市民団体・マスコミなど,全国組織・地方組織のリーダーに対して郵送調査を行ったものです。これまでにさまざまな団体調査をされている方々ならではの成果だと思いますが,調査は本当に大変だったのではないかと…。内容について見ると,やはり経済的(不)平等と,国籍・ジェンダーの(不)平等をどのように考えるかが問題になっているということだと思います。第5章(大倉紗江先生)の,エリートが女性の労働力化を支持しつつ,男女の実質的不平等を十分に認知していない,という点が印象に残りました。

奈良県立大学の米岡秀眞先生からは,『知事と政策変化』を頂きました。ありがとうございます。米岡先生はもともと県庁で働かれていて,大学院では財政学・経済学の研究をされてこられたのですが,本書では財政学・経済学だけではなく,政治学行政学の先行研究にも丹念に当たられながら,知事(の違い)が生み出す変化について検証されていきます。政治学だと知事の党派性に注目しがちなわけですが,本書の場合は党派性だけでなく,知事の出身という個人的な属性に注目しながら議論が進んでいきます。第6・7章とか,市町村データ集めるのほんとに大変そうですが,都道府県の中での市町村という枠組みでマルチレベル分析が行われているのも特徴です。

第1部の分析では,官僚出身の知事が比較的財政状況の悪い地域で選出されており,中央省庁からの出向者の助けを受けつつ財政規律を高め,有権者からも評価されるというストーリーを描いています。第2部では,都道府県・市町村の職員給与の抑制に注目し,官僚出身の知事や自民党系の市町村長など,中央政府からの影響を受けやすい長が職員給与の抑制を行っていることが示されます。第2部の議論では,従来行政学で注目されていた政策の水平的な波及だけでなく,国・都道府県から市町村への垂直的な影響力についても注目されるべきことが指摘されています。これはその通りだと思いますし,財政学・行政学の研究を幅広くご覧になっているからこそのご指摘だなあと思うところです。

東京大学の田中雅子先生から,『増税の合意形成』を頂きました。ありがとうございます。田中さんは,政策秘書として政治の世界を経験されてから大学院に入学され,僕も駒場でご一緒した時期があったのですが,ご苦労されながら博士論文を書かれて出版されたのは本当に素晴らしいことだと思います。

清水真人さんのものをはじめ,消費税に焦点を当てたルポや研究は多いですが,それらは事実の記述と解釈を中心にしているのに対して,本書はは最近の先行研究をきちんと踏まえたうえで理論的な貢献を図る意欲的なものだと思いました。増税を考えるときに,一元的な増やす-減らすだけの話だとデッドロックに乗り上げてしまうわけで,関係ないように見える者も含めて多次元的交渉を行うことで(国際関係論でも用いられるサイドペイメントを意識したものだとありました),不利益政策が選択できるのだ,というのは説得的な議論かと思います。不利益政策については,行政学で柳さんが研究されていた他,最近だと鎮目真人先生がより言説のほうに引き付けるかたちで研究されていましたが(あちらは社会保障),それに対して田中さんのは利益に引き付けて不利益政策の実現を分析したものだという理解もできるように思います。

*1:この意味では,私も参加しております『現代官僚制の解剖』も似たところがあります。

最近の教科書

いろいろ教科書・体系書をいただいておりました。ありがとうございます。まず立教大学の原田久先生から,『行政学[第2版]』をいただきました。トピックや事例をクローズアップしながら行政の制度や政策について勉強するという特徴を持った教科書です。以前のものを改定した第二販ということになりますが,お忙しい中でかなりの部分を書きおろしで更新して第二版を出されるというのは大変なご苦労があったかと思います。第8章の「情報資源管理論」は統計を扱っているところ,私自身も最近関心を持って研究しているところなわけですが,統計に関する制度についてまとめて扱っている行政学の教科書は少なく,この教科書の特徴の一つだと思います。個人的には,第三部の政策論のところ,理論的な話の中で具体的な検証事例として授業などでも使いやすいと感じました。

著者のみなさまから,『テキストブック地方自治の論点』をいただきました。ありがとうございます。従来の地方自治の教科書ではちょっと落とされがちの公営企業や公民連携,住民投票といったところにそれぞれ一章が割かれていて,自分自身最近はこのあたりに関心を持っているところで興味深く拝読しました。自分の授業ではこのあたりの内容についても説明するもののなかなかちょうどよい教科書がなく困っておりましたが*1,トピック・論点ごとに整理されたものとしてとても有用だと思います。前も紹介しましたが(こちらなど),最近の地方自治の教科書は多様になってきて非常に良い傾向だなあと感じるところです。

地方財政審議会の会長である小西砂千夫先生から,『地方財政学』をいただきました。ありがとうございます。初めの方を中心に,関心のある章についてまずは拝読いたしましたが,地方財政の制度と実体が非常に詳細かつ丁寧に描かれていて,今後自分が授業で地方財政関係のところを話すときにはまず確認させて頂かなくてはと感じるものでした。そして,ご用意されるのが大変だったのではないかと想像しますが,最後の演習問題とその解答についても,本書を基盤とした説明として,学生向けの大学の試験のみならず研究者としても非常に有用なものだと感じます。地方財政の特定の論点についてちゃんと説明するのって難しいわけですが,一貫して説明されているのは非常に参考になります。

京都大学の曽我謙悟先生から『行政学[新版]』をいただきました。ありがとうございます。もともと非常に理論的・体系的な教科書として有名ですが*2,その新版ということで,前回出版されたところからさまざまな研究を取り入れた「学界における研究成果のカタログ」を充実させているとともに,図表のアップデート・更新がなされています。初版から図が非常に多いんですが,それをできるものは全部更新するっていうのはすごい作業で本当に大変だったのではないかと…。

個人的にも,2013年に出てからずっと授業で使っている教科書ではあるのですが,この10年で自分が強調するポイントがだいぶ変わってきた気がします。初めのうちは第一部(政治と行政)と第二部(行政組織)を中心に講義をしていたのですが,最近はほとんど第四部(ガバナンスと行政)だけで行政学の授業してる感じがします。まあコロナ禍で授業再編成をして,行政学地方自治(こちらは第三部(マルチレベルの行政))に変えた,というのもあるわけですが。自分自身の志向として,Public administrationからPublic managementの方に移っていったということに加えて,行政のマネジメントをどう考えるかということの研究も少しずつ増えているのではないかと。それを受けて,代表的には野田先生の教科書とかそうじゃないかと思いますが,地方自治の教科書を中心に「管理」ではなく「マネジメント」という観点から接近しようというものも増えているのかもしれません。

*1:まあ連携については自分で書いた『テキストブック地方自治』の章があるのですが!!

*2:ご本人は「読む教科書」とおっしゃってました。

現代官僚制の解剖

宣伝ですが,有斐閣から出版された北村亘編『現代官僚制の解剖ー意識調査から見た省庁再編20年後の行政』に,「なぜデジタル化は進まないか-公務員の意識に注目して」という章を寄稿しました。本書は,村松岐夫先生が実施されてきた官僚意識調査の衣鉢を継ぎ,大阪大学の北村亘先生を中心に20年ぶりに実施した官僚意識調査のデータを利用した研究を出版したものです。予算制約などもあり,対象になっているのは課長級以上が中心で,サンプルサイズも制約されているので,公務員の全体像を明らかにしたとまではなかなか言えませんが,現状で可能な範囲で直接(幹部)公務員の方々の意識に迫ろうとした研究であると思います。もちろん当初はもう少し広い範囲に実施することを考えていたのですがまあいろいろありまして…(という経緯は「はじめに」と10章にちょっと書いてます)。

私自身は最近細々と研究しているデジタル化について,組織文化との関係について考えてみたというものです。「デジタル化は大事だよね,だけど政府はできてないよね」とみんな言うわけです。でも情報通信技術の導入という観点から言えば,電話や電報,FAX,インターネット,ウェブ会議システムなんかも政府はそれなりに導入してきたわけです。でもできてない,と言われるときに「業務を機械で代替する」ということについての組織文化的な抵抗があるのではないか,ということを考えてみました。サーベイの分析結果から言えば,効率より大事なものがある,とか,外部の理解が大事だ,と考えていたりすることと,機械による代替には積極的じゃない感じが相関しているんじゃないか,というような感じになりました。こういう組織文化は測定するのが難しいし,なかなかはっきりしたことは言えませんが,ひとつの議論としてご笑覧いただけると嬉しいです。

政治理論

政治理論は専門外なんですが,外野からでも意欲的とわかる政治理論の研究を3冊頂きました。ありがとうございます。まず,西南学院大学の鵜飼健史先生から『政治責任』を頂きました。ありがとうございます。私自身も,自分が関わった『政治学の第一歩』がアカウンタビリティを軸にした教科書であることがあって,政治責任について関心があり,非常に興味深く読みました。「責任を取る」ということ自体の難しさを改めて考えるとともに,この問題を考えるときに時間の概念が鍵になるというのもそのとおりだと感じます。いまと往時は違うのでしょうが,以前大阪について研究していた時に,市長はそのような時間軸と自らが責任を取るという姿勢を使って人々にアピールするのが上手な政治家であったなあ,と感じていたことを思い出しました。

私たちはみなが政治責任を取らざるを得ない,という本書の結論も,私たちが民主主義を作り出すことを考えればその通りなのだと思います。他方で,私などは(別に大衆社会論者ではありませんが)やはり政治責任を取る,誰かのために負担をする,ということが一般には容易ではないだろうとも思うところです。そういう中で,自分としては,とりあえず誰かに限定的にでも責任を取らせたことにするアカウンタビリティを発揮する制度が重要だろうと思いながら研究をしているなあ,と感じます。実際,為されたことの原因と結果の関係だってわかりにくいですし,わかったところでそれを追求できるかは怪しいのでしょうが,しかしできる限り制度的責任の側から追い込んでいって,本書でいう政治責任に委ねられる範囲を狭めることが大事なのではないかな,と感じるところがありますが。

鵜飼先生には,『歪められたデモクラシー』もいただいておりました。翻訳を進めながら同時期に著作を用意されるというのは本当に大変のように思いますが素晴らしい生産力です。こちらの方もぜひ勉強させていただきたいと思います。

宮崎大学の松尾隆佑先生からは,『3・11の政治理論』を頂きました。ありがとうございます。東日本大震災という未曽有の災害(そういう「未曾有」が感染症,戦争と続いていたたまれない気持ちになりますが)に対して政治理論に何ができるかという問題意識で議論を重ねられることは非常に重要な試みだと感じました。EBPMのような話がもてはやされ,自分自身も仕事柄絡んだりすることもあるわけですが,すでに行われたエビデンス・ベースドの提案だけではなく,理論に裏打ちされた「正しい」政策を提案するということは,それが常に望ましいかどうかということとは別に社会的に求められることのように思います。その点で本書での試みは,近年の政策議論に一石を投じるものであるように感じます。

また,本書は政治理論の研究書ではあるのですが,同時に震災復興という最近の現実に関わる問題を扱うものでもあって,さまざまなかたちで実証研究が紹介されていくのも興味深いと感じました。理論研究は理論研究,実証研究は実証研究と分けられがちではあるのですが,その中で両者を架橋するような試みが行われるのは重要なことでしょう。本書では,復興に関する政策/過程について規範的な評価が行われているわけですが,それを踏まえて実証研究の観点からもその規範の実現可能性などについて議論していくこともできるのかもしれません。

最後に,筑波大学の木山幸輔先生から,『人権の哲学』をいただきました。ありがとうございます。主権国家体制の中で人権というものをどのように考えるかについて詳細に検討されたうえで,人権について自由のみならず平等に依拠して考えるべきであるというご主張は,学生の頃に読んだセンの『不平等の再検討』を思い出させるものがありました。そのうえでの社会経済的権利やデモクラシーへの権利を人権として擁護する議論は,私自身,「どのような権利を人権として捉えるべきか」というようなサーベイに関わったことがあり,興味深く読ませていただきました。また,外国における人権侵害をどのように考えるかという議論は,2月にロシアがウクライナに侵攻してから,悲惨な映像や画像が流れてくるのに胸を痛めるばかりという中で,我々が何を考えれば良いのかを示唆するものでもあるように思いました。

10章の開発の倫理学のところは,『3・11の政治理論』とも通底するところがあるように感じましたが,まさに今全盛になっている実験的手法・EBPMという発想を私たちの社会でどのように位置づけるかを考える者にもなっているように思います。この章では,ポスト開発→ビッグプッシュ→社会実験/リバタリアンパターナリズムという発想が吟味されていくのですが,実はこれは自分自身が学部生から院生,現在にかけて興味を持ってきた(最後は進行中でしょうが)発想でもあって,なんというか共感と微妙な反省がない交ぜになる感じもありました(苦笑)。

 

新訂 公共政策(+放送大学教科書)

宣伝ですが,大阪市立大学(4月から大阪公立大学)の手塚洋輔先生と共著で,『新訂 公共政策』を放送大学教育振興会から出版しました。二人とも大学では行政学を担当していて,いわゆる「公共政策論」については必ずしも専門というわけではありません。そのために,一般的な公共政策論の教科書よりもかなり政治学行政学っぽい感じになっているのではないかという気がします。基本的なコンセプトとしては,公共政策を社会と政府の資源交換のプロセスとして理解して,政府が社会から情報・金銭・人間・権限(社会から見れば自由)を調達した限りで使う,というところにあります*1。さらにそういうコンセプトともかかわりますが,結局政府が何かしたいと言っても,社会/人々が言うこと聞いて動いてくれないとなにもできない,ということで,公共政策の共同生産的な側面を強調している感じになってます。そのあたり,多少目新しいものになっているとよいのですが。

そういうわけで展開としても,普通は公共政策のインプットからアウトプット・アウトカムへと流れていくところが多いと思うのですが,まず社会との接点として情報・金銭・人間・権限の調達の話をして,そこから政府による公共政策の実現の話が続き,最後の公共政策の形成・意思決定の話がやってくる,という感じになっています。実現・形成のところについても,一般的にはカネとヒト,次に権限の話が多いわけですが,この教科書では他であまり触れられていない情報,そして専門知といったところがなるべく前に出てくるように構成しているつもりです。うまくいってるかは読んでいただいた方の評価にお任せいたしますが…。

私たちの「公共政策」は大学院向けのラジオ講義ですが,講義としては学部の方が多いのではないかと思います。その学部向けの『政治学入門』を待鳥聡史先生から頂きました。ありがとうございます。待鳥先生が全体の2/3くらいを書いていて,そこは比較政治学の観点から代表民主主義を扱い,現代日本政治を説明する,という感じでしょうか。残り1/3については山岡龍一先生が理論と思想,白鳥潤一郎先生が歴史のところを担当しています。待鳥先生が中心となって一貫した説明を行うとともに,思想や歴史のところは専門家が参加して補うバランスの良い教科書になっていると思います。

放送大学といえばテレビ講義なわけですが,テレビで行われる『現代の国際政治』を白鳥潤一郎先生から頂きました。ありがとうございます。ロシアがウクライナに侵攻して,日本にとっても脅威を感じるような中で,私たちにとっても国際政治が他人事とも言えなくなっているところがあります。しかしどうしても国際政治を理論だけで議論するのは難しいですし,他方で歴史を追っかけるということをしようと思っても作業が膨大過ぎてキツイ,というようなことも出てきます。本書は,前書きにも書いてありますが,その辺ちょうどよいバランスを実現しているような感じで,歴史的な経緯を学びつつ,現代のホットトピックについても学んでいくことができる教科書になっていると思いました。

*1:ていうか個人的には『政治学の第一歩』でぜんぜん「社会」が出てこない教科書を書いていたので,今度は社会ばっかり出てくる教科書かよ,という自己ツッコミがあったのですが(苦笑)。

現代政治←→歴史

インターネットが広く普及して(という枕詞を書くといかにもおっさんですが)研究手法は大きく変わりましたが,最近だとオンラインでのインタビューやネットに公表されていた資料の収集整理なども系統的に考えていかないといけないように思います。そういう意味では,現代政治の研究が歴史研究に近づいているようなところもあるような。

著者のみなさまからいただいた『検証 安倍政権』は,歴史を分析するような手法を意識しながら直近の現代政治について検証したものと言えるように思います。50人以上に上る政権関係者のインタビュー*1を利用しながら,直近の政権である安倍政権について分析が行われています。媒体は新書ですが,各章はそれぞれ普通の研究の研究論文として書かれているような重厚な内容だと思います。各章非常に興味深いのですが,個人的には特に中北先生が書いた官邸チームの話と,寺田先生の5章を中心に全編でちょいちょい出てくる農政関係の話が特に勉強になりました。今後,新たにいろいろな文書などが公開されて安倍政権の研究は広がっていくんでしょうけど,まず読まなければいけない本ということになるでしょうね。やっぱ名前出しでインタビューに応じている人のストーリーは強めに出てるような印象もあるので,インタビューの記録も何年かしたらどっかに寄託して読めるようにして欲しいものです。

執筆者の小宮京・出雲明子・笹部真理子・岡野裕元の各先生から『官邸主導と自民党政治を頂きました。ありがとうございます。こちらは小泉政権期の自民党政調会の資料や勤務されていた人へのインタビューやメモを利用しながら歴史的な分析を行っているものです。当時大学院生をやっていた私のような世代の人間には,ああ小泉政権も本格的に歴史学の対象となるか…という感慨を覚えるところです。全体として,しばしば諮問会議中心に語られる小泉政権の「双頭の鷲」(by清水真人さん)のもうひとつの頭の方を明らかにする重要な試みかと思います。読ませていただくと,改めてこの時期の政権を考える上では,与謝野馨という人がポイントであったような気がします。その与謝野に近い清水さんが「平成デモクラシー」語り部になっているのは必然というべきかなんというべきか,という気がしますが。

その清水真人さんからは『憲法政治』をいただいておりました。ありがとうございます。安倍政権下での憲法改正への挑戦についての記録,というところがありつつ,「平成デモクラシー」と接続する形で憲法の議論を論じるものになっています。憲法は,法律を中心とするさまざまな決定を生み出すルールであり,憲法改正はそのルール自体を変えるメタ決定なわけですが,それが通常の決定と並行して行われることに難しさがあるわけで,本書ではそれに対する挑戦を鮮やかに描いていると思います。ところどころで統治機構としての天皇の話が出てくるのがとても良いところだと思います。書かれているとおり,天皇は重要な統治機構なわけですが,関係の議論をされている人は必ずしもそういう意識があるわけではないように思います。おそらく現上皇が非常にリベラルな方であることも含めて「平成デモクラシー」に通奏低音のように影響があったように思うのですが。

日本で統治機構改革というと選挙制度改革が注目されがちで,特に一票の較差の問題が強調されます。岩崎美紀子先生からは,『一票の較差と選挙制度』を頂きました。本書では,国際比較を踏まえたうえで衆議院の一票の較差の問題を中心に日本の選挙制度の特徴について議論していきます。特に,岩崎先生もかかわられた2016年のアダムズ式の導入について書かれた5章の政治過程が興味深いのではないかと。その他にも,参議院や地方議会選挙の選挙制度が抱える問題とその改革,自書式の廃止や政党の活性化などについても議論されています。

『官邸主導と自民党政治』の執筆者でもあった岡野裕元先生からは,『都道府県議会選挙の研究』をいただいておりました。本書は1959年以降の都道府県議会選挙の結果を丹念に分析した大変な労作かと思います。膨大なデータを収集・整理されたこと自体大きな貢献だと思いますし,1970年代までの人口移動の激しさを反映した選挙区定数の変化など,改めて気づかされたことも多く勉強になりました。本書では,選挙区定数ごとの違いなどを中心に,選挙結果に絞って禁欲的に分析されていたと思いますが,今後,こちらのデータで長い期間の経時的な変化を追われているのを利用して変化の原因などについて議論されていくと,さらに興味深い知見も得られるのではないかと思います。

早稲田大学の渡邉有希乃先生からは,『競争入札は合理的か』を頂きました。予定価格制度や指名競争など,複雑でしばしば腐敗の温床とされる日本の入札制度について,近年ではよりオープンな競争入札の必要性が強調されるものの,現存の制度は限られたリソースの中で一定の手続き的な合理性を満たしているものではないか,という議論が展開されています。多くの制度研究は,制度の生成や変化に焦点を当てることが多いですが,なぜそれが存続しているのかについて丁寧に論じることもまた重要だと思います。本書の場合は,政府・公務員の側から見た入札制度について議論されていて,特に自治体担当者への意識調査を行った4章は重要な貢献かと思います。オープンな競争入札の導入は重要な論点ではありますが,本書の分析は,政府が限られたリソースで入札制度を運営しているという視点を踏まえたものでないと新たな問題が生じる可能性が高い,ということを示しているように思います(実際起きつつあるようにも思いますが…)。

*1:オンラインとは書いてないんですが,こんな短期間でやるには相当程度オンラインじゃないと無理でしょうね…。